42 / 54
ルビー
しおりを挟む
強風と雪が吹き荒れる上空はひどく寒かった。
不死鳥のダニールは平気だったが、人間の未玖と混血のヨクサルには少々、耐え難い。
「体が震えているね。翼の炎に当たってごらん」
ダニールは燃える翼で未玖の体をそっと包み込む。
赤い炎に触れても、不思議と火傷はしなかった。
「ありがとう、ダニール」
「ほら、ヨクサルもこちらへおいで」
ヨクサルは少し躊躇う素振りを見せたが、お腹の子のためだと言い聞かせ、ダニールのそばへと近づいた。
三人で身を寄せ合い、暖を取る。
(父様の匂いは落ち着きます……それに未玖さんの温もりも……)
両性具有の不死鳥は異性という概念が存在しない。
主人である悪魔には女性性のみを差し出しているが、他種族と愛し合う時は自由に性別を選ぶことができるのだ。
しかし天馬の血も引くヨクサルは、男性と女性の違いを意識的に感じ取っていた。
そして自分の本当の性はどちらなのか、と思い悩む。
(妊娠できるから女性なのは間違っていませんが、男性がお腹に子を宿す種族だっています。僕は……)
「どうしたんだい、ヨクサル?」
「あ、いえ、何でもありません」
ダニールの顔が近い。
ヨクサルは頬を赤らめながら目を逸らす。
長いまつ毛、紅玉のように輝く瞳、きめ細やかな白い肌。
艶のある絹のような黒髪は荒風でも絡まることなく、サラサラと靡いている。
父親であっても思わず見惚れてしまう、普遍的な美しさ。
不死鳥は永遠の時を生きる。
おおよそ人間には想像もつかない、果てしない悠久の時を。
子どもを生めるようになる年齢から成長は緩やかになり、程なくして止まる。
女性とも男性とも見分けのつかぬ、中性的な姿。
(僕も父様のように年を取らないのでしょうか……)
まだ十二歳のヨクサルには、永遠の時を生きる辛さが分からなかった。
とにかく今、最優先すべきはお腹の子を生み育てることだ。
愛するジョシュアとの約束を果たすために。
♢♢♢
三人は半時間ほど上空に留まっていたが、ヨルムンガンドとクロは一向に戦うことをやめない。
鱗は剥がれ落ち、皮膚が引き裂かれ、流れ出る血によって地獄と大地を赤黒く染め上げる。
「ああ、クロ……」
未玖が鎮痛な面持ちで呟いた。
そんな彼女をダニールとヨクサルが気にかける。
三人はクロを救出する方法を話し合ったが、いい案は思い浮かばなかった。
(これでは未玖とヨクサルが凍え死んでしまう)
ダニールは行動に出ることにした。
おそらく未玖とヨクサルには二度と会えないだろう。
けれど彼にしかできない、或いは彼なりの罪滅ぼしなのだ。
イーサンやファロムのように悪魔となるより、余程いい最期を迎えられるに違いない。
(ファロム……僕の愛する弟)
満足に弔ってやれていなかったことに気づき、ダニールは静かに魂の安寧を祈った。
同じ血を分けた、不死鳥では珍しい双子の兄弟。
(もうすぐ僕もそちらへ行くから待っていておくれ)
「ヨクサル、未玖をお前の背中に乗せてくれるかい?」
「はい。未玖さん、どうぞ乗ってください」
「でもお腹に赤ちゃんがいるのに大丈夫?」
「体力には自信があるので平気です」
ヨクサルは無邪気に微笑みながら、右腕に力こぶを作ってみせる。
華奢な見た目に反して、ぷくりと膨らむ逞しい筋肉。
未玖はヨクサルの言葉を信じ、ダニールの背中から乗り移る。
燃える翼の炎はダニールよりも控えめだが、心地よい暖かさと羽毛の柔らかさについ、顔を埋めたくなってしまう。
(いけないわ。ヨクサルとは出会ったばかりなのだから)
未玖にとってダニールは大切な人だ。
彼の子どもであるヨクサルのことも大切に想っている。
もっとダニールのことを知りたかった。
ヨクサルのことも知りたかった。
(三人でこの世界を生き抜きたい。クロを助けたい。それなのに――)
いつもとはまるで違う雰囲気をダニールから感じて、未玖は気を揉む。
「いいかい、ヨクサル。何があっても地上へ降りてはいけないよ。最後まで未玖を守るんだ」
「父様……?」
「未玖、ヨクサルのことを頼む」
「ダニール、急にどうしたの?」
ざわり、と胸騒ぎがした。
ダニールがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、未玖はヨクサルの背中から身を乗り出し、彼へと手を伸ばす。
しかし指先が触れる寸前にダニールは翼をはためかせ、飛翔した。
「僕はこれから古の雷神へ会いに行く」
「えっ……」
「なぜ神の元へ行かれるのですか?」
「この歪んだ世界を救うためさ」
「じゃあ、私も一緒に行く――」
「それはできない。君とヨクサルは生き残らなければいけないから――愛しているよ、未玖、ヨクサル。どうか元気で」
そう言い残すと、ダニールは雷神の住まう大雲へと向かって飛び去った。
「ダニール!!」
「父様!!」
追いかけようにも、ヨクサルの飛躍力ではダニールの速さには到底、敵わない。
身重であったし、何より背中に誰かを乗せて飛ぶことに慣れていなかった。
「ヨクサル……」
「未玖さん……」
雷鳴が鳴り響き、吹雪が容赦なく肌を刺す。
二人は不安そうに互いの名前を呼び合い、ダニールが飛び込んだ大雲を見上げる。
突然の来訪者に怒り狂ったかのように、無数の稲妻が雲から雲へと駆けては消えた。
不死鳥のダニールは平気だったが、人間の未玖と混血のヨクサルには少々、耐え難い。
「体が震えているね。翼の炎に当たってごらん」
ダニールは燃える翼で未玖の体をそっと包み込む。
赤い炎に触れても、不思議と火傷はしなかった。
「ありがとう、ダニール」
「ほら、ヨクサルもこちらへおいで」
ヨクサルは少し躊躇う素振りを見せたが、お腹の子のためだと言い聞かせ、ダニールのそばへと近づいた。
三人で身を寄せ合い、暖を取る。
(父様の匂いは落ち着きます……それに未玖さんの温もりも……)
両性具有の不死鳥は異性という概念が存在しない。
主人である悪魔には女性性のみを差し出しているが、他種族と愛し合う時は自由に性別を選ぶことができるのだ。
しかし天馬の血も引くヨクサルは、男性と女性の違いを意識的に感じ取っていた。
そして自分の本当の性はどちらなのか、と思い悩む。
(妊娠できるから女性なのは間違っていませんが、男性がお腹に子を宿す種族だっています。僕は……)
「どうしたんだい、ヨクサル?」
「あ、いえ、何でもありません」
ダニールの顔が近い。
ヨクサルは頬を赤らめながら目を逸らす。
長いまつ毛、紅玉のように輝く瞳、きめ細やかな白い肌。
艶のある絹のような黒髪は荒風でも絡まることなく、サラサラと靡いている。
父親であっても思わず見惚れてしまう、普遍的な美しさ。
不死鳥は永遠の時を生きる。
おおよそ人間には想像もつかない、果てしない悠久の時を。
子どもを生めるようになる年齢から成長は緩やかになり、程なくして止まる。
女性とも男性とも見分けのつかぬ、中性的な姿。
(僕も父様のように年を取らないのでしょうか……)
まだ十二歳のヨクサルには、永遠の時を生きる辛さが分からなかった。
とにかく今、最優先すべきはお腹の子を生み育てることだ。
愛するジョシュアとの約束を果たすために。
♢♢♢
三人は半時間ほど上空に留まっていたが、ヨルムンガンドとクロは一向に戦うことをやめない。
鱗は剥がれ落ち、皮膚が引き裂かれ、流れ出る血によって地獄と大地を赤黒く染め上げる。
「ああ、クロ……」
未玖が鎮痛な面持ちで呟いた。
そんな彼女をダニールとヨクサルが気にかける。
三人はクロを救出する方法を話し合ったが、いい案は思い浮かばなかった。
(これでは未玖とヨクサルが凍え死んでしまう)
ダニールは行動に出ることにした。
おそらく未玖とヨクサルには二度と会えないだろう。
けれど彼にしかできない、或いは彼なりの罪滅ぼしなのだ。
イーサンやファロムのように悪魔となるより、余程いい最期を迎えられるに違いない。
(ファロム……僕の愛する弟)
満足に弔ってやれていなかったことに気づき、ダニールは静かに魂の安寧を祈った。
同じ血を分けた、不死鳥では珍しい双子の兄弟。
(もうすぐ僕もそちらへ行くから待っていておくれ)
「ヨクサル、未玖をお前の背中に乗せてくれるかい?」
「はい。未玖さん、どうぞ乗ってください」
「でもお腹に赤ちゃんがいるのに大丈夫?」
「体力には自信があるので平気です」
ヨクサルは無邪気に微笑みながら、右腕に力こぶを作ってみせる。
華奢な見た目に反して、ぷくりと膨らむ逞しい筋肉。
未玖はヨクサルの言葉を信じ、ダニールの背中から乗り移る。
燃える翼の炎はダニールよりも控えめだが、心地よい暖かさと羽毛の柔らかさについ、顔を埋めたくなってしまう。
(いけないわ。ヨクサルとは出会ったばかりなのだから)
未玖にとってダニールは大切な人だ。
彼の子どもであるヨクサルのことも大切に想っている。
もっとダニールのことを知りたかった。
ヨクサルのことも知りたかった。
(三人でこの世界を生き抜きたい。クロを助けたい。それなのに――)
いつもとはまるで違う雰囲気をダニールから感じて、未玖は気を揉む。
「いいかい、ヨクサル。何があっても地上へ降りてはいけないよ。最後まで未玖を守るんだ」
「父様……?」
「未玖、ヨクサルのことを頼む」
「ダニール、急にどうしたの?」
ざわり、と胸騒ぎがした。
ダニールがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、未玖はヨクサルの背中から身を乗り出し、彼へと手を伸ばす。
しかし指先が触れる寸前にダニールは翼をはためかせ、飛翔した。
「僕はこれから古の雷神へ会いに行く」
「えっ……」
「なぜ神の元へ行かれるのですか?」
「この歪んだ世界を救うためさ」
「じゃあ、私も一緒に行く――」
「それはできない。君とヨクサルは生き残らなければいけないから――愛しているよ、未玖、ヨクサル。どうか元気で」
そう言い残すと、ダニールは雷神の住まう大雲へと向かって飛び去った。
「ダニール!!」
「父様!!」
追いかけようにも、ヨクサルの飛躍力ではダニールの速さには到底、敵わない。
身重であったし、何より背中に誰かを乗せて飛ぶことに慣れていなかった。
「ヨクサル……」
「未玖さん……」
雷鳴が鳴り響き、吹雪が容赦なく肌を刺す。
二人は不安そうに互いの名前を呼び合い、ダニールが飛び込んだ大雲を見上げる。
突然の来訪者に怒り狂ったかのように、無数の稲妻が雲から雲へと駆けては消えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セハザ《no2EX》 ~ エルにアヴェエ・ハァヴィを添えたら ~
AP
キャラ文芸
ドアを開けて覗いた。
外は静かで、もう皆学校に行ってて、誰もいなくて。
私は外をちょっと覗いて、あっちの方もこっちの方も見て。
遠くの廊下の先では太陽の白い光が床に差し込んでるのが見えた。
私は。
私は・・・。
少しの間、静かな廊下の周りを見ていて。
それから、やっぱり、頭を引っ込めて。
部屋の扉をゆっくり閉めた。
《『あの子』と少女は少しずつ、少しずつ、変わって・・・いく?》
《取り巻く世界も変わって・・・いく?》
**********
*只今、他の小説を執筆中です。
*そちらが落ち着いてから、《no2EX》を再開しようと思っています。
*****
・この作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる