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嫉妬
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「――ああ、セオドア」
天使のサミュエルとジョシュアの兄弟は、仲間であったセオドアの無残な姿に虹色の涙を静かに流した。
「愛しのセオドアよ……」
兄のサミュエルが刎ねられたセオドアの首を震える手で地面から持ち上げると、形の良い唇に優しく口づけをする。
その姿を見た弟のジョシュアは心がチクリと痛むのを微かに感じたが、同じように口づけをして別れを告げた。
「君の美しい歌声をもう聴けないなんて、私はどうすれば――」
「兄上、お言葉ですが」
「――ああ、分かっている。このような時に私的な感情に浸っていてはいけない」
サミュエルの瞳からぽとり、と涙が地面に落ちるとみるみるうちに白い薔薇が一面に咲き誇り、セオドアの死体を静かに包み込む。
ジョシュアも涙を流したが、その中に嫉妬の気配がある事に気がつき愕然とした。
――私はセオドアに嫉妬している? しかし、なぜ?
サミュエルは遺体の頭部があるべき場所に、セオドアの首を置いてやった。
白く清らかな翼は全てむしり取られていたが、白い薔薇によって双対の翼を模していたため、遠目から見るとただ眠っているように見える。
だが神に愛されし天使も死するのだ。
悪魔の使いである不死鳥の燃える翼によってのみ。
悪魔。かつては天使だったものが高慢や嫉妬のために神に反逆し、罰せられて天界を追放された天使、または自由意志をもって堕落した存在。
つまり堕天使である。
――ああ、父なる神よ、どうかお赦しください。
私は兄であるサミュエルを愛するあまり――
「ジョシュア、どうしたのだ?」
「いえ、何でもありません」
ジョシュアは胸の奥が冷たくなるのを感じ取る。
同時に青く澄んだ瞳が燃えるように熱くなり、彼は戦慄した。
白く清らかな翼の先が黒く染まったが、すぐに抜け落ちると風に舞って天界へと飛ばされていく。
グラズヘイムと呼ばれし宮殿から帰還した父なる神アーラッドは、黒い羽を掬い取ると悲しそうに顔を歪ませる。
『おお、ジョシュアよ……』
信仰心の薄れた現代の人間によって力を殆ど無くしてしまったアーラッドであったが、それでも小さな奇跡を起こす事は辛うじてできた。
慈愛に満ちた瞳から涙が溢れると、温かな雨となって地上へと降り注ぐ。
奇跡の雨を受けた草木や花は一斉に芽吹き、蕾を開いた。
まるで楽園のように映ったが、動く生命の姿はごく僅かだった。
それによって引き起こされた大地震と津波によって、大半の生き物は土へ還ったからだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地面を唸らせながら、それは何の感情も抱く事なく咲き誇る草花や生命を潰し、木々をなぎ倒しながら進んでいく。
どこまでも、どこまでも。
そしてついに自身の尾に辿り着くと咥え込み、しばらく動かなくなった。
『何という事だ――我等が談じている間にあれが目覚めていたとは』
その時になり、ようやく神々は気づいたのだった。
忌むべき幻獣が長い眠りから覚醒し、地上を、地球を取り囲んでいる事を。
天使のサミュエルとジョシュアの兄弟は、仲間であったセオドアの無残な姿に虹色の涙を静かに流した。
「愛しのセオドアよ……」
兄のサミュエルが刎ねられたセオドアの首を震える手で地面から持ち上げると、形の良い唇に優しく口づけをする。
その姿を見た弟のジョシュアは心がチクリと痛むのを微かに感じたが、同じように口づけをして別れを告げた。
「君の美しい歌声をもう聴けないなんて、私はどうすれば――」
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――私はセオドアに嫉妬している? しかし、なぜ?
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だが神に愛されし天使も死するのだ。
悪魔の使いである不死鳥の燃える翼によってのみ。
悪魔。かつては天使だったものが高慢や嫉妬のために神に反逆し、罰せられて天界を追放された天使、または自由意志をもって堕落した存在。
つまり堕天使である。
――ああ、父なる神よ、どうかお赦しください。
私は兄であるサミュエルを愛するあまり――
「ジョシュア、どうしたのだ?」
「いえ、何でもありません」
ジョシュアは胸の奥が冷たくなるのを感じ取る。
同時に青く澄んだ瞳が燃えるように熱くなり、彼は戦慄した。
白く清らかな翼の先が黒く染まったが、すぐに抜け落ちると風に舞って天界へと飛ばされていく。
グラズヘイムと呼ばれし宮殿から帰還した父なる神アーラッドは、黒い羽を掬い取ると悲しそうに顔を歪ませる。
『おお、ジョシュアよ……』
信仰心の薄れた現代の人間によって力を殆ど無くしてしまったアーラッドであったが、それでも小さな奇跡を起こす事は辛うじてできた。
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