不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
13 / 54

禁断の果実

しおりを挟む
 未玖はダニールの背中に乗り、空から地上を見下ろしていた。
 進化して急激に伸びた髪の毛が風に揺れる。

「地面が波打ってる……」


 ああ、これは――地震だ。


 ちょうど未玖が産まれた年に起こった、あの大地震が頭をよぎる。
 テレビで生中継を見ていた母親が恐怖のあまり、世界が終わったようだったと震災の日を迎える度に話してくれた。

「でもね、お腹にいる未玖のことは何があっても守ろうと心から思ったの」
「えー! お姉ちゃんばっかりずるい! ねぇママ、僕のことは?」
「もちろん桃李も同じに決まってるじゃない」

(――ねぇ、ママ。今、私は不死鳥のダニールと世界の終わりを見ている。悪に選ばれし乙女以外の人たちは、一人残らず殺された世界を)

 ほんの数日前まで、こんな事態になるなど夢にも思っていなかった。
 来年から中学生だからと、制服の採寸に行ったばかりだった。

(――もうピンク色の使い古したランドセルも、憧れのまっさらなセーラー服も着ることはないんだ)

 瞳が潤んで視界が霞む。
 すると首に巻きついていた蛇のクロが、涙を拭くように頭部を目元に擦り付けてきた。

「……ありがとう、クロ」

 クロは大きな瞳で未玖を見つめながらこくりと頷く。

「収まったようだし、そろそろ降りよう」

 ダニールは返事を待たずにさっさと地上へ降り立った。
 未玖は落とされないよう、必死に背中の燃える翼にしがみつく。

「随分と長い地震だったね。だけどおかげで邪魔な人間のを一掃する事ができたよ」

 まるで天使のように笑う、悪魔の使いである不死鳥フェニックスのダニール。

 昨日までの未玖なら怒りと嫌悪感でダニールを刺し殺してやりたいと感じていたのに、今は悲しみはあれどそうは思わなくなっていた。


 まるで心の中に大きく静かな湖が佇んでいるような。
 湖面は凪いでおり、水鏡のようだ。


 あるいは宇宙のようにどこまでも無限に広がり、目を閉じれば記憶を共有することができそうな――


「未玖、お腹は空いたかい?」
「あ……うん」
「それじゃ、これをお食べ」

 そう言いダニールがさっと取り出したのは、真っ赤な林檎だった。
 血が滴るように赤い色をしている。


 ――でも、一体どこから?


「これは禁断の果実さ。大丈夫、進化を始めた未玖なら無垢を失うことはない」

(禁断の果実……前にどこかで聞いたことがある。でも何だっけ、よく思い出せない)

「人間が残した話が全て正しいとは限らない。神話だって都合のいいように解釈しているに過ぎないのさ」

 ダニールは林檎に軽く唇を当てると、未玖に手渡した。


 ――見た目よりもずっと重い。


 生まれたての赤ん坊の頭のような林檎を、未玖はまじまじと見つめる。
 林檎は嫌いじゃなかったけど、こんなに美味しそうだと感じるのはなぜだろう?

 未玖は我慢できずに齧りついた。
 クロがじっとその様子を窺っている。

「どうだい? 悪の果実の味は」
「……美味しい」

 普段食べていた林檎よりも水分が多く、皮で歯茎を痛めたのか口内に鉄の味が広がった。

 口元から果汁と血の混じった唾液が滴り落ちる。
 けれど未玖は構わずに、無我夢中で林檎を食べた。

「おめでとう、未玖。これで君は正式に僕のとなった」

 ダニールが満ち足りた様子で微笑んだが、未玖は林檎が芯だけになっても食べようとかぶりつく。

「そんなに慌てなくともたくさんあるから、ほら」

 どこからともなく新しい林檎を取り出し、ダニールが一口齧ってみせる。

「未玖、一緒に食べようじゃないか」

 いつの間にか未玖もダニールも裸になっていた。
 膨らみかけの胸と陰部が晒され、未玖は恥じらうように手で隠そうとする。

「あれ……」

 その時、未玖は下半身に違和感を覚えた。

(下着もナプキンもつけていないのに平気だ。生理の時はいつも重くて経血も多いのに……)

「高次元の存在となる資格を得た者は、より快適で合理的な体へと進化する。つまり生理とやらは存在しなくなったのさ」
「え……でも、それじゃ子どもは――」
「命を宿したいと思えばいつでもできるようになる。今はまだその時ではないけれどね。ただし処女懐胎だけはありえない」

 ダニールは目を細めながら笑む。

(そっか、もう生理に悩まされることはないんだ)

 未玖は嬉しくなり、顔を綻ばせる。
 どこからかクロが葉っぱを二枚、口に咥えて持ってきてくれた。
 一枚は未玖に、もう一枚はダニールに。

「生まれたままの姿が一番美しいのだけれど、ここばかりは隠さなくてはね」

 葉っぱを受け取ったダニールが、陰部に葉っぱを当てようとする。
 そこには男性の象徴がなかった。

「これかい?」

 未玖の視線に気づいたダニールが微笑する。

「不死鳥には性別がない。あるいは両性具有である」

 ああ、だから彼等は中性的なのだと未玖は一人で納得する。


 少年とも少女とも見分けのつかない不死鳥――


「そんなことより、ほら、早くこちらにおいで」

 ダニールが手に持つ林檎はひときわ赤かった。
 未玖はたまらなくなり、胸を隠すのも忘れて齧りつく。

「未玖、ここはきちんと隠さないと」

 いたずらっぽく笑うダニールの指が、未玖の陰部に触れた。
 初めての刺激にびくんっ、と体が跳ねる。

「うん、未玖は真の乙女のようだね」

 途中まで入れていた指を抜くと、満足そうに笑いながら指を舐めた。
 そして葉っぱで未玖の陰部を隠す。

「僕らが乙女を娶るのは、単純に子どもを産むのが面倒だからさ。だが主人である悪魔を相手にそんな物言いをしようものなら、即座に首を切り落とされるだけだ。まあ、死にはしないのだけれどね」

 ダニールはおかしそうにククッと笑う。

「僕も何度か悪魔の子どもを身籠ったことがあるが、あれは決して気分の良いものじゃないね。そもそも悪魔と交わること自体が大変な苦痛を伴う。それに比べて乙女相手の気持ちの良さと言ったら天と地の差だ」

 ダニールの説明を聞くのも忘れて、未玖は林檎を食べ続けていた。
 勢いのあまりダニールの手を噛んでしまい、白く華奢な指から真っ赤な血が滲み出る。

「あっ、ごめんなさい――」
「気にしなくても大丈夫さ。翼の炎で燃やせばすぐに治るから」

 それを聞いた未玖は安心して、ダニールの指を舐めた。

 人間よりも濃厚な鉄の味が口いっぱいに広がり、未玖は悦びを感じながら残りの林檎をダニールと貪り合う。

 そんな二人の様子を二羽のワタリガラスが頭上から観察していたが、すぐにどこかへ飛び去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

求不得苦 -ぐふとくく-

こあら
キャラ文芸
看護師として働く主人公は小さな頃から幽霊の姿が見える体質 毎日懸命に仕事をする中、ある意識不明の少女と出会い不思議なビジョンを見る 少女が見せるビジョンを読み取り解読していく 少女の伝えたい想いとは…

戒め

ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・

時守家の秘密

景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。 その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。 必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。 その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。 『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。 そこには物の怪の影もあるとかないとか。 謎多き時守家の行く末はいかに。 引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。 毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。 *エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。 (座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします) お楽しみください。

貧乏神の嫁入り

石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。 この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。 風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。 貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。 貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫? いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。 *カクヨム、エブリスタにも掲載中。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...