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贖罪
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「おや、どうやらダニールが復活したようだ」
イーサンは地上にいる未玖たちを見下ろす。
同族殺しの合言葉を知らないダニールなど、イーサンやファロムにしてみれば赤子同然だった。
ファロムと天使を始末してから、未玖の目の前で惨たらしく殺してやろう。
そう考えるといつもの不機嫌そうな顔が一瞬、とっておきの悪戯を思いついた子どものようになった。
「君もダニールに再会できて嬉しいだろう?」
「嬉しくなどない!」
ファロムは声を荒げた。
今の彼は、愛する紗南を殺された怒りと悲しみによって突き動かされている。
双子の兄であるダニールに対する愛憎とは別の、心の奥底から湧き上がる純粋な想い。
捕食対象である人間を愛するなど狂っている、と仲間たちは嘲笑うだろう。イーサンのように。
だが彼にとって、紗南はかけがえのない存在だった。
決して兄の代わりに愛したのではない。
そう自身に強く言い聞かせる。
「不死鳥よ、滅びるがいい!」
神に愛されし天使であるサミュエルとテオが二人に向かい、聖なる剣を振りかざす。
慈悲深く清らかな天使であったが、敵対する不死鳥に対してはどこまでも非情だ。
「はっ、放っておいても消えてなくなるお前たちなど相手ではない!」
「その時が来るまでに貴様らを打ちのめすまでだ!」
「天使よ、私の邪魔をするな!」
四人の剣と鋼鉄の矢と化した羽が激しくぶつかり合うと、戦いを待ち侘びていたかのように雷鳴が轟き、稲妻が走る。
亡者は大きな雷の音に一瞬、動きを止めた。
どうやら反射的に怯えているようだ。
しかしすぐに呻き声を上げながら、ふらふらと歩き出した。
「ああああああああああ……」
未玖の側までやって来た亡者の首を、ダニールは燃える翼を硬化させて次々と刎ねていく。
「クロ、未玖を乗せて飛ぶんだ!」
蛇のクロはダニールにそっくりの翼を羽ばたかせ、母親である未玖を乗せると大空へ飛び立つ。
ふと亡者の一人が彼の背後に忍び寄るのが見えた。
「ダニール、危ない!」
「この僕が亡者如きにやられるとでも?」
不敵な笑みを浮かべながら、ダニールは振り向くこともせず亡者の首を刎ねた。
そのまま飛行し冥府の門から這い出してくる亡者を、ダニールは燃える翼で次々と切り刻んでいく。
軽快な動作で、まるでモーツァルトのトルコ行進曲に合わせたようだった。
「ダニール……」
未玖はダニールの姿を見つめながら、目の前で彼に父親を殺されたことを思い出す。
愛する人の突然すぎる死。
宙を舞う父親の頭部と、ダニールの天真爛漫な笑顔。
だがあれは主人である悪魔に命令されてやったことだ。
下僕の彼等には抵抗する術などなかった。
「ねぇ、クロ、私ってひどいかな? パパやママや桃李が殺されたのは仕方なかったって感じてるの」
(それは未玖が決めればいい)
「私が、決める……」
あの時のダニールは何の罪もない人々を殺していたが、今は違う。
未玖を守るために戦ってくれている。
「私は……ダニールを赦すわ」
クロは返事をする代わりに、こくりと頷いた。
灰色の空に立ち込める雪雲が退き、眩い光が一本、差し込む。
母なる太陽の暖かな光がダニールを包むと、彼の心が少しばかり軽くなった。
(これでダニールの罪がひとつ、消えた)
気丈に振る舞うダニールだったが、永遠の時を贖罪の念に苛まれながら生きることに倦み果てていた。
思いもよらぬ救いにダニールは目を見開く。
「……ありがとう、未玖」
犯した罪が完全に消えたわけではない。
しかしダニールにとっては大いなる慰めだった。
赤い瞳に水膜が張るが、決して落とすまいと上を見る。
「さあ、ヨルムンガンドを止めなくてはね。少しばかり暴れ過ぎだ」
忌むべき幻獣ヨルムンガンドはイーサンに命じられたまま、地獄にいる悪魔や永遠の炎に焼かれる人間、身重な不死鳥や幼子、さらには亡者をその巨体で潰し、肉体を喰らい、瘴気を吐き出す。
「いくら死なないとは言っても、やはり仲間である不死鳥が苦痛を強いられるのは看過できない。もっとも悪魔はいい気味だけどね」
そこへ堕天使し、悪魔となったジョシュアと不死鳥のヨクサルが近づいて来ていることに、まだ誰も気づかずにいた。
二羽のワタリガラス、フギンとムニン以外には。
イーサンは地上にいる未玖たちを見下ろす。
同族殺しの合言葉を知らないダニールなど、イーサンやファロムにしてみれば赤子同然だった。
ファロムと天使を始末してから、未玖の目の前で惨たらしく殺してやろう。
そう考えるといつもの不機嫌そうな顔が一瞬、とっておきの悪戯を思いついた子どものようになった。
「君もダニールに再会できて嬉しいだろう?」
「嬉しくなどない!」
ファロムは声を荒げた。
今の彼は、愛する紗南を殺された怒りと悲しみによって突き動かされている。
双子の兄であるダニールに対する愛憎とは別の、心の奥底から湧き上がる純粋な想い。
捕食対象である人間を愛するなど狂っている、と仲間たちは嘲笑うだろう。イーサンのように。
だが彼にとって、紗南はかけがえのない存在だった。
決して兄の代わりに愛したのではない。
そう自身に強く言い聞かせる。
「不死鳥よ、滅びるがいい!」
神に愛されし天使であるサミュエルとテオが二人に向かい、聖なる剣を振りかざす。
慈悲深く清らかな天使であったが、敵対する不死鳥に対してはどこまでも非情だ。
「はっ、放っておいても消えてなくなるお前たちなど相手ではない!」
「その時が来るまでに貴様らを打ちのめすまでだ!」
「天使よ、私の邪魔をするな!」
四人の剣と鋼鉄の矢と化した羽が激しくぶつかり合うと、戦いを待ち侘びていたかのように雷鳴が轟き、稲妻が走る。
亡者は大きな雷の音に一瞬、動きを止めた。
どうやら反射的に怯えているようだ。
しかしすぐに呻き声を上げながら、ふらふらと歩き出した。
「ああああああああああ……」
未玖の側までやって来た亡者の首を、ダニールは燃える翼を硬化させて次々と刎ねていく。
「クロ、未玖を乗せて飛ぶんだ!」
蛇のクロはダニールにそっくりの翼を羽ばたかせ、母親である未玖を乗せると大空へ飛び立つ。
ふと亡者の一人が彼の背後に忍び寄るのが見えた。
「ダニール、危ない!」
「この僕が亡者如きにやられるとでも?」
不敵な笑みを浮かべながら、ダニールは振り向くこともせず亡者の首を刎ねた。
そのまま飛行し冥府の門から這い出してくる亡者を、ダニールは燃える翼で次々と切り刻んでいく。
軽快な動作で、まるでモーツァルトのトルコ行進曲に合わせたようだった。
「ダニール……」
未玖はダニールの姿を見つめながら、目の前で彼に父親を殺されたことを思い出す。
愛する人の突然すぎる死。
宙を舞う父親の頭部と、ダニールの天真爛漫な笑顔。
だがあれは主人である悪魔に命令されてやったことだ。
下僕の彼等には抵抗する術などなかった。
「ねぇ、クロ、私ってひどいかな? パパやママや桃李が殺されたのは仕方なかったって感じてるの」
(それは未玖が決めればいい)
「私が、決める……」
あの時のダニールは何の罪もない人々を殺していたが、今は違う。
未玖を守るために戦ってくれている。
「私は……ダニールを赦すわ」
クロは返事をする代わりに、こくりと頷いた。
灰色の空に立ち込める雪雲が退き、眩い光が一本、差し込む。
母なる太陽の暖かな光がダニールを包むと、彼の心が少しばかり軽くなった。
(これでダニールの罪がひとつ、消えた)
気丈に振る舞うダニールだったが、永遠の時を贖罪の念に苛まれながら生きることに倦み果てていた。
思いもよらぬ救いにダニールは目を見開く。
「……ありがとう、未玖」
犯した罪が完全に消えたわけではない。
しかしダニールにとっては大いなる慰めだった。
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「さあ、ヨルムンガンドを止めなくてはね。少しばかり暴れ過ぎだ」
忌むべき幻獣ヨルムンガンドはイーサンに命じられたまま、地獄にいる悪魔や永遠の炎に焼かれる人間、身重な不死鳥や幼子、さらには亡者をその巨体で潰し、肉体を喰らい、瘴気を吐き出す。
「いくら死なないとは言っても、やはり仲間である不死鳥が苦痛を強いられるのは看過できない。もっとも悪魔はいい気味だけどね」
そこへ堕天使し、悪魔となったジョシュアと不死鳥のヨクサルが近づいて来ていることに、まだ誰も気づかずにいた。
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