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イーサンとファロムの変容。
あまりに突然のことで皆、状況を理解できずにいた。
未玖と蛇のクロ以外には。
「なぜファロムが……が悪魔に?」
ダニールが信じられないと言った様子で目を見開く。
悪魔に対する恐怖心に屈しそうになるのを、どうにか堪えてイーサンとァロムを見つめていた。
「宇宙と意識が一体化する夢の中で見たの。でも目が覚めたらすぐに忘れてしまっていて――不死鳥の魂の色が完全に黒くなったとき、彼等は悪魔になってしまう」
「……!!」
不死鳥は不死身であるからこそ不死鳥なのだ。
しかし地獄に居ながら、時たま行方を晦ます者がいた。
ある者は上手いこと逃げたのだと云い、またある者は一角獣と駆け落ちしたのだと云った。
ダニールは前々から悪魔が口うるさく他種族との間に子どもを儲けろ、と厳しく命じる事に疑念を持っていた。
永遠の時を生きる彼らが否応なしに増えていけば、いずれ律することができなくなるのではないか。
だが未玖が告げた内容から、ついに真実へと辿り着く。
「不死鳥が全ての悪魔に行き渡るために子どもを生ませていたのか……!」
「そう。悪魔は知っていたの。いつか不死鳥が仲間に転ずるのを」
「くそっ!」
自分たちは何から何まで、悪魔の手の上で踊らされていたのだ。
それが悔しくて情けなくて、行き場のない怒りと憎しみが全身を駆け巡る。
「長い時を生きる不死鳥であるほど悪魔になる可能性が高い。犯してきた罪が魂の色を黒くしていくの。だからダニール、あなたも負の感情に身を任せてはだめ」
「……ああ、分かっている」
未玖の言葉に、どうにか自制心を保つダニール。
自分たちはヨクサルを助けに来たのだと思い出す。
「ヨクサル、こちらへおいで」
「……」
ヨクサルは呆然と坐すジョシュアに縋りついたまま、決して動こうとしない。
「ほら、いい子だから。僕の可愛いヨクサル」
「……父様はどうして母様を殺したのですか?」
いきなり訊かれ、ダニールは息を呑む。
「母様は僕を生んだときに命を落としたと話してくれたのは嘘だったのですか?」
「それは……」
「父様なんか大嫌いです!」
涙を流しながらヨクサルが叫んだ。
「ヨクサル、私はいいから……早く逃げるのだ……」
「ご主人様……?」
「悪魔は不死鳥を欲する……どうかお腹の子を守ってやってくれ……」
「そんな、ご主人様を置いて行くなんて……うっ!」
悪魔となったファロムがヨクサルの髪の毛を掴み、無理やり立たせようとする。
「ふむ、天馬との混血とは珍しい」
華奢で人形のような容姿とは真逆の、精悍な体つき。
ソプラノの美しかった声も、低く威圧的な響きに変質している。
「……ヨクサル! うぐっ!」
ファロムが嘲りながらジョシュアを踏みつけた。
「この不死鳥は私が貰う。貴様は死ぬまで這いつくばっていろ」
「ご主人様!」
「今から私がお前のご主人様だ、ヨクサル」
「あうっ!」
したたかに腹を蹴られ、ヨクサルが蹲る。
「お前が孕んでいいのは私の子どもだけだ」
「やめて! お腹の赤ちゃんが死んじゃう!」
再び蹴飛ばそうとするファロムを未玖が止めに入った。
ヨクサルを庇い、背中に強力な蹴りをくらう。
「乙女よ、そこを退け。さもなければ赤子ごと始末してくれる」
「絶対にどかない……!」
二人を助けたいのに、悪魔となったファロムが恐ろしくてダニールは動けずにいた。
そこへ同じく悪魔となったイーサンが、ダニールを押さえつける。
「俺に仕えるがいい、不死鳥」
「っ……!!」
イーサンが不死鳥の時ならば互角だったが、悪魔と不死鳥では力の差がありすぎた。
反撃しようにも体が震えてしまい、満足に声すら出せない。
「ほう、しばらく孕んでいないようだな。久しぶりに悪魔の子を授けてやろう」
「……い、嫌だ」
圧倒的な力で服を引き剥がそうと、イーサンが手を伸ばす。
悪魔は欲望に忠実だ。
子を宿したいと思えば、どこであろうと手篭めにする。
未玖とヨクサルの前で悪魔に蹂躙される姿を晒すぐらいなら、一思いに殺してほしい。
ダニールは目を瞑り、唇を噛み締める。
と、蛇のクロがイーサンの左腕に噛み付いた。
「邪魔をするな、乙女の子どもよ」
クロは離すまいと鋭い牙をイーサンの肌に食い込ませる。
じわり、と紫色の血が滲んできた。
悪魔にも痛覚はあるが、これぐらいの痛みなど騒ぎ立てる程ではない。
「離さないのであれば、その生皮を剥いでやろう!」
イーサンは強靭な握力でクロの首元を掴む。
ぐちゃりと嫌な音がして、いとも簡単に真っ二つになった。
いびつな断面から血飛沫を上げ、首から下が地面に落ちる。
「はは、乙女の生んだ蛇も大したことはないな」
腕に噛み付いたままの頭部を取ろうとして、クロがまだ生きていることに気がついた。
黒く大きな瞳でイーサンをじっと睨め付けている。
「ふん、気味の悪い蛇だ。さっさと死ぬがいい――」
瞬間、クロの分裂した体が再生し、膨張した。
二体になったクロは巨体を蠢かせながら、イーサンとファロムへと襲い掛かる。
そして凶悪な口を開け、驚く間もなく二人の頭を噛み砕いたのだった。
あまりに突然のことで皆、状況を理解できずにいた。
未玖と蛇のクロ以外には。
「なぜファロムが……が悪魔に?」
ダニールが信じられないと言った様子で目を見開く。
悪魔に対する恐怖心に屈しそうになるのを、どうにか堪えてイーサンとァロムを見つめていた。
「宇宙と意識が一体化する夢の中で見たの。でも目が覚めたらすぐに忘れてしまっていて――不死鳥の魂の色が完全に黒くなったとき、彼等は悪魔になってしまう」
「……!!」
不死鳥は不死身であるからこそ不死鳥なのだ。
しかし地獄に居ながら、時たま行方を晦ます者がいた。
ある者は上手いこと逃げたのだと云い、またある者は一角獣と駆け落ちしたのだと云った。
ダニールは前々から悪魔が口うるさく他種族との間に子どもを儲けろ、と厳しく命じる事に疑念を持っていた。
永遠の時を生きる彼らが否応なしに増えていけば、いずれ律することができなくなるのではないか。
だが未玖が告げた内容から、ついに真実へと辿り着く。
「不死鳥が全ての悪魔に行き渡るために子どもを生ませていたのか……!」
「そう。悪魔は知っていたの。いつか不死鳥が仲間に転ずるのを」
「くそっ!」
自分たちは何から何まで、悪魔の手の上で踊らされていたのだ。
それが悔しくて情けなくて、行き場のない怒りと憎しみが全身を駆け巡る。
「長い時を生きる不死鳥であるほど悪魔になる可能性が高い。犯してきた罪が魂の色を黒くしていくの。だからダニール、あなたも負の感情に身を任せてはだめ」
「……ああ、分かっている」
未玖の言葉に、どうにか自制心を保つダニール。
自分たちはヨクサルを助けに来たのだと思い出す。
「ヨクサル、こちらへおいで」
「……」
ヨクサルは呆然と坐すジョシュアに縋りついたまま、決して動こうとしない。
「ほら、いい子だから。僕の可愛いヨクサル」
「……父様はどうして母様を殺したのですか?」
いきなり訊かれ、ダニールは息を呑む。
「母様は僕を生んだときに命を落としたと話してくれたのは嘘だったのですか?」
「それは……」
「父様なんか大嫌いです!」
涙を流しながらヨクサルが叫んだ。
「ヨクサル、私はいいから……早く逃げるのだ……」
「ご主人様……?」
「悪魔は不死鳥を欲する……どうかお腹の子を守ってやってくれ……」
「そんな、ご主人様を置いて行くなんて……うっ!」
悪魔となったファロムがヨクサルの髪の毛を掴み、無理やり立たせようとする。
「ふむ、天馬との混血とは珍しい」
華奢で人形のような容姿とは真逆の、精悍な体つき。
ソプラノの美しかった声も、低く威圧的な響きに変質している。
「……ヨクサル! うぐっ!」
ファロムが嘲りながらジョシュアを踏みつけた。
「この不死鳥は私が貰う。貴様は死ぬまで這いつくばっていろ」
「ご主人様!」
「今から私がお前のご主人様だ、ヨクサル」
「あうっ!」
したたかに腹を蹴られ、ヨクサルが蹲る。
「お前が孕んでいいのは私の子どもだけだ」
「やめて! お腹の赤ちゃんが死んじゃう!」
再び蹴飛ばそうとするファロムを未玖が止めに入った。
ヨクサルを庇い、背中に強力な蹴りをくらう。
「乙女よ、そこを退け。さもなければ赤子ごと始末してくれる」
「絶対にどかない……!」
二人を助けたいのに、悪魔となったファロムが恐ろしくてダニールは動けずにいた。
そこへ同じく悪魔となったイーサンが、ダニールを押さえつける。
「俺に仕えるがいい、不死鳥」
「っ……!!」
イーサンが不死鳥の時ならば互角だったが、悪魔と不死鳥では力の差がありすぎた。
反撃しようにも体が震えてしまい、満足に声すら出せない。
「ほう、しばらく孕んでいないようだな。久しぶりに悪魔の子を授けてやろう」
「……い、嫌だ」
圧倒的な力で服を引き剥がそうと、イーサンが手を伸ばす。
悪魔は欲望に忠実だ。
子を宿したいと思えば、どこであろうと手篭めにする。
未玖とヨクサルの前で悪魔に蹂躙される姿を晒すぐらいなら、一思いに殺してほしい。
ダニールは目を瞑り、唇を噛み締める。
と、蛇のクロがイーサンの左腕に噛み付いた。
「邪魔をするな、乙女の子どもよ」
クロは離すまいと鋭い牙をイーサンの肌に食い込ませる。
じわり、と紫色の血が滲んできた。
悪魔にも痛覚はあるが、これぐらいの痛みなど騒ぎ立てる程ではない。
「離さないのであれば、その生皮を剥いでやろう!」
イーサンは強靭な握力でクロの首元を掴む。
ぐちゃりと嫌な音がして、いとも簡単に真っ二つになった。
いびつな断面から血飛沫を上げ、首から下が地面に落ちる。
「はは、乙女の生んだ蛇も大したことはないな」
腕に噛み付いたままの頭部を取ろうとして、クロがまだ生きていることに気がついた。
黒く大きな瞳でイーサンをじっと睨め付けている。
「ふん、気味の悪い蛇だ。さっさと死ぬがいい――」
瞬間、クロの分裂した体が再生し、膨張した。
二体になったクロは巨体を蠢かせながら、イーサンとファロムへと襲い掛かる。
そして凶悪な口を開け、驚く間もなく二人の頭を噛み砕いたのだった。
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