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合言葉
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「ここへ来た時から意識を遮断していたからおかしいと感じていたが、まさか乙女如きに翻弄されていたとは」
「これは私の意志でやっている」
互いに牽制しながら受け答えをしつつ、相手の隙を突こうと目を光らせる。
「俺たちの予知能力は消えかかっているし、巨大な幻獣が覚醒し地震や津波を起こして地球に巻きついている。今の状況ではどちらにしてもこの世界に未来はない」
「だからこそ新たな神が必要なのだ」
剣のように変形した翼と翼が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「わぁ! 花火みたいで綺麗」
二人の会話は攻撃音によって掻き消されたため、脳みそを貪る紗南の耳には届かない。
「やはりジャンダーの時のようにはいかないね」
「あれだけ愛し合っていたジャンダーまで手を掛けるとは」
「愛していたのではなく、ただの戯れに過ぎない」
「ダニールが聞いたらさぞ嘆き悲しむだろう!」
兄の名前を聞いたファロムは一瞬、動きを止める。
「――兄さんは関係ない」
「双子である二人の間に入ってきたのがジャンダーだったのだろう? それまで君たちを引き離すことは誰にもできなかった――兄弟でありながら密かに愛し合っていたからだ」
「やめろ! それ以上は言うな!」
ファロムは叫びながら翼を振りかざす。
「二人がひとつになろうとするのは仕方のないことだ。君たちは元々ひとつの魂だったのだから」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ――!」
脳裏に在りし日の記憶が蘇る。
♢♢♢
ダニールとファロム。
不死鳥では珍しい双子の兄弟。
物心ついた頃から周囲の目を盗み、兄と愛し合っていた。
兄が男性性のときもあれば、ファロムが男性性のときもあった。
ひたすら互いを求めてより深い場所で繋がろうとしたが、まだ成長しきっていない体では思うように届かない。
主人である悪魔に仕えるのは、生まれて十二年経ってからと決まったいる。
女性性としての機能が成熟するのが、それくらいの歳だったからだ。
ファロムが十一歳の時、ほんの遊び心でジャンダーと愛し合い、父親に施されるよりも早く、奥深くで繋がる悦びに目覚める。
兄よりも逞しい彼にファロムは夢中になったが、すぐに別れの時がやって来た。
「これから僕たちは悪魔に仕える身だ。けれどファロムの幸せを誰よりも願っている。ジャンダーによろしく伝えておくれ」
蕩けるような、優しい口づけ。
これが兄と交わした最後の言葉だった。
三人はそれぞれ主人となる悪魔に引き渡され、すぐに悪魔の子をお腹に宿す。
悪魔に仕えるようになると、不死鳥同士で会うことは固く禁じられていた。
幾度となく兄やジャンダーとすれ違ったが、その度にファロムは視線を逸らす。
兄やジャンダーの腹が、自分と同じように大きく膨らんでいる醜い姿を見たくなかったのだ。
悠久の時を生きる彼らにとって、悪魔との暮らしはまさに生き地獄だった。
繰り返される暴力、受胎、出産、命懸けの子育て。
もう何度、悪魔の子を産み育てたのか分からなくなり、絶望に打ちひしがれ死を切望する頃、彼らに偽りの自由が与えられる。
主人である悪魔から解放され、どこでも好きな場所へ行くことを許されるのだ。
ただし一角獣や人魚などの他種族と交わり、必ず子どもを設けること。
それまで虐げられてきた彼らは解放されると、主人の命令に従って乙女を娶り、子どもを産ませた。
遺伝子的に優位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の血が流れる子どもしか産まれない。
だが稀に混血の子どもが産まれることがあった。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだったが、兄であるダニールが生かしていると風の噂で聞いたファロムはひっそりと会いに行くことにした。
数世紀ぶりに見た兄は、昔と変わらず自分と瓜二つの中性的な顔立ちと華奢な体格をしていた。
唯一違うのは、髪の毛の癖だけだ。
兄はストレートなのに対し、ファロムはくるんと幾重にもカールしている。
「兄さ――」
声を掛けようとして息を呑む。
兄と我が子であるはずの幼い不死鳥が、かつての自分たちのように人目を盗んで愛し合っていたのだ。
別にそれ自体は自然なことだった。
悪魔に仕える我が子を思い、激しい痛みを伴う交わりのために少しでも体を慣らしておこうと、父である不死鳥が我が子を女性性に目覚めさせるのが古くからの習わしだった。
実際に二人も父であった不死鳥に悪魔へ引き渡される数週間前、同様の処置を何度か施されていた。
けれど兄の愛し方はまるで恋人のようで、ファロムは湧き上がる嫉妬心に胸を痛める。
「愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ」
そう耳元で囁く兄の高く澄んだ声が、いつまでも耳に張り付いて忘れられなかった。
♢♢♢
「どうした、そんなに隙を見せて」
イーサンの鋼のような翼が頬を掠め、鮮血が迸る。
「っ……!!」
「俺を殺すのだろう? だがあいにく俺はまだ死にたくないのでね。だからファロム、君を殺すしかない」
こちらを鋭く見つめるイーサンの赤い瞳には、明確な殺意と共にどこか悲しげな気配が漂っていた。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
その不穏な言葉は、遠い昔に記憶の彼方へ追いやられたもの。
つまり同族殺しの合言葉だ。
「なぜイーサンが……?」
「君だけが不死鳥の殺し方を知っていると思ったら大間違いだ――さあ、その罪深き心臓を抉り出してやろう」
「これは私の意志でやっている」
互いに牽制しながら受け答えをしつつ、相手の隙を突こうと目を光らせる。
「俺たちの予知能力は消えかかっているし、巨大な幻獣が覚醒し地震や津波を起こして地球に巻きついている。今の状況ではどちらにしてもこの世界に未来はない」
「だからこそ新たな神が必要なのだ」
剣のように変形した翼と翼が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「わぁ! 花火みたいで綺麗」
二人の会話は攻撃音によって掻き消されたため、脳みそを貪る紗南の耳には届かない。
「やはりジャンダーの時のようにはいかないね」
「あれだけ愛し合っていたジャンダーまで手を掛けるとは」
「愛していたのではなく、ただの戯れに過ぎない」
「ダニールが聞いたらさぞ嘆き悲しむだろう!」
兄の名前を聞いたファロムは一瞬、動きを止める。
「――兄さんは関係ない」
「双子である二人の間に入ってきたのがジャンダーだったのだろう? それまで君たちを引き離すことは誰にもできなかった――兄弟でありながら密かに愛し合っていたからだ」
「やめろ! それ以上は言うな!」
ファロムは叫びながら翼を振りかざす。
「二人がひとつになろうとするのは仕方のないことだ。君たちは元々ひとつの魂だったのだから」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ――!」
脳裏に在りし日の記憶が蘇る。
♢♢♢
ダニールとファロム。
不死鳥では珍しい双子の兄弟。
物心ついた頃から周囲の目を盗み、兄と愛し合っていた。
兄が男性性のときもあれば、ファロムが男性性のときもあった。
ひたすら互いを求めてより深い場所で繋がろうとしたが、まだ成長しきっていない体では思うように届かない。
主人である悪魔に仕えるのは、生まれて十二年経ってからと決まったいる。
女性性としての機能が成熟するのが、それくらいの歳だったからだ。
ファロムが十一歳の時、ほんの遊び心でジャンダーと愛し合い、父親に施されるよりも早く、奥深くで繋がる悦びに目覚める。
兄よりも逞しい彼にファロムは夢中になったが、すぐに別れの時がやって来た。
「これから僕たちは悪魔に仕える身だ。けれどファロムの幸せを誰よりも願っている。ジャンダーによろしく伝えておくれ」
蕩けるような、優しい口づけ。
これが兄と交わした最後の言葉だった。
三人はそれぞれ主人となる悪魔に引き渡され、すぐに悪魔の子をお腹に宿す。
悪魔に仕えるようになると、不死鳥同士で会うことは固く禁じられていた。
幾度となく兄やジャンダーとすれ違ったが、その度にファロムは視線を逸らす。
兄やジャンダーの腹が、自分と同じように大きく膨らんでいる醜い姿を見たくなかったのだ。
悠久の時を生きる彼らにとって、悪魔との暮らしはまさに生き地獄だった。
繰り返される暴力、受胎、出産、命懸けの子育て。
もう何度、悪魔の子を産み育てたのか分からなくなり、絶望に打ちひしがれ死を切望する頃、彼らに偽りの自由が与えられる。
主人である悪魔から解放され、どこでも好きな場所へ行くことを許されるのだ。
ただし一角獣や人魚などの他種族と交わり、必ず子どもを設けること。
それまで虐げられてきた彼らは解放されると、主人の命令に従って乙女を娶り、子どもを産ませた。
遺伝子的に優位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の血が流れる子どもしか産まれない。
だが稀に混血の子どもが産まれることがあった。
不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだったが、兄であるダニールが生かしていると風の噂で聞いたファロムはひっそりと会いに行くことにした。
数世紀ぶりに見た兄は、昔と変わらず自分と瓜二つの中性的な顔立ちと華奢な体格をしていた。
唯一違うのは、髪の毛の癖だけだ。
兄はストレートなのに対し、ファロムはくるんと幾重にもカールしている。
「兄さ――」
声を掛けようとして息を呑む。
兄と我が子であるはずの幼い不死鳥が、かつての自分たちのように人目を盗んで愛し合っていたのだ。
別にそれ自体は自然なことだった。
悪魔に仕える我が子を思い、激しい痛みを伴う交わりのために少しでも体を慣らしておこうと、父である不死鳥が我が子を女性性に目覚めさせるのが古くからの習わしだった。
実際に二人も父であった不死鳥に悪魔へ引き渡される数週間前、同様の処置を何度か施されていた。
けれど兄の愛し方はまるで恋人のようで、ファロムは湧き上がる嫉妬心に胸を痛める。
「愛しているよ――ヨクサル。どうか幸せになっておくれ」
そう耳元で囁く兄の高く澄んだ声が、いつまでも耳に張り付いて忘れられなかった。
♢♢♢
「どうした、そんなに隙を見せて」
イーサンの鋼のような翼が頬を掠め、鮮血が迸る。
「っ……!!」
「俺を殺すのだろう? だがあいにく俺はまだ死にたくないのでね。だからファロム、君を殺すしかない」
こちらを鋭く見つめるイーサンの赤い瞳には、明確な殺意と共にどこか悲しげな気配が漂っていた。
「心臓を母なる太陽に捧げよ。そして永遠の眠りにつくのだ」
その不穏な言葉は、遠い昔に記憶の彼方へ追いやられたもの。
つまり同族殺しの合言葉だ。
「なぜイーサンが……?」
「君だけが不死鳥の殺し方を知っていると思ったら大間違いだ――さあ、その罪深き心臓を抉り出してやろう」
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