不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
19 / 54

天使の涙

しおりを挟む
 兄であるサミュエルを愛してしまったために天界から追放され、堕天したジョシュア。
 白い翼は漆黒に染まり、天使であった頃の記憶はない。

「ヨクサルは純粋な不死鳥フェニックスではないのだね」

 一方的に愛した後、ジョシュアは涙を流すヨクサルの頭を優しく撫でる。

「……はい」
天馬ペガサスとの混血とは珍しい」

 主従関係を結んだ悪魔によって不死鳥同士では繁殖できなくされた彼らは、他の種族と交わることでその血を絶やさずにいた。
 天使と同様に両性具有だが、主人である悪魔に対しては女性性のみを差し出している。

 娶る相手は繁殖力の強い一角獣ユニコーン人魚マーメイドが多い。
 その場合は男性性のみを発現させる。
 彼らは産み育てる苦しみを嫌と言う程、味わっているからだ。

 遺伝子的に上位に立つ不死鳥との間には、不死鳥の赤子しか産まれないが、稀に混血の赤子が産まれることもある。

 不吉の象徴と見なされ、忌み子として殺される場合が殆どだが、ヨクサルは運良く生き延びたようだ。

「産まれて何年経つのだい?」
「……十二年です」

 悠久の時を生きる不死鳥にとってそれはあまりにも短い、刹那的なものだった。


 ――だからこんなにも清らかで穢れを知らないのか。


 またしても加虐心が湧いてくるのを感じる。
 彼を自分のものにしたい。
 この手で汚したい。

「私の子を産んでくれるか?」
「ーーっ! ……その、僕は……まだーー」

 ヨクサルが答え終わらぬうちに華奢な体に覆い被さる。
 無理やり口づけをしながら、平らな胸元の突起に爪を立てた。

「ーーっ!!」

 滑らかな白い肌に、赤い血がじわりと滲み出る。
 痛みに悲鳴を上げようにも口を塞がれたヨクサルは、体を捻じり悶えることしかできない。

「愛しているよ、ヨクサル。ずっと私のそばにいておくれ」
「はい……ご主人、さま……」

 暴虐的な愛を注がれ、ヨクサルは悪魔の子をその身に孕んだ。

 ♢♢♢

 弟のジョシュアから歪んだ愛を告げられたサミュエルは、文明の崩壊した地上でただ一人、立ち尽くしていた。

「ああ、ジョシュア……」


 父なる神よ、私一人になるのならばいっそのこと、この身を――


 その時、灰色の空から聖なる光が差し、白い翼をはばたかせながら清らかな天使が彼の元へと舞い降りてきた。

「サミュエル、それは決して許されない」
「テオ……」

 テオと呼ばれた天使は金糸雀カナリア色の髪をふわりと風に靡かせ、瑠璃色の瞳をゆっくりと瞬かせる。

「兄さんを弔ってくれてありがとう」
「いや、私は……何もできなかった――」

 セオドアとテオは兄弟の天使で、神々へ捧げる音楽を司り、美しい二人の歌声に天界から降り注ぐ祝福の徴として聴く者を虜にした。

「悪に選ばれし乙女を連れていない不死鳥にやられたんだ」
「そうか――」

 テオが兄であるセオドアを、心から慕っていたのを知らない者はいない。

「兄さんは僕を庇って逃してくれた。だから何があっても生き抜いてみせる。サミュエルも悪魔に心を傾けてはいけないよ」

 彼が悲しみの最中さなかにいるにも関わらず、気丈に振る舞う姿に在りし日のセオドアを見出した。

「そうだな……ありがとう、テオ」
「父なる神アーラッドからこれを預かってきた」

 テオから渡されたのは、空色をしたアクアマリンのネックレスだった。

「これは……ジョシュアの涙で作られたもの――」

 テオは頷くとサミュエルの首につけてやる。

「僕にはこれを……つけてくれるかい?」
「ああ、セオドア――」

 深い青色をした、形の異なるアクアマリンのネックレス。

 セオドアの涙から作られたネックレスを手に取り、サミュエルは静かに虹色の涙を流した。

「大丈夫、兄さんはずっと僕と一緒にいるんだ」

 テオは髪をかき上げ、白いうなじを露にさせながらサミュエルを見上げる。

「ああ、君の中にセオドアはいる――」
「そしてサミュエルの中にはジョシュアがいる」

 金具を取り外し、首につけるとテオを見つめた。
 セオドアと瓜二つの、でも兄より少しだけ気の強そうな眼差し。

「サミュエルには僕が必要だろう?」

 そう言うとサミュエルの形の良い唇に、自身の唇を重ねる。

「――これで僕はサミュエルのものだ」
「テオ……」

 サミュエルはテオの華奢な体を抱きしめた。
 百合の甘く濃厚な香りが鼻腔を刺激する。

「共に生きていこう、サミュエル」
「……ああ、テオ、セオドア――ジョシュア」

 二人の影が重なり合うと、空から白い雪が降り始めた。

 二羽のワタリガラスが静かに様子を観察していたが、すぐにどこかへ飛び去って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

求不得苦 -ぐふとくく-

こあら
キャラ文芸
看護師として働く主人公は小さな頃から幽霊の姿が見える体質 毎日懸命に仕事をする中、ある意識不明の少女と出会い不思議なビジョンを見る 少女が見せるビジョンを読み取り解読していく 少女の伝えたい想いとは…

戒め

ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...