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ファロムとイーサン
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ダニール、未玖と邂逅する数日前――
紗南とファロムは凍てつく空を寄り添いながら、当てもなく飛んでいた。
「不死鳥って案外、すぐに死ぬのね」
つまらなそうに呟くと、口に手を添え欠伸をする。
「私たちも完全ではないからね。最も、同族殺しが出来るのは私だけに違いないけれど」
「ファロムったら美味しそうに仲間の心臓を食べるから、私も人間の心臓を食べてみたくなっちゃった」
紗南は好奇心に目を輝かせる。
「でも残念ながら人間はもう悪に選ばれし乙女だけだ。しかもほとんど始末してしまった」
「どうせなら、ファロムみたいに生きたまま取り出したのを食べたかったわ」
「それなら不死鳥の心臓はどうだい? まだ何人か生きているはずだからね」
「本当? じゃあそうする!」
ファロムは頷くと耳を澄ませる。
そして不死鳥から発せられる特殊な波長を拾うと、雪と静寂に包囲された地上へと降下していく。
(――あそこだ)
紗南を振り落とさないように気を配りながら、倒壊した教会の狭まった入り口を抜け礼拝堂に舞い降りた。
ファロムの愛らしく美しい見た目は、翼が燃えていなければ清らかな天使に見間違えたことだろう。
「誰かと思えばファロムじゃないか」
「やあ、イーサン。ここはとても快適だね」
ひび割れた足元に巨大な十字架が横たわっていた。
イーサンはその上に座っており、山羊の皮でできた袋から人間の頭部を取り出すと不機嫌そうに食べ始める。
「わぁ、その脳みそ、すっごく鮮度が良さそう! ねぇ、美味しい?」
「君の見出した乙女は変わっているね。こんなに歪んでいるのに魂の色が全く濁っていない」
「紗南は特別な存在だよ。私にとって何よりも」
その言葉にイーサンの動きが止まる。
「……特別? ただの人間が?」
「ああ。そう言う君の乙女はどこにいるのだい?」
「乙女? ふん、あれはただの穢らわしい女だったから首を刎ねてやった」
よほど腹立たしかったのか、イーサンは手にしていた頭部を床に叩きつける。
剥き出しの頭部から脳みそと脳漿が飛び散り、紗南の顔や胸にかかった。
「意外といけるじゃない。私、この味好きよ」
顔についた脳みそを人差し指で掬い、ぺろりと舐めると満足そうに微笑む。
「はは、狂っているな。そんなに美味しいのなら残りはお前にやるよ」
「やったぁ! ちょうどお腹が空いていたのよね」
ぷるんと揺れる脳みそを手で掴み、口へと運ぶ。
白子のような食感に舌に絡みつく濃厚な味。
紗南は無我夢中で頬張った。
「まさか乙女に共喰いをさせるために、俺のところへ来たのではないだろう?」
「ああ、イーサンを殺すためにやって来たのさ」
さして驚くこともなく、イーサンはファロムを見上げる。
「同族殺しをしている不死鳥がいると聞いていたが、まさか君だったとはね」
「神々の王に仕えしフギンとムニンにかい?」
「古の神々は去った。今のふたりは神と悪魔、どちらの味方でもない」
ただでさえ信仰心の薄かった人間が地上からいなくなったことで、現在の脆弱な神々はその姿を保つことができずに消滅しつつあった。
神が創造した天使達も同じ運命を辿るが、自我を持つ彼等にはまだ幾らか時間が残されているようさだ。
「別に君が何をしようと構わないが、大切な苗床である乙女まで殺してしまうのは悪魔の意に反するのでは?」
「紗南がそう望むからだ」
「この乙女が望むから? ますます度し難いな」
イーサンは冷ややかに紗南を一瞥する。
脳みそを半分ほど食べ終え、口元は血と脳漿でべっとり汚れていた。
「私は紗南と二人で新世界の神となる」
「はっ、気でも触れたのか。神などという存在自体が不要なのに」
「ねぇ、ファロム、うるさいから早く始末して」
紗南の望みを叶えるため、ファロムは燃える翼をはためかせ天井付近まで一気に飛び上がった。
そのままイーサンの急所を狙って翼を突きつけるが、すんでのところで躱されてしまう。
「君がその気なら、こちらも本気でいかせてもらおう」
イーサンは不敵な笑みを浮かべながら背中に翼を出現させると、勢いよく飛翔した。
冬の短い晴れ間に差し込む日差しによって照らされたステンドグラスのいびつな光が、物悲しく幻想的な情景を描き出す。
だがすぐに灰色の雲によって太陽は姿を隠し、仄暗い影だけを落とした。
紗南とファロムは凍てつく空を寄り添いながら、当てもなく飛んでいた。
「不死鳥って案外、すぐに死ぬのね」
つまらなそうに呟くと、口に手を添え欠伸をする。
「私たちも完全ではないからね。最も、同族殺しが出来るのは私だけに違いないけれど」
「ファロムったら美味しそうに仲間の心臓を食べるから、私も人間の心臓を食べてみたくなっちゃった」
紗南は好奇心に目を輝かせる。
「でも残念ながら人間はもう悪に選ばれし乙女だけだ。しかもほとんど始末してしまった」
「どうせなら、ファロムみたいに生きたまま取り出したのを食べたかったわ」
「それなら不死鳥の心臓はどうだい? まだ何人か生きているはずだからね」
「本当? じゃあそうする!」
ファロムは頷くと耳を澄ませる。
そして不死鳥から発せられる特殊な波長を拾うと、雪と静寂に包囲された地上へと降下していく。
(――あそこだ)
紗南を振り落とさないように気を配りながら、倒壊した教会の狭まった入り口を抜け礼拝堂に舞い降りた。
ファロムの愛らしく美しい見た目は、翼が燃えていなければ清らかな天使に見間違えたことだろう。
「誰かと思えばファロムじゃないか」
「やあ、イーサン。ここはとても快適だね」
ひび割れた足元に巨大な十字架が横たわっていた。
イーサンはその上に座っており、山羊の皮でできた袋から人間の頭部を取り出すと不機嫌そうに食べ始める。
「わぁ、その脳みそ、すっごく鮮度が良さそう! ねぇ、美味しい?」
「君の見出した乙女は変わっているね。こんなに歪んでいるのに魂の色が全く濁っていない」
「紗南は特別な存在だよ。私にとって何よりも」
その言葉にイーサンの動きが止まる。
「……特別? ただの人間が?」
「ああ。そう言う君の乙女はどこにいるのだい?」
「乙女? ふん、あれはただの穢らわしい女だったから首を刎ねてやった」
よほど腹立たしかったのか、イーサンは手にしていた頭部を床に叩きつける。
剥き出しの頭部から脳みそと脳漿が飛び散り、紗南の顔や胸にかかった。
「意外といけるじゃない。私、この味好きよ」
顔についた脳みそを人差し指で掬い、ぺろりと舐めると満足そうに微笑む。
「はは、狂っているな。そんなに美味しいのなら残りはお前にやるよ」
「やったぁ! ちょうどお腹が空いていたのよね」
ぷるんと揺れる脳みそを手で掴み、口へと運ぶ。
白子のような食感に舌に絡みつく濃厚な味。
紗南は無我夢中で頬張った。
「まさか乙女に共喰いをさせるために、俺のところへ来たのではないだろう?」
「ああ、イーサンを殺すためにやって来たのさ」
さして驚くこともなく、イーサンはファロムを見上げる。
「同族殺しをしている不死鳥がいると聞いていたが、まさか君だったとはね」
「神々の王に仕えしフギンとムニンにかい?」
「古の神々は去った。今のふたりは神と悪魔、どちらの味方でもない」
ただでさえ信仰心の薄かった人間が地上からいなくなったことで、現在の脆弱な神々はその姿を保つことができずに消滅しつつあった。
神が創造した天使達も同じ運命を辿るが、自我を持つ彼等にはまだ幾らか時間が残されているようさだ。
「別に君が何をしようと構わないが、大切な苗床である乙女まで殺してしまうのは悪魔の意に反するのでは?」
「紗南がそう望むからだ」
「この乙女が望むから? ますます度し難いな」
イーサンは冷ややかに紗南を一瞥する。
脳みそを半分ほど食べ終え、口元は血と脳漿でべっとり汚れていた。
「私は紗南と二人で新世界の神となる」
「はっ、気でも触れたのか。神などという存在自体が不要なのに」
「ねぇ、ファロム、うるさいから早く始末して」
紗南の望みを叶えるため、ファロムは燃える翼をはためかせ天井付近まで一気に飛び上がった。
そのままイーサンの急所を狙って翼を突きつけるが、すんでのところで躱されてしまう。
「君がその気なら、こちらも本気でいかせてもらおう」
イーサンは不敵な笑みを浮かべながら背中に翼を出現させると、勢いよく飛翔した。
冬の短い晴れ間に差し込む日差しによって照らされたステンドグラスのいびつな光が、物悲しく幻想的な情景を描き出す。
だがすぐに灰色の雲によって太陽は姿を隠し、仄暗い影だけを落とした。
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