不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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「目を覚ますんだ、悪に選ばれし乙女よ」

 高く澄んだ声に、未玖はそっと目を開ける。

「おはよう、未玖」
「ん……」

 悪魔の使いである不死鳥フェニックスのダニールは、まるで天使のように微笑む。
 艶やかな黒髪が動きに合わせてサラサラと鳴った。

「おはよう……」

 未玖はダニールの腕の中にいた。
 不思議と嫌悪感はない。

 頭がまだぼおっとするのは、きっと生理のせいだろう。

(……あ、ナプキン替えなくちゃ)

「未玖はどんな夢を見ていたんだい?」

 ダニールの燃えるような赤い瞳に見つめられ、未玖は素直に答える。

「宇宙の夢……誰かの記憶……」
「そうか、やはり未玖には創造主の素質があるようだね。いいかい、君が見たのは宇宙の記憶だ」

 寝起きにいきなりそのような事を言われても、未玖にはよく分からなかった。

「未玖の内なる力が宇宙と一体化したのさ。それによって君の魂は高次元の存在となる資格を得た」
「資格……?」

(――こないだママが綺麗な字が書けるようになる資格を取りたいって、パパに言ってたっけ)

「そんな陳腐なものじゃない。おおよそ人間は理解し得ない次元の話だからね」
「それじゃ、私にも分からない」

(だって私はただの人間だもん。天使や悪魔じゃない)

「いや、君の体はすでに進化し始めている。その証拠にほら、こんなにも髪が伸びている」

「えっ……」

 未玖は恐る恐る右手で髪の毛に触れた。
 昨日まで肩につくくらいの長さだったのに、毛先がどこか分からないくらいに伸びていた。


 ――いや、伸び続けている。


「えっ、何なの、これ――!」

 未玖は取り乱したが、ダニールが優しく体を抱きしめる。

「恐れることはない。君の内なる力が無意識に放出されているだけさ。自らの意思で止める事もできるからやってごらん」
「でも、やり方が――」
「頭の中で唱えればいいのさ。ほら、目を閉じて」

 未玖は言われた通りに目を閉じ、必死に祈った。

(お願いだから止まって――!!)

 すると伸び続けていた髪の毛がぴたり、と動きを止める。

「はぁっ……はぁっ……」

 未玖は全身、汗だくだった。
 服や髪の毛が肌にまとわりついて、ひどく気持ち悪い。

「どこかで沐浴しよう。その前に伸びすぎた髪を切らなくてはね」

 ダニールは燃える翼を出現させると、首を刎ねるように未玖の髪の毛を掴み躊躇なく切り落とした。
 ツン、と鼻をつく嫌な匂い。

 地面にはとぐろを巻いた、まるで蛇のような髪の毛の残骸が静かに横たわっている。
 と、髪の毛がうねうねと動き始めた。
 そしてみるみるうちに黒い蛇の姿へと変わり、未玖の方へ近寄ってきた。

「や、やだっ!」
「大丈夫。そいつは未玖に甘えようとしているだけさ」

 蛇は鋭い目つきで未玖を見上げてきたが、すぐに頭を足元に擦り付けてくる。

(あれ、何か猫みたいで可愛い、かも……?)

「せっかく生んだのだから、名前を与えてやらなくてはね」
「生んだ……?」
「そうさ。君の体の一部から生まれてきたから、未玖の子どもに違いないだろう」
「私の、子ども……」

 そう言われると、急に胸の底からあたたかな気持ちが湧き上がってくる。
 この子を守らなければ――と、本能的に感じた。

「名前……それじゃクロ、にしようかな」
「うん、とてもいい名前だ。クロ、僕たちについて来るんだよ」

 クロと名付けた黒い蛇は、こくりと頷いた。
 どうやらダニールの言葉が理解できるらしい。

 二人は薄暗い建物から出ると、体を洗える川を目指して歩き出す。
 その後ろをクロが蛇独特の動きでついてくる。

 途中ホームセンターに寄り、ペットコーナーで忘れ去られたハムスターをダニールが何匹か掴むとクロに与えた。
 クロは嬉しそうにハムスターを生きたまま、丸呑みする。

(私もお腹が空いたな――)

 しかし食べたいと思ったのは、大好物のサンドイッチや昆布のおにぎりではなく、血のように真っ赤な林檎だった。

 ♢♢♢

 海を渡っていたたは、やがて地上に辿り着く。
 あまりに巨大な体躯に、かつて首都であった街はいとも容易くなぎ倒される。

 はとても腹を空かせていた。
 ギョロリと鋭く狡猾な瞳で辺りを見渡す。
 するとあちこちに何かの死体が無数に転がっているではないか。

 猛毒を吐き続けていた口を大きく開き、首の無い死体を一度に千体ほど口に含むと丸ごと飲み込んだ。
 異変にいち早く気づいていたワタリガラスの群れが、上空からの様子を注意深く伺っている。

 その中にいた二羽のカラスが互いに囁き合う。
 かつて戦争と死を司る神に仕えていた二羽のカラスは、群れから離れるとどこかへ飛び去っていった。

 は死体を片っ端から食べていくが、全く腹は満たされない。

 幸い、死体はいくらでも転がっている。
 冬の寒空を震わせる咆哮を上げると、は死体を求めて口を開けながら地上を突き進んだ。

 その振動で大地震が発生し、人類が長い時間を掛けて築き上げた歴史的建造物も超高層ビルも昔ながらの街並みも等しく無に帰する。

 逃げ遅れた多くの野生動物が犠牲となったが、にとっては空腹を満たす肉塊でしかなかった。
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