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106,流転

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    朝食に呼ばれるまでの時間をひたすら魔力の回復に充てたものの、充分に回復したとは言えなかった。

    魔族戦に続けて魔法附与を行ったのは、魔力消費の負荷が大き過ぎたようだ。

    シャルダンが魔法附与を行った時には、此処まで魔力を消費して居なかった様に見て取れたのだが、個人差なのか、はたまたマジックバック作成は特別なのだろうか?

    それとも魔族の魔石を使った為だからだろうか?

    魔族の魔石は魔物の魔石とは一線を画する様で、性質も純度もまるで違うのだが、魔法附与するのに魔石なら何でも良いだろうと軽く考えて使ってしまったのだ。

    どちらにせよ確認する術を持たないので確証が得られない。

    それにしても、魂を消費した訳ではないので意識を失う程のダメージでは無いが、魔力を失いすぎると自分の姿を保持するのにも影響が出てくる。

    今の魔力残量は、無理する事無く姿を保てるギリギリのラインだ。

    魔法では魔力は回復しないし、魔力を回復させるアイテムは高価過ぎて手が出せない。

    時間が一番有効なのだが、姿を見せないと不審に思われるだろう。

    表面上は何でもない風を装う積もりだが、見抜かれるだろうか?

    部屋の中は魔力を誤魔化す結界がまだ有効だが、部屋から出たら効力を失う。

    突っ込まれたらどう返そうかな?と思案しつつ、部屋を出て食堂に向かう。

    食堂では、シャルダンが執事と話し込んでいる姿が見られた。

「おはようございます。」

    声を掛けるとシャルダンの視線がこちらに向く。

「おはよう、ソウタ。随分と疲れている様だが、もしかして眠れなかったのかな?」

    探られているように感じられるのは、自意識過剰なのかそれとも別の理由があるのかイマイチ読みきれない。

 「そうなんです。馴れない豪華な部屋で緊張してしまったみたいで・・・。」

    話を合わせて殊勝な顔で誤魔化す。

    示された席に座り、並べられた朝食に口をつける。
すぐさまエネルギーに変換していくけれど、砂上に水を注ぐ様なもので全く満たされない。

    こんなに効率が悪かっただろうか?

    取り敢えず魔法附与の目的も果たしたし、師事してもらう事も上手く断らなくてはならないのだが、どう話を持っていくべきか悩ましい。

    相変わらず細かい問題が山積だけれども、上手く解決していかなければいけない。

    この世界に来てから本当に苦労続きなので、安らぎが欲しいなぁと、思わず現実逃避したくなる。

「気負わせてしまったのかな?不都合があれば遠慮無く言ってくれれば君に合わせるよ?」

    警戒心を抱かせない優しげな声でシャルダンが様子を伺ってくる。

    そんな甘い言葉に後ろ髪を引かれるような錯覚を覚えるのは、消耗していて気持ちが少し後ろ向きな為だ。

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それよりも・・・少しお話しをさせていただきたいのですが、この後お時間よろしいですか?」

    俺の現実逃避と、この世界の命運は比べる迄もない。

    深刻な俺の表情に何か思うところが有ったのか、シャルダンの視線が鋭くなる。

「わかった。君のために時間を取ろう。」

「ありがとうございます。」

    シャルダンが食事を終えたタイミングを見計らい、俺も食べ終える。

「私の書斎に来たまえ。」

「はい。」

    席を立つシャルダンの後に続いて食堂を出る。

    廊下を歩きながら、御互いに何も話さない。

    沈黙は若輩者の俺に取ってはプレッシャーになる。

    そんな胸中とは裏腹に、シャルダンの書斎のドアに辿り着く。

「入りたまえ。」

「失礼します。」

    促されるままに部屋に入り、シャルダンに続いて革張りのソファーに腰掛ける。

    対面に座ったシャルダンに視線を合わせると、意を決して 前置きはせずに話す。

「師事して頂けるという折角のご厚意のお話でしたが、申し訳ありませんが辞退させて下さい。」

    深々と頭を下げた俺に、シャルダンの不服そうな声が掛けられる。

「何故だね?君に不利益な事は全く無い筈だよ?理由を聞かせてくれないかね?」

「今の俺の急ぐべき優先順位の上位が魔法附与では無いだけです。いずれはと考えては居ますが、今では無いのです。」

   強目の口調ではっきりと言い切ると、シャルダンの様子を伺う。

 シャルダンは俺の顔をじっと見詰めた後、深く息を吐く。

「決意は固いようだね・・・。」

「すみません。」

    申し訳なさそうな俺に、シャルダンは苦笑する。

「残念だが、仕方がない。」

    シャルダンは懐から紋章の入ったメダルを取り出す。
 
「これは、私の所に所属する魔法使いである印だ。魔法協会のある所なら便宜を図ってもらえるだろう。紛失して悪用されると困るので、肌身離さず持っていて欲しい。君の優先するべき事を終えたら、再び訪ねて来たまえ。その時に改めて師事してあげよう。私の所在は、魔法協会で此を見せて尋ねれば知ることが出来る。待っているよ、ソウタ。」

    あっさりと引き下がってくれたわけでは無いようだが、ここで受け取らないのは不味そうなので、丁重に受け取る事にする。

「ありがとうございます。出会ったばかりの礼儀作法も成ってない未熟者の俺の為に、そこまでして頂いて大変恐縮です。」

    メダルを受け取るとシャルダンが笑顔を向ける。

    俺はペコリと頭を下げて、ふとシャルダンの書斎机が気になって一瞬視線を向けた。

「気になるかね?」

    シャルダンがニヤリと笑みを浮かべる。

    立ち上がり、書斎机の側に移動して書斎机の上に置かれた木箱を開けて、羊皮紙を恭しく取り出す。

「今朝届いたばかりの貴重な物だ。調査中の古代遺跡の壁に描かれていた模様を描き写した物で、何故か厳かな気持ちになる・・・不思議な模様だ。特別に見せてあげよう。」

    シャルダンに取っては暗に、自分の所に居れば優遇されるというメリットを示しただけであったが、ソウタに取っては結果が異なった。

    広げられた羊皮紙には初めて見る筈の模様・・・しかし、ソウタは自分の魂が模様と共振していくのを確かに感じた。

『 神に関わる魔方陣だ!』直感的にそう思った途端に、ソウタの魂が魔方陣に引きよせられる。

    ソウタが手を伸ばし触れた瞬間、凄まじい光の渦に室内が呑み込まれる。

「!?」

    光が収まると、シャルダンの書斎からソウタの姿が消え去っていた。
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