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夜明けに少女は夢を見ない
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目を覚ますと、蛍光灯の無機質な光が部屋を照らしているのが見えた。
ここは、どこ――?
彼女はいつも同じように問いかけ、それから気づく。
そうだ、ここはシェルターの中――
起き上がろうとするとお腹がきゅうっと締め付けられた。
痛みをこらえて笑顔を浮かべ、愛おしそうにお腹を撫でる。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね」
彼女は現在妊娠9ヶ月だった。
父親は分からない。
それは複数の男性と関係を持っていたからではなく、なぜ身籠ってしまったのか彼女自身、全く覚えていないからだった。
どうして、すぐに忘れてしまうのかしら――?
自分がどこで産まれ、どこで育ったのかも今では曖昧な記憶となり、かろうじて心の中に留まっていた。
家族の顔はぼんやりとした輪郭をして、河岸のはるか向こう側から彼女を見守っている。
彼女はその川を渡ろうとするが水に足をつけるとあまりの冷たさに震えてしまい、それ以上は決して進めないのだった。
彼女は淋しくなりその場にしゃがみ込むとしくしく泣いた。しかし手を差し伸べてくれるものは誰もいない。
私はミサ、今年で十六歳。
ハッキリと覚えているのは、これだけ。
あとはお腹にいるこの子のこと――
お腹を撫でているとまるで返事をするかのように胎動がした。
近頃は蹴られて目が覚めるほど元気よく動いている。
もうすぐ会えるね、私の愛しい子――
彼女は目を閉じて心の底から幸福感に包まれると、再び眠りについた。
♢♢♢
それから約一ヶ月後、彼女は男の子を産んだ。
二日間続いた陣痛で体力をすっかり消耗していたが、元気な産声を上げる我が子をその胸に抱くと、自分はこの子と出会うために産まれてきたのだと悟り、優しく微笑む。
はじめまして、私の可愛い赤ちゃん――
感動的な対面を果たすと助産師がさっさと赤ん坊を保育器に入れて連れ去ってしまい、彼女は点滴をしたままこぢんまりとした個室へと運ばれた。
それからしばらくは新生児の世話に明け暮れ、まとまった睡眠もとれずにへとへとになりながらも日増しに愛情が増してゆくのを実感する。
赤ん坊はチヒロと名付けた。
産む前から何通りか考えていたが、産まれてきた我が子の顔を見た瞬間、この名前にしようと決めたのだった。
あなたの名前はチヒロ。
広い心を持って、決して自分を失わず、おおらかで優しい子に育ってね――
彼女は小さなチヒロを愛おしそうに抱きしめる。
それからチヒロを産んだ日のことを思い出す。
あの日から彼女は一日たりとも忘れていないのだと嬉しそうに笑みをこぼし、チヒロの柔らかな顔に頬擦りをした。
♢♢♢
数ヶ月後のある日、彼女は配膳される食事の量が減っていることにふと気がついた。
前日より米も主菜も副菜もわずかだが、少なめに盛られている。
最初はただの間違いだろうとそれ以上は気に留めなかった。
しかしその状態が何日も続き、母乳を与えていたためやたらとお腹が空くのを耐えかねて彼女はおずおずと看護師に尋ねてみる。
「あの、ご飯の量をもう少し増やしてもらえませんか?」
だが看護師は彼女に一瞥をくれると冷ややかに告げる。
「これ以上増やす事はできません」
「でも――」
彼女が言い終わらぬうちに看護師はそのまま部屋から出ていってしまった。
チヒロが泣き出したので抱き上げると乳房を含ませる。
「そう、いっぱい飲んで、大きくなってね――」
一抹の不安を感じながらも、一生懸命にお乳を吸う我が子を慈しむように見つめていた。
♢♢♢
だが彼女の不安は日増しに募ってゆくばかりだった。
入浴も三日に一度になり、衛星用品も満足に支給されなくなっていく。
食事に至っては不味い固形食ひとかけらに水のみの時すらあった。
これじゃ、じきに母乳が出なくなってしまう――
一番の気がかりはそこだった。
今の彼女にとって何よりも優先するべきなのは、チヒロのことだ。
しかし看護師達は一切説明しようとしなかったし、彼女も尋ねるのはとうの昔に諦めていた。
他の人たちはどうしているんだろう――?
彼女はシェルターに居る人達の身を案じた。
あまりよく覚えていなかったが、何度かすれ違いざまに挨拶をしたような気がする。
自分と同じ年頃か、それよりもっと小さな子もいたかもしれない。
とにかく、確かめなくちゃ――
彼女はチヒロを寝かしつけるとベッドを抜け出した。
近頃はやっと首も座り、夜も三時間ほど続けて寝てくれるようになっていたから、おそらくすぐには目を覚まさないだろう。
すぐに帰ってくるから、いい子にしていてね――
心の中であやすように呟くと、部屋のドアに触れた。
施錠はされていなかった。廊下に出ると辺りを見回す。
電灯はついておらず、非常灯が不気味な明るさで出口の方向を指し示している。
看護師の人はいつもこちら側からやって来るはず――
足音を立てないようにゆっくりと右方向へ進んで行くと、等間隔でドアが並んでいるところへとたどり着く。
彼女は一番手間のドアを開けるとそっと中へと入った。
その部屋は四人部屋で、カーテンに仕切られてベッドと机が並んでいるようだった。
一番手前のカーテンを開けると八歳くらいの少女が横になっていた。
邪気のない顔をしてすうすうと寝息を立てている。
その姿に心がずきりと痛む。
こんなに小さな子も辛い思いをしているんだ、親元を離れて一人きりで――
沈鬱な面持ちで彼女は部屋を後にした。
何だか、少し肌寒い――
身を縮こませながら、そう言えば今日が何月何日なのか全く知らないのだと思い当たる。
部屋には窓もカレンダーも無いんだったわ――
冷気と暗闇にようやく体が慣れてきたころ、廊下の突き当たりから明かりが漏れているのが見えた。
あそこに誰かいる――?
彼女は慎重に明かりの元へと近づいていく。
すると受付のような場所の、さらに奥の部屋からくぐもった話し声が聞こえてきた。
ドアの上部には硝子が嵌められている。
彼女は息を潜めてドアの近くの壁に張りつき、中の様子を伺った。
「本日、街が封鎖されたことで事実上、シェルターも陸の孤島と化してしまいました。備蓄してある物資だけではひと月も保たないかと思われます」
「うむ。全く、厄介なウイルスが流行ったものだ」
「政府は収束に向かっているとの見解を示していましたが、あれは間違いだったのでしょうか?」
「いや、第二波が来たのだ。一旦は落ち着いていたのが仇となって民衆の気の緩みから一気に感染が広まってしまった。それに加えて馬鹿な移民どもが他国からわざわざ未知のウイルスを新たに持ち込んだのだよ」
「それなら国はもっと入国制限を厳しくするべきでしたね」
「今更どうこう言ったところで事態は変わらん。今、我々のすべき事はここを存続させるか、閉鎖させるかの決断を下すことだ」
「シェルターには現在五歳から十六歳までの男女十三名が収容されています」
「今年、男児が一人産まれたのでその子も含めると十四名になりますが――」
「まだ自我を持たぬものは人間として扱わなくてよい。我々が案ずるべきは十三名の被験者達のことだ」
部屋の中に居るのはいつも部屋にやって来る看護師二人と見たことの無い、中年の小太りの険しい顔つきをした男性の三人だった。
彼女は何のことを言っているのか全く分からなかったが、よくない話であることを三人の言葉のニュアンスの端々から感じ取り、顔を強張らせる。
「一ヶ月ほど前からかなり厳しく食事や生活態度に対して制限を設けていますが、被験者達からは連日不満の声が上がっています。これ以上切り詰めるのは難しいかと」
「シェルターは外部との接触を完全に遮断していますが不穏な雰囲気を感じ取ってか、子ども達は非常に情緒不安定になっています」
「どこのシェルターも事態は逼迫している。他国からの支援も最早当てには出来ん。すでに欧州諸国は壊滅的な状況に陥ってしまった。他の国でも次々と暴動と内乱が起こり始めている。我が国でもいつ鬱積した市民が暴徒と化すか分からん。こうなっては世界経済が破綻するのも時間の問題だ」
「では、一体どうすれば?」
「わたしとて一介の人間に過ぎん。このような決断をすることは出来る限り避けたかったが、失敗作ばかりではやむ負えん。何としても被験者達の存在を公にするわけにはいかんのだ――速やかにテロス措置を行う準備を」
「了解しました」
「――あの、本当にそうするしかないんでしょうか?」
若い方の看護師が声を震わせながら反論した。
「この施設の全責任はわたしが負っている。異論は認めん」
「ですが、まだほんの子どもたちを死なせてしまうなんて、私にはとてもできません」
「あなた、被験者達に感情移入しては駄目だとあれほど言っておいたでしょう?」
無愛想な看護師が冷ややかな口調で叱責する。
「はい、分かっています。でも私にも幼い娘と息子がいます。あの子達を見ていると、どうしても可哀想になってきて――」
「分かった。もういいから君は席を外したまえ」
「はい、すみません」
若い看護師はすすり泣きながらドアを開けて出ていった。
彼女の姿には気づかず、そのまま小走りに廊下を抜けるとやがて暗闇にまぎれて見えなくなる。
「あの女はどういたしますか?」
「君に判断を任せるとしよう」
「では直ちに準備に――」
そこまで聞くと彼女は何とか理性を保ちながらその場を立ち去った。
心拍数が跳ね上がり、早まる呼吸の音が漏れないように口元を押さえて部屋へと急ぐ。
頭の中で先程の会話が何度も何度も繰り返された。
未知のウイルス、街の封鎖、陸の孤島、暴動、内乱、世界経済の破綻、被験者達、失敗作、子ども達、死なせる――死なせる?
……殺される?
でも、どうして?
気がつくと自分の部屋へと戻って来ていた。
ベッドから小さな寝息が聞こえてくる。
チヒロ――!
彼女はすやすやと眠っているチヒロの隣に座り込むと、小さな手を握りしめる。
その柔らかく温かな感触に束の間、顔を綻ばせる。
いきなりあのような会話を聞いてしまい、彼女は混乱しきっていた。
だが話していたことが本当だとしたら今、外の世界は大変なことになっている。
未知のウイルスが流行ったばかりに街は封鎖され、このシェルターに閉じこもっていてはひと月も保たないらしい。
だから私たちの存在を公にできないという理由のためだけに死なせるという。
なんと恐ろしいことだろう。
このままここにいては、チヒロも自分も殺されてしまうに違いない。
それにほかの子ども達全員も。
ここから逃げ出さなければ。
彼女は静かに寝息を立てているチヒロを見つめながら、そう決意する。
でも、私一人が守ることができるのはチヒロだけ。
こんなママでごめんね、チヒロ――
自身の無力さに苛まれ、涙が頬をつたってベッドに落ちた。
♢♢♢
翌朝、やけにたくさんの食事が出された。
昨夜のこともあり寝不足だったが、あくまで自然を装って屈託のない笑顔を看護師に投げかける。
「今日はいっぱい食べられるんですね」
「ええ、もういつも通りに生活していいのよ。何も心配することはありませんからね」
看護師も笑いながら答えたが、その目は冷ややかに彼女の様子を窺っている。
「あと、この薬を食前に飲むようにとお医者様からの指示です。ただの整腸剤で母乳には影響がないから安心して」
看護師は銀色のフィルムに密封された薬剤を彼女に手渡した。
「あの、どうしても飲まないとだめなんですか?」
「あなた達の健康管理のためよ。さ、早くお飲みなさい」
彼女はフィルムを破るとカプセル型の薬剤を取り出した。
そして口に放り込むと水で一気に流し込む。
「それじゃ、また後で様子を見に来ますからね」
そう言うと看護師は部屋を出て行った。
チヒロは三十分ほど前に母乳を与えていたので今は眠っている。
彼女は急いでトイレに駆け込むと喉に指を突っ込み、飲み込んだ薬剤を吐こうと必死にもがく。
お願い、早く出てきて――!
涙目になりながらやっとのことで、彼女は便器の中に吐き戻した。
吐瀉物の中には先程の薬剤がそのままの状態で混ざっている。
口の中が酸っぱくてひどく気持ち悪かったが、そのまましばらく便座に項垂れていた。
やっと起き上がるとトイレを流して配膳された食事に目を向ける。
パンにサラダにウインナー。
大好物のコンソメスープまで付いている。
ああ、美味しそう。
思わず食べたくなるのを堪え、それらも次々と便器に流していった。
もしかしたら食事には何も入っていないのかもしれない。
しかし彼らの明確な殺意を知ってしまった以上、徹底的に疑ってかからなければならなかった。
私が死んでしまったら誰がチヒロを守れるの――?
彼女は空になった食器を食べ終えたように並べ直すとベッドに横になる。
そしてチヒロの小さな手を握り締めながら、浅い眠りについた。
♢♢♢
昼食と夕食も看護師が薬を持ってやって来て、その度に彼女は苦しい思いをしながら吐き戻す。
最後には黄色い胃液と薬剤しか出なくなっていた。
昨夜から何も口にしていなかったため軽く目眩がしたが、入浴の許可も出ていたので汚れた口元を綺麗にしようと湯船にお湯を張る。
五日ぶりの入浴はとても気持ちがよかった。
丁寧に髪を洗い、体をタオルでこすり垢を落とす。
チヒロも沐浴させ、少しの間一緒に湯船に浸かった。
「お風呂に入ると気持ちがいいね、チヒロ」
彼女はチヒロの脇に手を入れ小さな体を持ち上げた。
チヒロは目をぱちくりさせながらこちらを見つめていたかと思うとチョロロロと排泄をした。
彼女は笑いながらチヒロを抱き抱えて湯船から上がると、シャワーを出そうと手を伸ばす。
「ちゃんと体をキレイにしてから上がろうね」
♢♢♢
消灯時間になり、彼女はベッドに潜ると毛布を被って寝たふりをした。
看護師が一度見回りに来て、懐中電灯で部屋の様子を確認する。
彼女は看護師に背を向けた格好のまま息を止めていた。
夕食後、看護師は食器を下げに現れなかった。
もしかしたらもうその必要がないのだと考えての行動だったのかもしれない。
ひとしきり部屋を照らすと、看護師は部屋のドアを閉めて立ち去った。
彼女は毛布から顔を出すと肩を上下させて荒々しく呼吸をする。
ひとまずやり過ごせたことに安心すると、一日中張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れて、気を抜くとすぐに意識が遠のきそうになる。
だめ、まだ起きていなくちゃ――
だが体力的にも精神的にも憔悴しきっていた彼女は抗うこともできぬまま、倒れるように深い眠りへと落ちていった。
♢♢♢
時計の針が午前零時を指す頃、突如けたたましいサイレンの音がシェルター内に鳴り響いた。
彼女は驚いて飛び起きるとすぐにチヒロを抱き上げる。
チヒロは顔を顔を真っ赤にして泣き出した。
「大丈夫よ、ママがいるからね」
彼女はドアに近づくと外の様子を窺った。
サイレンは鳴り響いたままだが、人の声や気配は全くしない。
他の子ども達は気づいていないの――?
ふと微かに鼻をつく異臭に息を呑む。
何かが燃える臭い? もしかして火事?
心臓がドクンと高鳴り、恐怖で一瞬その場に固まってしまう。
だがすぐに浴室へと向かうと蛇口をひねり、頭からシャワーを浴びた。
あまりの冷たさに小さな叫び声をあげながら全身を濡らすとベッドのシーツを引きちぎり、チヒロと自分の体をしっかりと固定するように巻き付ける。
冷たいだろうけど、いい子だから我慢してね――
ドアを開けると廊下はすでに煙に包まれて始めていた。
彼女は煙を吸いこまないように口元を手で押さえ、チヒロを胸元へしっかりと抱き寄せると、姿勢を低くして非常灯の示す方向へと進んで行った。
途中、ドアが並んでるところで足を止める。
彼女はどうしても中の様子が気になり、ドアに手をかけると部屋へと飛び込んだ。
一番手前のカーテンを開けると昨夜見かけた少女がベッドで横になっているのが目に入る。
「ねえ、起きて! 火事なの! 早くにげなきゃ――ひっ!」
起こそうとを体を触れるなり、少女が事切れて冷たくなっているのに気がついて短い叫び声を上げる。
少女は虚ろに目を閉じ、口元は何か言いたげに少し開いて血の筋が頬を伝ってシーツに赤い染みを作っていた。
彼女は震える体を何とか支えながら他のベッドも覗き込む。
そこにいたのは十歳くらいまでの小さな子どもばかりで同じように吐血した跡が残されていた。
最後に覗いた男の子はかなり苦しんだようで、辺り一面に血と吐瀉物が撒き散らされ、上半身はベッドから落ちて口から舌をだらりと垂らしながら息絶えていた。
「嘘……こんなのって、あんまりよ――」
彼女はショックのあまりその場に泣き崩れる。
それにつられるようにチヒロも大声で泣きだした。
彼女はチヒロの小さなくしゃくしゃの顔を見ると、涙を拭いて立ち上がる。
「ごめんね、私がしっかりしなくちゃいけないのに」
チヒロをあやしながら部屋を出ると先を急いだ。
もうドアがあっても中を覗こうとはしなかった。
やっぱり今日飲まされた薬は毒だったんだ。
私達を殺すために。
そしてチヒロも――そんな事、絶対にさせない!
煙はどんどん勢いを増して辺りの視界を遮っていく。
彼女は非常灯を頼りにひたすら廊下を走り続けたが、別棟へと続くドアは鍵が掛かっていてそれ以上進むことができなかった。
力ずくでこじ開けようとするがびくともしない。
途方にくれていると後ろから凄絶な爆発音とともに炎が立ち昇り、怒り狂った竜のように彼女達へと追ってくる。
どうしよう?
どうすればいい?
――そうだ!
彼女はチヒロをしっかりと胸元に抱きしめながら、迫り来る炎の中へと飛び込むと、一番手前の部屋のドアを開けた。
立ち込める熱気で満足に息ができなかったが、必死に目を凝らしながらパイプ椅子を探し出すと再び炎の中へと飛び出した。
そしてドアの上部に嵌め込まれた硝子に向かってパイプ椅子を打ちつけた。
最初は小さな亀裂が入っただけだった。
その間にも炎は勢いを増して、彼女達を飲み込もうとしている。
もう一度打ちつけると先程よりも亀裂が大きくなった。
体にかぶった水が蒸発してきて、熱さと煙で意識が朦朧となりながら、最後の力を振り絞ってパイプ椅子を打ちつけると硝子が砕け散った。
すかさず彼女がチヒロを庇うように割れた硝子の中を潜り抜けると同時に炎はドア越しに全てを飲み込み、大きな唸り声を上げた。
硝子の破片で手足を切ってしまい血が滴っているが、痛みで立ち止まるわけにはいかない。
酸素を肺に送り込もうと喘ぐように呼吸をする。
チヒロを見ると顔が少し煤けて黒くなっているがどこも怪我はしていないようだった。
彼女は目を潤ませ、泣いているチヒロを抱きしめた。
起き上がると再び先を急ぐ。
こちらの棟へは一度も来た事がなかった。
ドア越しに部屋を覗くと注射針や書類などが散乱した机といびつな形の椅子が置かれているだけで、どこまで行っても同じような部屋ばかりの薄気味悪い光景に彼女は訝しむ。
ここは何をするところなのかしら――?
不審に思いながら進んでいると、廊下の向こう側から話し声が聞こえてきた。
彼女は壁に張りつき耳をそばだてる。
その声には聞き覚えがあった。
「どうだね、テロス措置のほうは」
「はい、順調に進んでいます。西棟は今頃火の海でしょう」
「焼死体からは身元を割り出すのは難しいだろう。元よりこの世におらん人間となれば尚更だ。で、あの看護師はどうしたかね?」
「あの女は西棟の最下層に監禁してあります」
「うむ、では彼女にはこのまま火事の犠牲者となってもらうとしよう」
「了解しました」
彼女は怒りに打ち震え、思わず二人のほうへと飛び出しそうになる。
だが今、ここで姿を見られてしまっては全てが水泡に帰してしまう。
チヒロは泣き疲れたのか眠っている。
はやる気持ちを抑えて二人が立ち去るのを待とうと、壁伝いに部屋の中へと姿を隠した。
「おい! あれは何だ!」
いきなり中年の男がヒステリックに叫んだ。
看護師は壊されたドアと床に落ちている血痕を見るなり、冷徹に応える。
「何者かがこちらへ逃げこんだようですね」
「被験者達は全員、夕食に薬を混ぜて殺したのではなかったのか?」
その言葉に彼女は目を見開いた。
では看護師に渡された薬は本当にただの整腸剤か何かで、彼女のように疑り深い子どもの関心を逸らすためのフェイクだったのだ。
脳裏に先ほどの部屋で見た、子ども達の苦悶に血塗られた死に顔がまざまざと浮かび上がる。
「そのはずですが、何者かが食べるふりをしていた――もしかすると」
そこまで言うと看護師は非常ボタンを拳で叩き、即座に防火シャッターが下された。
荒れ狂う炎が鋼鉄の扉によって強制的に遮断される。
「これで奴も袋の鼠です。今度こそ捕まえてこの手で始末します」
「頼んだぞ。何としても被験者達の存在を抹消せねばなはならんのだ。わたしはこれから非常招集会議に出席する。片付き次第、他の者と合流して次の準備に取り掛かるように」
「はい、承知しました」
二人はそこで別れた。
看護師はレッグホルスターから拳銃を引き抜くと、いつでも狙撃できる姿勢でひと部屋づつ慎重に調べ始める。
彼女は部屋の中を見回した。
窓は無く、出口も入ってきたドア以外にはなさそうだった。
そうしている間にも看護師は確実にこちらへと近づいてくる。
ああ、どうすれば――
その時、彼女の脳内で何かが弾けて収縮した。
目映い閃光とともに体内を駆け巡るこれは一体――?
そうだ、この場所は――
大きく開かれた彼女の蒼い瞳が一瞬、緋色に染まる。
逃げるのを止めると、息を殺してドアの近くにしゃがみ込んだ。
ガチャリとドアを開ける音とともに、看護師が銃を構えながら部屋へと入って来る。
その瞬間、看護師の脚元へと飛びかかると力の限り噛み付き、獣のような唸り声を上げて皮膚を引きちぎる。
「っこの――!」
看護師は般若の如く顔を歪ませながら彼女を蹴り上げると、脳天目掛けて撃ち抜いた。
血と脳漿が飛び散り、呆気なく倒れ込んでしまう。
と、次の瞬間に頭部は映像を逆再生したように元通りになり、起き上がると紅い瞳で看護師を鋭くねめつける。
「お前、どうして力を使えるの? 被験者自身は決して覚えていないはずなのに」
彼女は皮膚と肉片の残骸を口から吐き出し、血が滴る口元を手で拭《ぬぐ》う。
「全て思い出したの。あなたがこの部屋に入って来る瞬間に。私達はここで能力を引き出す実験をされていた」
「お前が逃げ出したんじゃないかと思っていたけど、まさか記憶まで戻るとは計算外ね」
看護師はほくそ笑むと彼女に向かって銃口を向ける。
「撃ったって無駄よ。あなたの血を飲んだからしばらくの間、あなたに私を殺すことは出来ない」
「お前はね。でも赤ん坊はどうかしら?」
そう言うなりチヒロ目掛けて銃を放った。
とっさにチヒロを庇ったため左肩を抉られたが、すぐ元通りに再生する。
「まだ弾はいくらでもあるわ。ずっとあなたを撃ち続けたら再生も追いつかないんじゃない? そうしたら赤ん坊を守ることも出来ないわよ。さあ、どうする?」
彼女は看護師をきっと睨むと部屋から飛び出した。
看護師は不敵な笑みを浮かべ、銃を撃ちながらその後を追う。
廊下の突き当たりを左に曲がると非常階段が現れ、足早に下へと降りて行く。
弾が階段の手摺りに当たり、跳ね返って壁にいくつもの穴が空いた。
「どこまで逃げるつもり?」
看護師の冷ややかな声が地階へとこだました。
彼女は振り返らずに下まで降りると、暗く湿っぽい廊下を駆け抜ける。
記憶が戻った今、建物全体の配置図を目にしたことがあるのを思い出していた。
あの忌まわしい実験の際に記憶力と判断力を測る目的で施験者に見せられたのだ。
シェルターは半分以上が地下に埋設されていて、この階には非常用出口から外へと繋がる通路が設けられている。
このまま真っ直ぐ進んで左に曲がり、向かって右側の手前から三番目の部屋に出口の扉があるはずだ。
彼女はチヒロを抱きかかえながら、その部屋を目指して走り続けた。
「あの部屋へ行くつもりね。なかなか賢いじゃないの」
看護師は愉しむように笑った。
弾が右足を貫通してそのまま床にひれ伏すように倒れる。チヒロは転倒の衝撃に驚いて泣き出した。
「大丈夫よ、私が守るから――」
右足が再生しようとしているところへ、看護師は続け様に発砲する。
右胸から血が吹き出し、左腕の肉が吹き飛ぶ。
彼女は苦痛に顔を歪めながら立ち上がると再び歩き出した。
「ふん、しぶといわね。まるでゴキブリみたい」
嫌悪に顔を顰め、看護師はなおも撃ち続ける。
リノリウムの床は一面彼女の血と肉片で汚れ、仄暗い明かりによって鈍い光りを放っていた。
彼女は足を引きずり、息も絶え絶えに三番目の部屋へと入ると力尽きてその場にうずくまる。
「さあ、念願の出口にたどり着いたけど、お前は持ち堪えそうにないわね。折角だからお前を殺す前に大切な赤ん坊を目の前でミンチにしてあげる」
看護師は冷たく微笑むと弾倉を交換し、チヒロに照準を定めて引き金を引いた。
彼女は絶望に打ちひしがれくぐもった叫び声をあげた。
その刹那、看護師の右手を弾丸が貫く。
看護師の手を離れた銃は見当違いの方向へ発射すると、床に叩き落とされた。
怒りと痛みで目を血走せた看護師は、目の前に現れた人物をものすごい形相で睨みつける。
「何でお前がここに――? 監禁しておいたはずなのに」
ドアの前に立っていたのはあの若い看護師だった。
銃を構えたまま看護師を睨み返す。
「無力なふりをしていたけどこれでも自衛隊上がりなの。
あれぐらいの監禁を抜け出すのなんてどうって事なかったわ」
「そう、なかなかやるじゃない。前々からシェルターに内通者がいると踏んでいたけど、どうやらお前だったようね」
看護師は出血の止まらぬ右手を押さえながらにやりと笑う。
「あなた達の残虐かつ非人道的な行いは全て記録してあるわ。だからもう観念しなさい」
彼女は徐々に体が再生して意識も戻りつつあった。
二人の会話を聞きながら看護師のほうを見ると、左手に銃を隠し持っているのが目に入る。
「危ない! この人もう一つ銃を持っている!」
彼女が言い終わらぬうちに看護師は相手の右胸目掛けて銃を放ったが、狙いは外れて右肩をかすめた。
「次は外さないわよ」
「それはお互い様ね」
若い看護師も銃を構え直すと、間合いを取りながら反目し合う。
「記録してあると言っても外の世界はもはや正常に機能していない。お前がいくら頑張ったところで私達を裁く政府も機関も消えてなくなるのよ」
「ええ、確かに世界は惑乱し瓦解しかけているわ。でも私は決してあなた達を許しはしないし逃がしもしない」
看護師は鼻で笑うと声高々に早口でまくし立てる。
「そう! 別にお前に許しを乞うつもりなんかないわ! これからの世界に必要なのは正義でも何でもない、恐怖による支配よ! それこそが世界を再び統治する力に他ならない! だからこそ完璧な能力を持った子ども達が必要だった! 見たでしょう、彼女の能力を? 欠点はあるけれど一定の条件を満たせば決して死にはしない! これこそが私達の求めていた力なのよ! ここの子どもたちは失敗作だったけど、目覚しい成果を上げているシェルターもあるわ! そうね、折角生き残ったんだし彼女には私達の役に立ってもらおうかしら。モルモットも一匹増えたことだし、たっぷりと実験してあげるわ」
それがチヒロのことを言っているのだと分かると、彼女は怒りに肩を震わせる。
「あんたなんかに絶対チヒロは渡さない!」
「戯言は済んだ? さあ、大人しく投降しなさい」
「するわけないでしょう!」
叫ぶなり、看護師は二人に向かって発砲した。
若い看護師も相手の急所を狙って撃ち返す。
「私の後ろに隠れて!」
彼女はチヒロを胸元に隠すようにしっかりと抱きかかえ、非常用出口の扉へと向かって走り出す。
「そうはさせないわよ!」
看護師は彼女に狙いを定めて撃ち続けた。
左頬と右肩をかすめただけだったが、弾を装填し直すと再び銃撃してくる。
若い看護師は銃弾を避けながら早く扉から逃げるようにと促す。
だが看護師は執拗に彼女を撃ち抜き、体のいたるところからとめどなく鮮血が迸る。
意識を失いそうになりながらも本能的にチヒロを庇う姿勢を取るとそのまま倒れ込んでしまった。
「だめよ! しっかりして、ミサちゃん!」
ミサ……そう、私の名前。
本名はミサ・グラント。
20XX年7月23日生まれ。
パパがアメリカ人でママはカナダと日本にルーツを持つ。
三つ年下の妹が一人いた。
サナっていうちょっと生意気でおしゃれが大好きな子。
サナはママに似て綺麗な黒髪をしてた。
よく「お姉ちゃんだけ金髪でずるい」って言われてたけど、私からしたらみんなと同じ黒髪のサナのほうが羨ましかったな。
ジョンって名前のゴールデンレトリバーを飼っていて、夕方にサナと二人でよく散歩に行ってたっけ。
私の住んでた街は海も山も近くて一年中、家族や友達とアウトドアを満喫してた。
パパは元ボーイスカウト隊員で、キャンプの時なんかに私とサナにサバイバル技術を教えてくれた。いざってときに必ず役に立つからって(ああ……だから……)。
一番の思い出は、パパの生まれ故郷のカリフォルニアへ旅行に行ったこと。
初めて乗る飛行機はちょっと怖かったけど、アメリカは何もかも桁違いの迫力でまるで夢を見てるみたいな気分だった。
今でもグランドキャニオンの雄大な景色が鮮明に浮かんでくる。
ちっぽけな子どもの私でさえ世界はこんなにも広いんだ! って感動して鳥肌が立ったのを覚えてる。
中学生になると新しい友達も増えて部活や試験勉強に明け暮れる毎日で、その頃になるともう殆ど家族と過ごす時間もなくて。
でも全く気に留めることもなく、漠然とこれからも同じ日々が続くんだと思ってた。
そんな中、久しぶりに出かけた家族旅行で交通事故に遭って私だけ生き残ったんだ。
その時に病院で出会った歳上の男性に優しくされて、私は初めて恋に落ちて。
でも相手は結婚していて、その時に身籠ったのがチヒロだった。
私はここへ表向きは保護という形で収容されて、実際はチヒロを産むまでの間に様々な実験を受けさせられていた。
いつも記憶が曖昧だったのは、薬剤投与と催眠療法のせい。
走馬灯のようにこれまでの思い出が、凄まじい速さで頭の中をよぎる。
その中の家族は今やみんなはっきりとした輪郭をして、笑顔で彼女を見守っていた。
私があの川を渡れなかったのは、まだ死んではいけなかったから。
でも私が淋しくていつまでも泣いてたから、みんな心配して向こう岸からずっと見守ってくれていたんだ。
ごめんね、今までありがとう。
私はもう一人じゃないから大丈夫だよ。
かけがえのないチヒロがいるから。
だからパパもママもサナも安心して天国へ行って――
向こう岸にいる三人はもう一度優しく微笑むとすうっと姿を消した。
私は、チヒロと生きていく。
彼女は目を覚ますと立ち上がった。
そして扉を開けると中へと滑り込む。
「お姉さんも、早く――!」
「絶対に逃がすものかっ!」
看護師は憎悪に満ちた目で彼女を見据えると、発狂したように銃を撃ちながら迫り来る。
食い止めようと若い看護師も相手を狙撃する。
その一つが右胸に命中して看護師は低い呻き声を上げ、双眸を裂けんばかりに大きく見開き、口から血を吐きながら倒れた。そして二、三度大きく痙攣すると動かなくなった。
「お姉さんも今のうちに早く! お姉さん?」
だが若い看護師も脇腹から左脚にかけて銃弾を浴び、壁にもたれかかるようにして倒れてしまう。
「お姉さん!」
彼女は若い看護師に近寄ると、体を支えながら何とか出血を止めようと傷口を押さえる。
「いいのよ……これじゃ、どのみち助からないから……」
「そんなこと言わないで下さい! お姉さんにも子どもがいるんでしょう? お姉さんがいなくなったら、その子達はどうするんですか?」
「実はね……息子は別のシェルターに収容されているの……組織の奴らに無理やり連れて行かれて……だから、余計にここの存在が、許せなかった……」
若い看護師は苦しそうに喘ぎながら話を続けた。
「娘も、パパがいるからきっと大丈夫……あまりいい母親じゃなかったけれど……あの子たちに出会えて、それだけで私は幸せだった……」
「それなら、なおさら生きて帰らなくちゃダメです! こんなの、悲しすぎる――」
「いいえ……私はこのシェルターの実態を掴んでいながら、誰一人救えなかった……みんないい子ばかりだったのに……だから、これはせめてもの償いなの……」
彼女は涙を流し、首を横に振りながら懇願した。
「お姉さんは私とチヒロを救ってくれました! だからお願いです……そんな事、言わないで下さい――」
若い看護師は力なく笑うと彼女の頬を撫で、それから眠っているチヒロの頭を愛おしそうに撫でた。
「ええ、そうね……あなたとチヒロ君を救い出せて、本当に良かった……どうか、強く生き、て……」
そう言うと若い看護師は静かに息を引き取った。
彼女はやるせない気持ちを抑えきれずに嗚咽を漏らす。
涙が頬をつたいチヒロの顔へと落ちると、チヒロは目を覚まして泣き出した。
彼女はもう何時間もチヒロに母乳をやっていないのを思い出すと患者着の前をはだけさせ、急いで口に含ませる。
チヒロは泣きながら乳房に吸いついてくる。
彼女は優しくチヒロの頭を撫でると、涙を拭いて笑ってみせた。
「大丈夫、何があっても私があなたを守るから――」
♢♢♢
母乳を飲んでチヒロが再び眠りにつくと、彼女は非常用出口の狭い階段をゆっくりと登って行った。
地上に近づくにつれ、かつて嗅いだ事のある懐かしい匂いが鼻腔を刺激する。
これは――
春の匂い。土の匂い。草木の匂い。
軋む扉を開けると外の世界が目の前に現れた。
辺りはなだらかな丘続きで、近くには木々が鬱蒼と生い茂る森が静かに佇んでいる。
空が白みだすとじきに東の山の稜線から太陽が顔を出した。
その眩しさに彼女は一瞬目をつむり、再び開けるとチヒロを見やる。
「ほら、チヒロ、あれが太陽よ。朝が来たの」
チヒロは彼女の胸に抱かれてすやすやと眠っている。
その様子に彼女はこれ以上ない幸福感に包まれた。
太陽は空と雲を茜色に染めて、新たな世界の始まりを告げるように二人の足元を明るく照らしている。
彼女は後ろを振り返ると、つい先刻まで閉じ込められていたシェルターを眺めた。
建物の半分は跡形もなく焼け落ちてしまい、残りの部分からもちろちろと火の手が上がっている。
それからふと自身の胸元に刻まれたシェルターの烙印を思い出すと、躊躇う事なく爪を立てて皮膚を掻き毟る。
焼けるような痛みに歯を食いしばりながら、彼女はチヒロの肌に浮かぶ烙印も同じように掻き消した。
チヒロは体をのけ反らせて大声で泣き叫んだが完全になくなるまでやめようとしなかった。
血と皮膚でべったり汚れた指を患者着で拭くと、体に巻き付けていたシーツでチヒロの傷口をふさぐ。
「大好きよ、チヒロ――」
そして今度こそ本当に解放されたのだと深く安堵すると、彼女はチヒロをあやすために子守唄を歌いながら、崩壊しつつある世界へと歩み出した。
ここは、どこ――?
彼女はいつも同じように問いかけ、それから気づく。
そうだ、ここはシェルターの中――
起き上がろうとするとお腹がきゅうっと締め付けられた。
痛みをこらえて笑顔を浮かべ、愛おしそうにお腹を撫でる。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね」
彼女は現在妊娠9ヶ月だった。
父親は分からない。
それは複数の男性と関係を持っていたからではなく、なぜ身籠ってしまったのか彼女自身、全く覚えていないからだった。
どうして、すぐに忘れてしまうのかしら――?
自分がどこで産まれ、どこで育ったのかも今では曖昧な記憶となり、かろうじて心の中に留まっていた。
家族の顔はぼんやりとした輪郭をして、河岸のはるか向こう側から彼女を見守っている。
彼女はその川を渡ろうとするが水に足をつけるとあまりの冷たさに震えてしまい、それ以上は決して進めないのだった。
彼女は淋しくなりその場にしゃがみ込むとしくしく泣いた。しかし手を差し伸べてくれるものは誰もいない。
私はミサ、今年で十六歳。
ハッキリと覚えているのは、これだけ。
あとはお腹にいるこの子のこと――
お腹を撫でているとまるで返事をするかのように胎動がした。
近頃は蹴られて目が覚めるほど元気よく動いている。
もうすぐ会えるね、私の愛しい子――
彼女は目を閉じて心の底から幸福感に包まれると、再び眠りについた。
♢♢♢
それから約一ヶ月後、彼女は男の子を産んだ。
二日間続いた陣痛で体力をすっかり消耗していたが、元気な産声を上げる我が子をその胸に抱くと、自分はこの子と出会うために産まれてきたのだと悟り、優しく微笑む。
はじめまして、私の可愛い赤ちゃん――
感動的な対面を果たすと助産師がさっさと赤ん坊を保育器に入れて連れ去ってしまい、彼女は点滴をしたままこぢんまりとした個室へと運ばれた。
それからしばらくは新生児の世話に明け暮れ、まとまった睡眠もとれずにへとへとになりながらも日増しに愛情が増してゆくのを実感する。
赤ん坊はチヒロと名付けた。
産む前から何通りか考えていたが、産まれてきた我が子の顔を見た瞬間、この名前にしようと決めたのだった。
あなたの名前はチヒロ。
広い心を持って、決して自分を失わず、おおらかで優しい子に育ってね――
彼女は小さなチヒロを愛おしそうに抱きしめる。
それからチヒロを産んだ日のことを思い出す。
あの日から彼女は一日たりとも忘れていないのだと嬉しそうに笑みをこぼし、チヒロの柔らかな顔に頬擦りをした。
♢♢♢
数ヶ月後のある日、彼女は配膳される食事の量が減っていることにふと気がついた。
前日より米も主菜も副菜もわずかだが、少なめに盛られている。
最初はただの間違いだろうとそれ以上は気に留めなかった。
しかしその状態が何日も続き、母乳を与えていたためやたらとお腹が空くのを耐えかねて彼女はおずおずと看護師に尋ねてみる。
「あの、ご飯の量をもう少し増やしてもらえませんか?」
だが看護師は彼女に一瞥をくれると冷ややかに告げる。
「これ以上増やす事はできません」
「でも――」
彼女が言い終わらぬうちに看護師はそのまま部屋から出ていってしまった。
チヒロが泣き出したので抱き上げると乳房を含ませる。
「そう、いっぱい飲んで、大きくなってね――」
一抹の不安を感じながらも、一生懸命にお乳を吸う我が子を慈しむように見つめていた。
♢♢♢
だが彼女の不安は日増しに募ってゆくばかりだった。
入浴も三日に一度になり、衛星用品も満足に支給されなくなっていく。
食事に至っては不味い固形食ひとかけらに水のみの時すらあった。
これじゃ、じきに母乳が出なくなってしまう――
一番の気がかりはそこだった。
今の彼女にとって何よりも優先するべきなのは、チヒロのことだ。
しかし看護師達は一切説明しようとしなかったし、彼女も尋ねるのはとうの昔に諦めていた。
他の人たちはどうしているんだろう――?
彼女はシェルターに居る人達の身を案じた。
あまりよく覚えていなかったが、何度かすれ違いざまに挨拶をしたような気がする。
自分と同じ年頃か、それよりもっと小さな子もいたかもしれない。
とにかく、確かめなくちゃ――
彼女はチヒロを寝かしつけるとベッドを抜け出した。
近頃はやっと首も座り、夜も三時間ほど続けて寝てくれるようになっていたから、おそらくすぐには目を覚まさないだろう。
すぐに帰ってくるから、いい子にしていてね――
心の中であやすように呟くと、部屋のドアに触れた。
施錠はされていなかった。廊下に出ると辺りを見回す。
電灯はついておらず、非常灯が不気味な明るさで出口の方向を指し示している。
看護師の人はいつもこちら側からやって来るはず――
足音を立てないようにゆっくりと右方向へ進んで行くと、等間隔でドアが並んでいるところへとたどり着く。
彼女は一番手間のドアを開けるとそっと中へと入った。
その部屋は四人部屋で、カーテンに仕切られてベッドと机が並んでいるようだった。
一番手前のカーテンを開けると八歳くらいの少女が横になっていた。
邪気のない顔をしてすうすうと寝息を立てている。
その姿に心がずきりと痛む。
こんなに小さな子も辛い思いをしているんだ、親元を離れて一人きりで――
沈鬱な面持ちで彼女は部屋を後にした。
何だか、少し肌寒い――
身を縮こませながら、そう言えば今日が何月何日なのか全く知らないのだと思い当たる。
部屋には窓もカレンダーも無いんだったわ――
冷気と暗闇にようやく体が慣れてきたころ、廊下の突き当たりから明かりが漏れているのが見えた。
あそこに誰かいる――?
彼女は慎重に明かりの元へと近づいていく。
すると受付のような場所の、さらに奥の部屋からくぐもった話し声が聞こえてきた。
ドアの上部には硝子が嵌められている。
彼女は息を潜めてドアの近くの壁に張りつき、中の様子を伺った。
「本日、街が封鎖されたことで事実上、シェルターも陸の孤島と化してしまいました。備蓄してある物資だけではひと月も保たないかと思われます」
「うむ。全く、厄介なウイルスが流行ったものだ」
「政府は収束に向かっているとの見解を示していましたが、あれは間違いだったのでしょうか?」
「いや、第二波が来たのだ。一旦は落ち着いていたのが仇となって民衆の気の緩みから一気に感染が広まってしまった。それに加えて馬鹿な移民どもが他国からわざわざ未知のウイルスを新たに持ち込んだのだよ」
「それなら国はもっと入国制限を厳しくするべきでしたね」
「今更どうこう言ったところで事態は変わらん。今、我々のすべき事はここを存続させるか、閉鎖させるかの決断を下すことだ」
「シェルターには現在五歳から十六歳までの男女十三名が収容されています」
「今年、男児が一人産まれたのでその子も含めると十四名になりますが――」
「まだ自我を持たぬものは人間として扱わなくてよい。我々が案ずるべきは十三名の被験者達のことだ」
部屋の中に居るのはいつも部屋にやって来る看護師二人と見たことの無い、中年の小太りの険しい顔つきをした男性の三人だった。
彼女は何のことを言っているのか全く分からなかったが、よくない話であることを三人の言葉のニュアンスの端々から感じ取り、顔を強張らせる。
「一ヶ月ほど前からかなり厳しく食事や生活態度に対して制限を設けていますが、被験者達からは連日不満の声が上がっています。これ以上切り詰めるのは難しいかと」
「シェルターは外部との接触を完全に遮断していますが不穏な雰囲気を感じ取ってか、子ども達は非常に情緒不安定になっています」
「どこのシェルターも事態は逼迫している。他国からの支援も最早当てには出来ん。すでに欧州諸国は壊滅的な状況に陥ってしまった。他の国でも次々と暴動と内乱が起こり始めている。我が国でもいつ鬱積した市民が暴徒と化すか分からん。こうなっては世界経済が破綻するのも時間の問題だ」
「では、一体どうすれば?」
「わたしとて一介の人間に過ぎん。このような決断をすることは出来る限り避けたかったが、失敗作ばかりではやむ負えん。何としても被験者達の存在を公にするわけにはいかんのだ――速やかにテロス措置を行う準備を」
「了解しました」
「――あの、本当にそうするしかないんでしょうか?」
若い方の看護師が声を震わせながら反論した。
「この施設の全責任はわたしが負っている。異論は認めん」
「ですが、まだほんの子どもたちを死なせてしまうなんて、私にはとてもできません」
「あなた、被験者達に感情移入しては駄目だとあれほど言っておいたでしょう?」
無愛想な看護師が冷ややかな口調で叱責する。
「はい、分かっています。でも私にも幼い娘と息子がいます。あの子達を見ていると、どうしても可哀想になってきて――」
「分かった。もういいから君は席を外したまえ」
「はい、すみません」
若い看護師はすすり泣きながらドアを開けて出ていった。
彼女の姿には気づかず、そのまま小走りに廊下を抜けるとやがて暗闇にまぎれて見えなくなる。
「あの女はどういたしますか?」
「君に判断を任せるとしよう」
「では直ちに準備に――」
そこまで聞くと彼女は何とか理性を保ちながらその場を立ち去った。
心拍数が跳ね上がり、早まる呼吸の音が漏れないように口元を押さえて部屋へと急ぐ。
頭の中で先程の会話が何度も何度も繰り返された。
未知のウイルス、街の封鎖、陸の孤島、暴動、内乱、世界経済の破綻、被験者達、失敗作、子ども達、死なせる――死なせる?
……殺される?
でも、どうして?
気がつくと自分の部屋へと戻って来ていた。
ベッドから小さな寝息が聞こえてくる。
チヒロ――!
彼女はすやすやと眠っているチヒロの隣に座り込むと、小さな手を握りしめる。
その柔らかく温かな感触に束の間、顔を綻ばせる。
いきなりあのような会話を聞いてしまい、彼女は混乱しきっていた。
だが話していたことが本当だとしたら今、外の世界は大変なことになっている。
未知のウイルスが流行ったばかりに街は封鎖され、このシェルターに閉じこもっていてはひと月も保たないらしい。
だから私たちの存在を公にできないという理由のためだけに死なせるという。
なんと恐ろしいことだろう。
このままここにいては、チヒロも自分も殺されてしまうに違いない。
それにほかの子ども達全員も。
ここから逃げ出さなければ。
彼女は静かに寝息を立てているチヒロを見つめながら、そう決意する。
でも、私一人が守ることができるのはチヒロだけ。
こんなママでごめんね、チヒロ――
自身の無力さに苛まれ、涙が頬をつたってベッドに落ちた。
♢♢♢
翌朝、やけにたくさんの食事が出された。
昨夜のこともあり寝不足だったが、あくまで自然を装って屈託のない笑顔を看護師に投げかける。
「今日はいっぱい食べられるんですね」
「ええ、もういつも通りに生活していいのよ。何も心配することはありませんからね」
看護師も笑いながら答えたが、その目は冷ややかに彼女の様子を窺っている。
「あと、この薬を食前に飲むようにとお医者様からの指示です。ただの整腸剤で母乳には影響がないから安心して」
看護師は銀色のフィルムに密封された薬剤を彼女に手渡した。
「あの、どうしても飲まないとだめなんですか?」
「あなた達の健康管理のためよ。さ、早くお飲みなさい」
彼女はフィルムを破るとカプセル型の薬剤を取り出した。
そして口に放り込むと水で一気に流し込む。
「それじゃ、また後で様子を見に来ますからね」
そう言うと看護師は部屋を出て行った。
チヒロは三十分ほど前に母乳を与えていたので今は眠っている。
彼女は急いでトイレに駆け込むと喉に指を突っ込み、飲み込んだ薬剤を吐こうと必死にもがく。
お願い、早く出てきて――!
涙目になりながらやっとのことで、彼女は便器の中に吐き戻した。
吐瀉物の中には先程の薬剤がそのままの状態で混ざっている。
口の中が酸っぱくてひどく気持ち悪かったが、そのまましばらく便座に項垂れていた。
やっと起き上がるとトイレを流して配膳された食事に目を向ける。
パンにサラダにウインナー。
大好物のコンソメスープまで付いている。
ああ、美味しそう。
思わず食べたくなるのを堪え、それらも次々と便器に流していった。
もしかしたら食事には何も入っていないのかもしれない。
しかし彼らの明確な殺意を知ってしまった以上、徹底的に疑ってかからなければならなかった。
私が死んでしまったら誰がチヒロを守れるの――?
彼女は空になった食器を食べ終えたように並べ直すとベッドに横になる。
そしてチヒロの小さな手を握り締めながら、浅い眠りについた。
♢♢♢
昼食と夕食も看護師が薬を持ってやって来て、その度に彼女は苦しい思いをしながら吐き戻す。
最後には黄色い胃液と薬剤しか出なくなっていた。
昨夜から何も口にしていなかったため軽く目眩がしたが、入浴の許可も出ていたので汚れた口元を綺麗にしようと湯船にお湯を張る。
五日ぶりの入浴はとても気持ちがよかった。
丁寧に髪を洗い、体をタオルでこすり垢を落とす。
チヒロも沐浴させ、少しの間一緒に湯船に浸かった。
「お風呂に入ると気持ちがいいね、チヒロ」
彼女はチヒロの脇に手を入れ小さな体を持ち上げた。
チヒロは目をぱちくりさせながらこちらを見つめていたかと思うとチョロロロと排泄をした。
彼女は笑いながらチヒロを抱き抱えて湯船から上がると、シャワーを出そうと手を伸ばす。
「ちゃんと体をキレイにしてから上がろうね」
♢♢♢
消灯時間になり、彼女はベッドに潜ると毛布を被って寝たふりをした。
看護師が一度見回りに来て、懐中電灯で部屋の様子を確認する。
彼女は看護師に背を向けた格好のまま息を止めていた。
夕食後、看護師は食器を下げに現れなかった。
もしかしたらもうその必要がないのだと考えての行動だったのかもしれない。
ひとしきり部屋を照らすと、看護師は部屋のドアを閉めて立ち去った。
彼女は毛布から顔を出すと肩を上下させて荒々しく呼吸をする。
ひとまずやり過ごせたことに安心すると、一日中張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れて、気を抜くとすぐに意識が遠のきそうになる。
だめ、まだ起きていなくちゃ――
だが体力的にも精神的にも憔悴しきっていた彼女は抗うこともできぬまま、倒れるように深い眠りへと落ちていった。
♢♢♢
時計の針が午前零時を指す頃、突如けたたましいサイレンの音がシェルター内に鳴り響いた。
彼女は驚いて飛び起きるとすぐにチヒロを抱き上げる。
チヒロは顔を顔を真っ赤にして泣き出した。
「大丈夫よ、ママがいるからね」
彼女はドアに近づくと外の様子を窺った。
サイレンは鳴り響いたままだが、人の声や気配は全くしない。
他の子ども達は気づいていないの――?
ふと微かに鼻をつく異臭に息を呑む。
何かが燃える臭い? もしかして火事?
心臓がドクンと高鳴り、恐怖で一瞬その場に固まってしまう。
だがすぐに浴室へと向かうと蛇口をひねり、頭からシャワーを浴びた。
あまりの冷たさに小さな叫び声をあげながら全身を濡らすとベッドのシーツを引きちぎり、チヒロと自分の体をしっかりと固定するように巻き付ける。
冷たいだろうけど、いい子だから我慢してね――
ドアを開けると廊下はすでに煙に包まれて始めていた。
彼女は煙を吸いこまないように口元を手で押さえ、チヒロを胸元へしっかりと抱き寄せると、姿勢を低くして非常灯の示す方向へと進んで行った。
途中、ドアが並んでるところで足を止める。
彼女はどうしても中の様子が気になり、ドアに手をかけると部屋へと飛び込んだ。
一番手前のカーテンを開けると昨夜見かけた少女がベッドで横になっているのが目に入る。
「ねえ、起きて! 火事なの! 早くにげなきゃ――ひっ!」
起こそうとを体を触れるなり、少女が事切れて冷たくなっているのに気がついて短い叫び声を上げる。
少女は虚ろに目を閉じ、口元は何か言いたげに少し開いて血の筋が頬を伝ってシーツに赤い染みを作っていた。
彼女は震える体を何とか支えながら他のベッドも覗き込む。
そこにいたのは十歳くらいまでの小さな子どもばかりで同じように吐血した跡が残されていた。
最後に覗いた男の子はかなり苦しんだようで、辺り一面に血と吐瀉物が撒き散らされ、上半身はベッドから落ちて口から舌をだらりと垂らしながら息絶えていた。
「嘘……こんなのって、あんまりよ――」
彼女はショックのあまりその場に泣き崩れる。
それにつられるようにチヒロも大声で泣きだした。
彼女はチヒロの小さなくしゃくしゃの顔を見ると、涙を拭いて立ち上がる。
「ごめんね、私がしっかりしなくちゃいけないのに」
チヒロをあやしながら部屋を出ると先を急いだ。
もうドアがあっても中を覗こうとはしなかった。
やっぱり今日飲まされた薬は毒だったんだ。
私達を殺すために。
そしてチヒロも――そんな事、絶対にさせない!
煙はどんどん勢いを増して辺りの視界を遮っていく。
彼女は非常灯を頼りにひたすら廊下を走り続けたが、別棟へと続くドアは鍵が掛かっていてそれ以上進むことができなかった。
力ずくでこじ開けようとするがびくともしない。
途方にくれていると後ろから凄絶な爆発音とともに炎が立ち昇り、怒り狂った竜のように彼女達へと追ってくる。
どうしよう?
どうすればいい?
――そうだ!
彼女はチヒロをしっかりと胸元に抱きしめながら、迫り来る炎の中へと飛び込むと、一番手前の部屋のドアを開けた。
立ち込める熱気で満足に息ができなかったが、必死に目を凝らしながらパイプ椅子を探し出すと再び炎の中へと飛び出した。
そしてドアの上部に嵌め込まれた硝子に向かってパイプ椅子を打ちつけた。
最初は小さな亀裂が入っただけだった。
その間にも炎は勢いを増して、彼女達を飲み込もうとしている。
もう一度打ちつけると先程よりも亀裂が大きくなった。
体にかぶった水が蒸発してきて、熱さと煙で意識が朦朧となりながら、最後の力を振り絞ってパイプ椅子を打ちつけると硝子が砕け散った。
すかさず彼女がチヒロを庇うように割れた硝子の中を潜り抜けると同時に炎はドア越しに全てを飲み込み、大きな唸り声を上げた。
硝子の破片で手足を切ってしまい血が滴っているが、痛みで立ち止まるわけにはいかない。
酸素を肺に送り込もうと喘ぐように呼吸をする。
チヒロを見ると顔が少し煤けて黒くなっているがどこも怪我はしていないようだった。
彼女は目を潤ませ、泣いているチヒロを抱きしめた。
起き上がると再び先を急ぐ。
こちらの棟へは一度も来た事がなかった。
ドア越しに部屋を覗くと注射針や書類などが散乱した机といびつな形の椅子が置かれているだけで、どこまで行っても同じような部屋ばかりの薄気味悪い光景に彼女は訝しむ。
ここは何をするところなのかしら――?
不審に思いながら進んでいると、廊下の向こう側から話し声が聞こえてきた。
彼女は壁に張りつき耳をそばだてる。
その声には聞き覚えがあった。
「どうだね、テロス措置のほうは」
「はい、順調に進んでいます。西棟は今頃火の海でしょう」
「焼死体からは身元を割り出すのは難しいだろう。元よりこの世におらん人間となれば尚更だ。で、あの看護師はどうしたかね?」
「あの女は西棟の最下層に監禁してあります」
「うむ、では彼女にはこのまま火事の犠牲者となってもらうとしよう」
「了解しました」
彼女は怒りに打ち震え、思わず二人のほうへと飛び出しそうになる。
だが今、ここで姿を見られてしまっては全てが水泡に帰してしまう。
チヒロは泣き疲れたのか眠っている。
はやる気持ちを抑えて二人が立ち去るのを待とうと、壁伝いに部屋の中へと姿を隠した。
「おい! あれは何だ!」
いきなり中年の男がヒステリックに叫んだ。
看護師は壊されたドアと床に落ちている血痕を見るなり、冷徹に応える。
「何者かがこちらへ逃げこんだようですね」
「被験者達は全員、夕食に薬を混ぜて殺したのではなかったのか?」
その言葉に彼女は目を見開いた。
では看護師に渡された薬は本当にただの整腸剤か何かで、彼女のように疑り深い子どもの関心を逸らすためのフェイクだったのだ。
脳裏に先ほどの部屋で見た、子ども達の苦悶に血塗られた死に顔がまざまざと浮かび上がる。
「そのはずですが、何者かが食べるふりをしていた――もしかすると」
そこまで言うと看護師は非常ボタンを拳で叩き、即座に防火シャッターが下された。
荒れ狂う炎が鋼鉄の扉によって強制的に遮断される。
「これで奴も袋の鼠です。今度こそ捕まえてこの手で始末します」
「頼んだぞ。何としても被験者達の存在を抹消せねばなはならんのだ。わたしはこれから非常招集会議に出席する。片付き次第、他の者と合流して次の準備に取り掛かるように」
「はい、承知しました」
二人はそこで別れた。
看護師はレッグホルスターから拳銃を引き抜くと、いつでも狙撃できる姿勢でひと部屋づつ慎重に調べ始める。
彼女は部屋の中を見回した。
窓は無く、出口も入ってきたドア以外にはなさそうだった。
そうしている間にも看護師は確実にこちらへと近づいてくる。
ああ、どうすれば――
その時、彼女の脳内で何かが弾けて収縮した。
目映い閃光とともに体内を駆け巡るこれは一体――?
そうだ、この場所は――
大きく開かれた彼女の蒼い瞳が一瞬、緋色に染まる。
逃げるのを止めると、息を殺してドアの近くにしゃがみ込んだ。
ガチャリとドアを開ける音とともに、看護師が銃を構えながら部屋へと入って来る。
その瞬間、看護師の脚元へと飛びかかると力の限り噛み付き、獣のような唸り声を上げて皮膚を引きちぎる。
「っこの――!」
看護師は般若の如く顔を歪ませながら彼女を蹴り上げると、脳天目掛けて撃ち抜いた。
血と脳漿が飛び散り、呆気なく倒れ込んでしまう。
と、次の瞬間に頭部は映像を逆再生したように元通りになり、起き上がると紅い瞳で看護師を鋭くねめつける。
「お前、どうして力を使えるの? 被験者自身は決して覚えていないはずなのに」
彼女は皮膚と肉片の残骸を口から吐き出し、血が滴る口元を手で拭《ぬぐ》う。
「全て思い出したの。あなたがこの部屋に入って来る瞬間に。私達はここで能力を引き出す実験をされていた」
「お前が逃げ出したんじゃないかと思っていたけど、まさか記憶まで戻るとは計算外ね」
看護師はほくそ笑むと彼女に向かって銃口を向ける。
「撃ったって無駄よ。あなたの血を飲んだからしばらくの間、あなたに私を殺すことは出来ない」
「お前はね。でも赤ん坊はどうかしら?」
そう言うなりチヒロ目掛けて銃を放った。
とっさにチヒロを庇ったため左肩を抉られたが、すぐ元通りに再生する。
「まだ弾はいくらでもあるわ。ずっとあなたを撃ち続けたら再生も追いつかないんじゃない? そうしたら赤ん坊を守ることも出来ないわよ。さあ、どうする?」
彼女は看護師をきっと睨むと部屋から飛び出した。
看護師は不敵な笑みを浮かべ、銃を撃ちながらその後を追う。
廊下の突き当たりを左に曲がると非常階段が現れ、足早に下へと降りて行く。
弾が階段の手摺りに当たり、跳ね返って壁にいくつもの穴が空いた。
「どこまで逃げるつもり?」
看護師の冷ややかな声が地階へとこだました。
彼女は振り返らずに下まで降りると、暗く湿っぽい廊下を駆け抜ける。
記憶が戻った今、建物全体の配置図を目にしたことがあるのを思い出していた。
あの忌まわしい実験の際に記憶力と判断力を測る目的で施験者に見せられたのだ。
シェルターは半分以上が地下に埋設されていて、この階には非常用出口から外へと繋がる通路が設けられている。
このまま真っ直ぐ進んで左に曲がり、向かって右側の手前から三番目の部屋に出口の扉があるはずだ。
彼女はチヒロを抱きかかえながら、その部屋を目指して走り続けた。
「あの部屋へ行くつもりね。なかなか賢いじゃないの」
看護師は愉しむように笑った。
弾が右足を貫通してそのまま床にひれ伏すように倒れる。チヒロは転倒の衝撃に驚いて泣き出した。
「大丈夫よ、私が守るから――」
右足が再生しようとしているところへ、看護師は続け様に発砲する。
右胸から血が吹き出し、左腕の肉が吹き飛ぶ。
彼女は苦痛に顔を歪めながら立ち上がると再び歩き出した。
「ふん、しぶといわね。まるでゴキブリみたい」
嫌悪に顔を顰め、看護師はなおも撃ち続ける。
リノリウムの床は一面彼女の血と肉片で汚れ、仄暗い明かりによって鈍い光りを放っていた。
彼女は足を引きずり、息も絶え絶えに三番目の部屋へと入ると力尽きてその場にうずくまる。
「さあ、念願の出口にたどり着いたけど、お前は持ち堪えそうにないわね。折角だからお前を殺す前に大切な赤ん坊を目の前でミンチにしてあげる」
看護師は冷たく微笑むと弾倉を交換し、チヒロに照準を定めて引き金を引いた。
彼女は絶望に打ちひしがれくぐもった叫び声をあげた。
その刹那、看護師の右手を弾丸が貫く。
看護師の手を離れた銃は見当違いの方向へ発射すると、床に叩き落とされた。
怒りと痛みで目を血走せた看護師は、目の前に現れた人物をものすごい形相で睨みつける。
「何でお前がここに――? 監禁しておいたはずなのに」
ドアの前に立っていたのはあの若い看護師だった。
銃を構えたまま看護師を睨み返す。
「無力なふりをしていたけどこれでも自衛隊上がりなの。
あれぐらいの監禁を抜け出すのなんてどうって事なかったわ」
「そう、なかなかやるじゃない。前々からシェルターに内通者がいると踏んでいたけど、どうやらお前だったようね」
看護師は出血の止まらぬ右手を押さえながらにやりと笑う。
「あなた達の残虐かつ非人道的な行いは全て記録してあるわ。だからもう観念しなさい」
彼女は徐々に体が再生して意識も戻りつつあった。
二人の会話を聞きながら看護師のほうを見ると、左手に銃を隠し持っているのが目に入る。
「危ない! この人もう一つ銃を持っている!」
彼女が言い終わらぬうちに看護師は相手の右胸目掛けて銃を放ったが、狙いは外れて右肩をかすめた。
「次は外さないわよ」
「それはお互い様ね」
若い看護師も銃を構え直すと、間合いを取りながら反目し合う。
「記録してあると言っても外の世界はもはや正常に機能していない。お前がいくら頑張ったところで私達を裁く政府も機関も消えてなくなるのよ」
「ええ、確かに世界は惑乱し瓦解しかけているわ。でも私は決してあなた達を許しはしないし逃がしもしない」
看護師は鼻で笑うと声高々に早口でまくし立てる。
「そう! 別にお前に許しを乞うつもりなんかないわ! これからの世界に必要なのは正義でも何でもない、恐怖による支配よ! それこそが世界を再び統治する力に他ならない! だからこそ完璧な能力を持った子ども達が必要だった! 見たでしょう、彼女の能力を? 欠点はあるけれど一定の条件を満たせば決して死にはしない! これこそが私達の求めていた力なのよ! ここの子どもたちは失敗作だったけど、目覚しい成果を上げているシェルターもあるわ! そうね、折角生き残ったんだし彼女には私達の役に立ってもらおうかしら。モルモットも一匹増えたことだし、たっぷりと実験してあげるわ」
それがチヒロのことを言っているのだと分かると、彼女は怒りに肩を震わせる。
「あんたなんかに絶対チヒロは渡さない!」
「戯言は済んだ? さあ、大人しく投降しなさい」
「するわけないでしょう!」
叫ぶなり、看護師は二人に向かって発砲した。
若い看護師も相手の急所を狙って撃ち返す。
「私の後ろに隠れて!」
彼女はチヒロを胸元に隠すようにしっかりと抱きかかえ、非常用出口の扉へと向かって走り出す。
「そうはさせないわよ!」
看護師は彼女に狙いを定めて撃ち続けた。
左頬と右肩をかすめただけだったが、弾を装填し直すと再び銃撃してくる。
若い看護師は銃弾を避けながら早く扉から逃げるようにと促す。
だが看護師は執拗に彼女を撃ち抜き、体のいたるところからとめどなく鮮血が迸る。
意識を失いそうになりながらも本能的にチヒロを庇う姿勢を取るとそのまま倒れ込んでしまった。
「だめよ! しっかりして、ミサちゃん!」
ミサ……そう、私の名前。
本名はミサ・グラント。
20XX年7月23日生まれ。
パパがアメリカ人でママはカナダと日本にルーツを持つ。
三つ年下の妹が一人いた。
サナっていうちょっと生意気でおしゃれが大好きな子。
サナはママに似て綺麗な黒髪をしてた。
よく「お姉ちゃんだけ金髪でずるい」って言われてたけど、私からしたらみんなと同じ黒髪のサナのほうが羨ましかったな。
ジョンって名前のゴールデンレトリバーを飼っていて、夕方にサナと二人でよく散歩に行ってたっけ。
私の住んでた街は海も山も近くて一年中、家族や友達とアウトドアを満喫してた。
パパは元ボーイスカウト隊員で、キャンプの時なんかに私とサナにサバイバル技術を教えてくれた。いざってときに必ず役に立つからって(ああ……だから……)。
一番の思い出は、パパの生まれ故郷のカリフォルニアへ旅行に行ったこと。
初めて乗る飛行機はちょっと怖かったけど、アメリカは何もかも桁違いの迫力でまるで夢を見てるみたいな気分だった。
今でもグランドキャニオンの雄大な景色が鮮明に浮かんでくる。
ちっぽけな子どもの私でさえ世界はこんなにも広いんだ! って感動して鳥肌が立ったのを覚えてる。
中学生になると新しい友達も増えて部活や試験勉強に明け暮れる毎日で、その頃になるともう殆ど家族と過ごす時間もなくて。
でも全く気に留めることもなく、漠然とこれからも同じ日々が続くんだと思ってた。
そんな中、久しぶりに出かけた家族旅行で交通事故に遭って私だけ生き残ったんだ。
その時に病院で出会った歳上の男性に優しくされて、私は初めて恋に落ちて。
でも相手は結婚していて、その時に身籠ったのがチヒロだった。
私はここへ表向きは保護という形で収容されて、実際はチヒロを産むまでの間に様々な実験を受けさせられていた。
いつも記憶が曖昧だったのは、薬剤投与と催眠療法のせい。
走馬灯のようにこれまでの思い出が、凄まじい速さで頭の中をよぎる。
その中の家族は今やみんなはっきりとした輪郭をして、笑顔で彼女を見守っていた。
私があの川を渡れなかったのは、まだ死んではいけなかったから。
でも私が淋しくていつまでも泣いてたから、みんな心配して向こう岸からずっと見守ってくれていたんだ。
ごめんね、今までありがとう。
私はもう一人じゃないから大丈夫だよ。
かけがえのないチヒロがいるから。
だからパパもママもサナも安心して天国へ行って――
向こう岸にいる三人はもう一度優しく微笑むとすうっと姿を消した。
私は、チヒロと生きていく。
彼女は目を覚ますと立ち上がった。
そして扉を開けると中へと滑り込む。
「お姉さんも、早く――!」
「絶対に逃がすものかっ!」
看護師は憎悪に満ちた目で彼女を見据えると、発狂したように銃を撃ちながら迫り来る。
食い止めようと若い看護師も相手を狙撃する。
その一つが右胸に命中して看護師は低い呻き声を上げ、双眸を裂けんばかりに大きく見開き、口から血を吐きながら倒れた。そして二、三度大きく痙攣すると動かなくなった。
「お姉さんも今のうちに早く! お姉さん?」
だが若い看護師も脇腹から左脚にかけて銃弾を浴び、壁にもたれかかるようにして倒れてしまう。
「お姉さん!」
彼女は若い看護師に近寄ると、体を支えながら何とか出血を止めようと傷口を押さえる。
「いいのよ……これじゃ、どのみち助からないから……」
「そんなこと言わないで下さい! お姉さんにも子どもがいるんでしょう? お姉さんがいなくなったら、その子達はどうするんですか?」
「実はね……息子は別のシェルターに収容されているの……組織の奴らに無理やり連れて行かれて……だから、余計にここの存在が、許せなかった……」
若い看護師は苦しそうに喘ぎながら話を続けた。
「娘も、パパがいるからきっと大丈夫……あまりいい母親じゃなかったけれど……あの子たちに出会えて、それだけで私は幸せだった……」
「それなら、なおさら生きて帰らなくちゃダメです! こんなの、悲しすぎる――」
「いいえ……私はこのシェルターの実態を掴んでいながら、誰一人救えなかった……みんないい子ばかりだったのに……だから、これはせめてもの償いなの……」
彼女は涙を流し、首を横に振りながら懇願した。
「お姉さんは私とチヒロを救ってくれました! だからお願いです……そんな事、言わないで下さい――」
若い看護師は力なく笑うと彼女の頬を撫で、それから眠っているチヒロの頭を愛おしそうに撫でた。
「ええ、そうね……あなたとチヒロ君を救い出せて、本当に良かった……どうか、強く生き、て……」
そう言うと若い看護師は静かに息を引き取った。
彼女はやるせない気持ちを抑えきれずに嗚咽を漏らす。
涙が頬をつたいチヒロの顔へと落ちると、チヒロは目を覚まして泣き出した。
彼女はもう何時間もチヒロに母乳をやっていないのを思い出すと患者着の前をはだけさせ、急いで口に含ませる。
チヒロは泣きながら乳房に吸いついてくる。
彼女は優しくチヒロの頭を撫でると、涙を拭いて笑ってみせた。
「大丈夫、何があっても私があなたを守るから――」
♢♢♢
母乳を飲んでチヒロが再び眠りにつくと、彼女は非常用出口の狭い階段をゆっくりと登って行った。
地上に近づくにつれ、かつて嗅いだ事のある懐かしい匂いが鼻腔を刺激する。
これは――
春の匂い。土の匂い。草木の匂い。
軋む扉を開けると外の世界が目の前に現れた。
辺りはなだらかな丘続きで、近くには木々が鬱蒼と生い茂る森が静かに佇んでいる。
空が白みだすとじきに東の山の稜線から太陽が顔を出した。
その眩しさに彼女は一瞬目をつむり、再び開けるとチヒロを見やる。
「ほら、チヒロ、あれが太陽よ。朝が来たの」
チヒロは彼女の胸に抱かれてすやすやと眠っている。
その様子に彼女はこれ以上ない幸福感に包まれた。
太陽は空と雲を茜色に染めて、新たな世界の始まりを告げるように二人の足元を明るく照らしている。
彼女は後ろを振り返ると、つい先刻まで閉じ込められていたシェルターを眺めた。
建物の半分は跡形もなく焼け落ちてしまい、残りの部分からもちろちろと火の手が上がっている。
それからふと自身の胸元に刻まれたシェルターの烙印を思い出すと、躊躇う事なく爪を立てて皮膚を掻き毟る。
焼けるような痛みに歯を食いしばりながら、彼女はチヒロの肌に浮かぶ烙印も同じように掻き消した。
チヒロは体をのけ反らせて大声で泣き叫んだが完全になくなるまでやめようとしなかった。
血と皮膚でべったり汚れた指を患者着で拭くと、体に巻き付けていたシーツでチヒロの傷口をふさぐ。
「大好きよ、チヒロ――」
そして今度こそ本当に解放されたのだと深く安堵すると、彼女はチヒロをあやすために子守唄を歌いながら、崩壊しつつある世界へと歩み出した。
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