不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
32 / 54

贖罪

しおりを挟む
「おや、どうやらダニールが復活したようだ」

 イーサンは地上にいる未玖たちを見下ろす。
 同族殺しの合言葉を知らないダニールなど、イーサンやファロムにしてみれば赤子同然だった。

 ファロムと天使を始末してから、未玖の目の前で惨たらしく殺してやろう。
 そう考えるといつもの不機嫌そうな顔が一瞬、とっておきの悪戯を思いついた子どものようになった。

「君もダニールに再会できて嬉しいだろう?」
「嬉しくなどない!」

 ファロムは声を荒げた。
 今の彼は、愛する紗南を殺された怒りと悲しみによって突き動かされている。
 双子の兄であるダニールに対する愛憎とは別の、心の奥底から湧き上がる純粋な想い。

 捕食対象である人間を愛するなど狂っている、と仲間たちは嘲笑うだろう。イーサンのように。
 だが彼にとって、紗南はかけがえのない存在だった。

 決して兄の代わりに愛したのではない。
 そう自身に強く言い聞かせる。

不死鳥フェニックスよ、滅びるがいい!」
 
 神に愛されし天使であるサミュエルとテオが二人に向かい、聖なるつるぎを振りかざす。
 慈悲深く清らかな天使であったが、敵対する不死鳥に対してはどこまでも非情だ。
 
「はっ、放っておいても消えてなくなるお前たちなど相手ではない!」
「その時が来るまでに貴様らを打ちのめすまでだ!」
「天使よ、私の邪魔をするな!」
 
 四人の剣と鋼鉄の矢と化した羽が激しくぶつかり合うと、戦いを待ち侘びていたかのように雷鳴が轟き、稲妻が走る。

 亡者は大きな雷の音に一瞬、動きを止めた。
 どうやら反射的に怯えているようだ。
 しかしすぐに呻き声を上げながら、ふらふらと歩き出した。
 
「ああああああああああ……」
 
 未玖の側までやって来た亡者の首を、ダニールは燃える翼を硬化させて次々と刎ねていく。
 
「クロ、未玖を乗せて飛ぶんだ!」

 蛇のクロはダニールにそっくりの翼を羽ばたかせ、母親である未玖を乗せると大空へ飛び立つ。
 ふと亡者の一人が彼の背後に忍び寄るのが見えた。
 
「ダニール、危ない!」
「この僕が亡者如きにやられるとでも?」

 不敵な笑みを浮かべながら、ダニールは振り向くこともせず亡者の首を刎ねた。
 そのまま飛行し冥府の門から這い出してくる亡者を、ダニールは燃える翼で次々と切り刻んでいく。
 軽快な動作で、まるでモーツァルトのトルコ行進曲に合わせたようだった。

「ダニール……」

 未玖はダニールの姿を見つめながら、目の前で彼に父親を殺されたことを思い出す。
 愛する人の突然すぎる死。
 宙を舞う父親の頭部と、ダニールの天真爛漫な笑顔。

 だがあれは主人である悪魔に命令されてやったことだ。
 下僕の彼等には抵抗する術などなかった。

「ねぇ、クロ、私ってひどいかな? パパやママや桃李が殺されたのは仕方なかったって感じてるの」

(それは未玖が決めればいい)

「私が、決める……」

 あの時のダニールは何の罪もない人々を殺していたが、今は違う。
 未玖を守るために戦ってくれている。
 
「私は……ダニールを赦すわ」

 クロは返事をする代わりに、こくりと頷いた。
 灰色の空に立ち込める雪雲が退き、眩い光が一本、差し込む。
 母なる太陽の暖かな光がダニールを包むと、彼の心が少しばかり軽くなった。

(これでダニールの罪がひとつ、消えた)

 気丈に振る舞うダニールだったが、永遠の時を贖罪の念に苛まれながら生きることにみ果てていた。
 思いもよらぬ救いにダニールは目を見開く。

「……ありがとう、未玖」

 犯した罪が完全に消えたわけではない。
 しかしダニールにとっては大いなる慰めだった。
 赤い瞳に水膜が張るが、決して落とすまいと上を見る。

「さあ、ヨルムンガンドを止めなくてはね。少しばかり暴れ過ぎだ」

 忌むべき幻獣ヨルムンガンドはイーサンに命じられたまま、地獄にいる悪魔や永遠の炎に焼かれる人間、身重な不死鳥や幼子、さらには亡者をその巨体で潰し、肉体を喰らい、瘴気を吐き出す。

「いくら死なないとは言っても、やはり仲間である不死鳥が苦痛を強いられるのは看過できない。もっとも悪魔はいい気味だけどね」

 そこへ堕天使し、悪魔となったジョシュアと不死鳥のヨクサルが近づいて来ていることに、まだ誰も気づかずにいた。
 二羽のワタリガラス、フギンとムニン以外には。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

戒め

ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

えふえむ三人娘の物語

えふえむ
キャラ文芸
えふえむ三人娘の小説です。 ボブカット:アンナ(杏奈)ちゃん 三つ編み:チエ(千絵)ちゃん ポニテ:サキ(沙希)ちゃん

処理中です...