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地均し

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「ヨルムンガンド……?」

 イーサンの掛け声によって姿を現したのは、紛うことなき異形の大蛇だった。
 深手を負ったダニールを飲み込もうと巨大化したクロに寄り添いながら、未玖は瘴気を吐き出す幻獣を凝視する。

「お前の仇敵である神々は死んだ。新たなる相手は地獄に住まう悪魔どもだ!」

 ヨルムンガンドは手足の代わりに、赤黒い鱗に覆われた胴体で大地を踏み鳴らす。

「っ……!!」

 今まで体感したことのない激しい揺れに、未玖は体を強張らせながらクロにしがみついた。
 周囲の山が次々と砂のように崩れ、未玖たちの足元に亀裂が走り、深淵が顔を覗かせる。

(落ちる……!)

 瞬間、クロが宙へ飛んだ。
 見ると不死鳥フェニックスのような燃える羽を背中から生やしている。

「ありがとう、クロ……!」

 クロの背中に跨り、体を撫でると嬉しそうに顔を擦り付けてきた。

「紗南っ!!」

 一方、ファロムは地面に横たわる紗南の亡骸を抱いて飛翔すると、悲嘆の涙に暮れる。

「ああ、紗南、紗南っ……!!」

 つい先程まで生きていたのに、もう言葉を発しなければ微笑むこともない。
 グロテスクな首の切断面が、残酷な現実をまざまざと突きつける。

「……地均じならしなどさせて、どうするつもりだ?」

 仇であるイーサンを睨みながらファロムが問うた。

は本能に忠実でね。腹が減れば肉を喰い荒らすし、暴れたければとことん破壊の限りを尽くすのさ」

 空高くから見下ろす大地が、海が、みるみるうちに平らになっていく。
 これで地球上の殆どの生物は命を落としたに違いない。
 正真正銘のまっさらな世界が、忌むべき幻獣によって創造されたのだ。

「さて、ヨルムンガンド。次は地獄へ行き、悪魔どもを嬲り殺してやろうじゃないか」

 ヨルムンガンドは答えるように耳をつんざく咆哮を上げながら、地均しを続ける。
 ついに地面が真っ二つに割れ、冥府の門が開かれた。

「亡者の嘆きに心が躍るね」

 紗南の亡骸を抱きしめたまま、ファロムは憎悪に顔を歪める。

「ここは私と紗南の新世界だ。地上に亡者を解き放つなど看過できない」
「ただの肉塊と成り果てた人間にまだ縋るつもりか? ダニールの代わりとして求めたに過ぎない偽りの愛に――そうだろう?」
「違うっ! 私は心から紗南を愛していた……!」

 声を荒げるファロムを、イーサンが冷ややかに見つめる。

「まあ良い。どのみち君も始末するつもりだったからね」

 イーサンは赤々と燃える翼を硬化させ、鋼鉄の矢となった羽をファロムの急所めがけて放とうとした、その時――

「そこまでだ、不死鳥!」

 眩い光に包まれ、灰色の空から二人の天使が地上へ舞い降りて来た。

「はっ、まだ生きていたのか、神の残滓ざんしが」
「穢らわしき不死鳥たちよ、ここが最期に見た景色となるであろう!」

 百合の香りを纏ったサミュエルとテオが、高らかに宣言する。

「わざわざ俺の所へやって来るとは、実にありがたい!」

 ファロムからサミュエルとテオに狙いを定めたイーサンは、容赦なく鋼鉄の矢を放つ。

「くっ!!」

 白く清らかな二対の翼が、それぞれ矢を弾き返した。

「ふむ、今まで首を刎ねた天使とは格が違う……さては天使の涙を持っているな?」

 イーサンはほくそ笑むと、燃える翼をはためかせる。

 天使が流す涙で作られし、空色をしたアクアマリンのネックレス。
 サミュエルとテオは、純白のローブに隠し持った天使の涙を握りしめる。

「ならばこの翼で粉々にしてやろう! そうすればどうなるか――まさか知らぬはずはないだろう?」
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