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1章 結成
2.聖女の出発
しおりを挟む数十分もかけることなく今までにない軽装な旅支度を整えた莉音は教会の正面にそっと姿を見せた。
教会前で不安にざわめいていた人々はその姿を見て目を丸くする。
「なんや?盲の聖女さまがきゃったでぇ」
「あれ?大使のお帽子かぶってへんか!?」
口々に言う村人たちに莉音はいたって当然といった仕草で片膝をついて簡易的に祈りを捧げる姿勢をとった。
教会の中から遠く天使の歌声が聞こえてくる。
莉音のための曲だ。
「皆様。マザーに代わりまして、今年はわたくしめが大使としてお勤めいたします。今まで大変お世話になりました」
口上を述べると周りは水を打ったように静まる。莉音が立ち上がると声の出し方を思い出したと言わんばかりに人々はため息をついた。
「えぇ、なにも盲の聖女さまを行かせへんでもええがな…」
「かわいそうや、あの子は目が弱いのに」
「あれでも最年長かえ、おらより若いでよ」
様々な感想をものともせず莉音は弱視とは思えないほどしっかりとした足取りで道を歩き出した。
「莉音さん!!」
先程のシスターが走って追いかけてくる。
シスターは振り返った莉音の手を取り、その手に小さく輝く宝石を乗せた。
「準備が早すぎますよ。削る時間もありません」
「これは?」
莉音は食い入るように手のひらに乗せられた粒を見る。
滑らかに削られた淡い水色のその宝石は莉音の瞳とよく似ていた。
「餞別の嵌め石すら持っていかないおつもりで?主への冒涜ですよ。あなたらしくもない」
「あぁ…忘れていました」
大使となる者は村から出ていく際に首から下げた十字架に嵌める宝石を受け取ることになっていた。
宝石の採掘で暮らすドワーフの誇りを忘れないようにと村人が掘って削ったものを身につけて世界へと旅立つのだ。
「今回は急なことでしたのに、こんな…。これはあなたが?」
「はい。…職人ではないので少し歪ですが…」
「いえ…ありがとうございます」
その時見せた笑顔に初めて寂しさが滲んだ。
「…これから、どこへ行かれるのですか?」
シスターが涙ぐみながら小さな声で尋ねる。莉音は少し考えると安心させるようにシスターの肩に手を置いた。
「とりあえず、大きな街で物を揃えてからお祈りにまわろうかと。…そんな顔をしないでください。平気ですよ」
シスターの瞳から体に似合わない大きな涙がこぼれ落ちる。
彼女は今年で十七の歳になったところだ。莉音がいなくなれば次は彼女が教会で最年長となる。
「お手紙くださいね…きっとですよ」
「書ければ、ですが…わかっていますよ。何かの便りは出しますから。…では、馬車で行くので」
莉音は名残惜しそうにするシスターに背を向け、聖女の杖を頼りにまだ高い日に向かって一人歩き出した。
莉音の、長い旅の始まりであった。
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