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宇宙
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その夜、未玖は夢を見た。
子どもの頃の幸せな夢ではなく、宇宙にいる夢。
未玖はただ一人、真っ暗な宇宙空間に浮かんでいる。
宇宙空間は真空で、温度そのものが存在しないからすごく冷たいのだと前に父親が教えてくれたが、未玖は全く寒さを感じなかった。
ま、当たり前か。
だってこれは夢なんだもん。
でも夢を夢だって分かるのはどうしてだろう?
未玖は鳥のように、あるいは魚のように宇宙空間を漂った。
どのくらい経ったのだろう、温かさを感じたかと思ったらものすごい熱気に包まれる。
夢なのに熱さを感じるなんて変なの。
目の前に現れたのはとてつもなく巨大な火の球。
波打つように炎の柱が立っては、次の炎に呑み込まれる。
――ああ、これは太陽だ。
未玖は本能的に感じ、理解した。
今、未玖が見ているのは地球に多種多様な生命を育んだ母なる恒星。
大きさは地球の約百倍で、およそ四十六億年前に誕生した天体。
どうしてだろうか。
知らないはずなのに、知識として頭の中にとめどなく浮かんでくるのは。
『それは未玖が選ばれし乙女だからさ』
――この声は……ダニール?
しかし辺りを見回しても彼の姿はない。
未玖は太陽を離れると、ダニールを探して宇宙空間を当てもなく漂う。
もうすぐ寿命を迎える星、生まれたばかりの星、衝突して融合した銀河。
彗星が気まぐれに未玖のそばを掠め、あるものは星に落下し、あるものはそのまま再び果てしない旅に出る。
見送るのは私だけ。
ずっとひとりぼっちで寂しくないのかな。
そんなことを考えていると、いつの間にか宇宙の果てに辿り着く。
未玖はそっと両手で宇宙の果てに手を添える。
ずぷり、と腕が暗闇に沈んだ。
そのまま体を預けるように寄りかかると、未玖は宇宙と一つになった。
♢♢♢
そこは静寂に包まれた深海のように暗く、肌寒いところだった。
未玖は空、があるべき場所を見上げる。
しばらくは何も起こらなかったが次第に星が姿を現し、やがて満天の星となって煌めいた。
次の瞬間、星々は線を描きながら加速度的に未玖のそばを過ぎ去っていく。
すると今度は別の銀河の恒星が何個かの星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
未玖はそれらに逆行してビッグバンを超え、どんどん収縮していき、ついには無へと辿り着く。
この果てから百三十八億年の時間を巻き直してゆき、未玖は再び塵となって果てしない宇宙をどこまでも漂った。
目の前でたくさんの銀河が衝突と合体を繰り返して、宇宙はさらに膨張を続けていく。
――ああ、これは誰かの記憶。
気がつくと、未玖は銀河の川縁に座っていた。
「この世界の果てまで行ってみたいと思ったことはあるかい?」
天鵞絨のような空を見上げながら、少年が尋ねてきた。
「ええ、もちろん。船を出して遥か先まで行ってみたいわ」
未玖は微笑みながら答える。
「どんなところへ行き着くと思う?」
「そうね、きっと、素敵なところ。暖かくて果物がたくさん実ってて、動物たちもみんな陽気でおしゃべりなの」
「鸚哥や鸚鵡のように?」
「あの子たちとはまた違うわ。人間やほかの生き物が互いに意思疎通できるのよ。あなたと私みたいにね」
未玖は瞳を輝かせて少年を見上げる。
そして足元を流れる乳白色の水面を手でいたずらっぽく辷らせると、星の欠片(かけら)がキラキラと辺りに散って流れ星となり、星々へと降り注いだ。
「ふうん。僕は反対にとてつもなく凍てつき、全く生物が存在しないところだと思うんだ」
「まあ! そんな恐ろしいこと、考えたくもないわ」
未玖は怯えるように身を竦める。
すると彼女を廻る恒星の光がみるみる弱くなっていき、それを享受していた生物たちが次々と息絶えた。
「ああ、僕は何てことを。君を怖がらせたばかりに尊い命がたくさん失われてしまった」
「大丈夫よ。始めからやり直せばいいのだから」
未玖は微笑むと両手を前へ差し出し、星々を暖かく包み込む。
するとある星では生物が海から地上へと上がり、やがて多種多様な生態系へと分かれていった。
この青く輝く星は、とりわけ私のお気に入りだった。
愛しそうに見つめていると地上に人類が出現して、それぞれの文明を築き、争いと和解を繰り返し、高度な文化へと発展してゆく。
「ほら、もうこんなに人間でいっぱいになったわ」
未玖は誇らしそうに彼を見る。
「うん、しかし少しばかり多すぎやしないかい? これではそのうち住む場所がなくなってしまう」
「いずれ彼らは宇宙へ進出するわ。もう何百万回もそうするのを見守ってきたもの。たまに失敗したり滅びてしまうときもあるけれど、そうしたらまた最初からやり直せばいいだけよ」
「どこの銀河も君のようだといいんだけどな」
「あら、他の子たちは違うの?」
少年は未玖の横に腰を下ろし、足元を流れる天の川を見下ろした。
そこには無数の銀河が瞬き、燦然と輝いている。
「違うと言えば違うし、或いはそうではないかもしれない。とにかく、君は人間が大好きなんだからね」
「ええ、彼らを作ったのは私ですもの」
未玖は抱えていた星々を空へと戻した。
あるべき場所へと戻ると、星々は恒星の周りを規則正しく巡り始める。
ある星はとても熱く、またある星はとても寒い。
青い星は快適そのものだった。
海にも大地にも生命で満ち満ちて、ひしめき合うように誕生と死を繰り返してゆく。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」
「今度はいつ会えるのかしら?」
「三万年後かもしれないし、もしかしたら二度と会えないかもしれない。でも、僕はまた君に会える気がしてならないんだ」
銀色の髪を揺らしながら少年は未玖を見た。
絹のように白い肌は明るく光り、それとは対照的な漆黒の髪が揺蕩うように川縁へと広がっている。
「私もそう感じているわ。たとえ次に会えるのが数百万年後であったとしても、あなたが来たら私にはすぐに分かるはずよ。だって、あなたの瞳はとても綺麗だから」
燃えるように赤く輝く瞳を見つめながら、未玖は微笑む。
はにかみながら立ち上がると、少年は空へと浮かんだ。
「僕も君のその美しい瞳を決して忘れないよ。それじゃあ、さよなら」
そう言うと少年は弧を描いて遥か彼方へと飛び去って行き、未玖は手を振りながら見送った。
少年が尾を伸ばして美しく輝いたため、青い星に住む人間を魅了した。
それを見ていた未玖も思わずほう、とため息を漏らす。
「あんなにも美しいのに、彼はずっとひとりぼっちなのね。せめて私たちだけでも彼のことを覚えておいてあげましょう」
未玖はそっと目を閉じると優しく子守歌を奏でる。
すると青い星の人間はいっとき争うのをやめ、天から舞い降りる美しい音色に手を組み、祈りを捧げた。
――これは、宇宙の記憶。
未玖は目を閉じると、ダニールの羽のように赤く燃える太陽を思い出す。
――彼は今、どこにいるのだろうか。
子どもの頃の幸せな夢ではなく、宇宙にいる夢。
未玖はただ一人、真っ暗な宇宙空間に浮かんでいる。
宇宙空間は真空で、温度そのものが存在しないからすごく冷たいのだと前に父親が教えてくれたが、未玖は全く寒さを感じなかった。
ま、当たり前か。
だってこれは夢なんだもん。
でも夢を夢だって分かるのはどうしてだろう?
未玖は鳥のように、あるいは魚のように宇宙空間を漂った。
どのくらい経ったのだろう、温かさを感じたかと思ったらものすごい熱気に包まれる。
夢なのに熱さを感じるなんて変なの。
目の前に現れたのはとてつもなく巨大な火の球。
波打つように炎の柱が立っては、次の炎に呑み込まれる。
――ああ、これは太陽だ。
未玖は本能的に感じ、理解した。
今、未玖が見ているのは地球に多種多様な生命を育んだ母なる恒星。
大きさは地球の約百倍で、およそ四十六億年前に誕生した天体。
どうしてだろうか。
知らないはずなのに、知識として頭の中にとめどなく浮かんでくるのは。
『それは未玖が選ばれし乙女だからさ』
――この声は……ダニール?
しかし辺りを見回しても彼の姿はない。
未玖は太陽を離れると、ダニールを探して宇宙空間を当てもなく漂う。
もうすぐ寿命を迎える星、生まれたばかりの星、衝突して融合した銀河。
彗星が気まぐれに未玖のそばを掠め、あるものは星に落下し、あるものはそのまま再び果てしない旅に出る。
見送るのは私だけ。
ずっとひとりぼっちで寂しくないのかな。
そんなことを考えていると、いつの間にか宇宙の果てに辿り着く。
未玖はそっと両手で宇宙の果てに手を添える。
ずぷり、と腕が暗闇に沈んだ。
そのまま体を預けるように寄りかかると、未玖は宇宙と一つになった。
♢♢♢
そこは静寂に包まれた深海のように暗く、肌寒いところだった。
未玖は空、があるべき場所を見上げる。
しばらくは何も起こらなかったが次第に星が姿を現し、やがて満天の星となって煌めいた。
次の瞬間、星々は線を描きながら加速度的に未玖のそばを過ぎ去っていく。
すると今度は別の銀河の恒星が何個かの星を従えて規則正しく終焉を迎え、新たな銀河へと発展していった。
未玖はそれらに逆行してビッグバンを超え、どんどん収縮していき、ついには無へと辿り着く。
この果てから百三十八億年の時間を巻き直してゆき、未玖は再び塵となって果てしない宇宙をどこまでも漂った。
目の前でたくさんの銀河が衝突と合体を繰り返して、宇宙はさらに膨張を続けていく。
――ああ、これは誰かの記憶。
気がつくと、未玖は銀河の川縁に座っていた。
「この世界の果てまで行ってみたいと思ったことはあるかい?」
天鵞絨のような空を見上げながら、少年が尋ねてきた。
「ええ、もちろん。船を出して遥か先まで行ってみたいわ」
未玖は微笑みながら答える。
「どんなところへ行き着くと思う?」
「そうね、きっと、素敵なところ。暖かくて果物がたくさん実ってて、動物たちもみんな陽気でおしゃべりなの」
「鸚哥や鸚鵡のように?」
「あの子たちとはまた違うわ。人間やほかの生き物が互いに意思疎通できるのよ。あなたと私みたいにね」
未玖は瞳を輝かせて少年を見上げる。
そして足元を流れる乳白色の水面を手でいたずらっぽく辷らせると、星の欠片(かけら)がキラキラと辺りに散って流れ星となり、星々へと降り注いだ。
「ふうん。僕は反対にとてつもなく凍てつき、全く生物が存在しないところだと思うんだ」
「まあ! そんな恐ろしいこと、考えたくもないわ」
未玖は怯えるように身を竦める。
すると彼女を廻る恒星の光がみるみる弱くなっていき、それを享受していた生物たちが次々と息絶えた。
「ああ、僕は何てことを。君を怖がらせたばかりに尊い命がたくさん失われてしまった」
「大丈夫よ。始めからやり直せばいいのだから」
未玖は微笑むと両手を前へ差し出し、星々を暖かく包み込む。
するとある星では生物が海から地上へと上がり、やがて多種多様な生態系へと分かれていった。
この青く輝く星は、とりわけ私のお気に入りだった。
愛しそうに見つめていると地上に人類が出現して、それぞれの文明を築き、争いと和解を繰り返し、高度な文化へと発展してゆく。
「ほら、もうこんなに人間でいっぱいになったわ」
未玖は誇らしそうに彼を見る。
「うん、しかし少しばかり多すぎやしないかい? これではそのうち住む場所がなくなってしまう」
「いずれ彼らは宇宙へ進出するわ。もう何百万回もそうするのを見守ってきたもの。たまに失敗したり滅びてしまうときもあるけれど、そうしたらまた最初からやり直せばいいだけよ」
「どこの銀河も君のようだといいんだけどな」
「あら、他の子たちは違うの?」
少年は未玖の横に腰を下ろし、足元を流れる天の川を見下ろした。
そこには無数の銀河が瞬き、燦然と輝いている。
「違うと言えば違うし、或いはそうではないかもしれない。とにかく、君は人間が大好きなんだからね」
「ええ、彼らを作ったのは私ですもの」
未玖は抱えていた星々を空へと戻した。
あるべき場所へと戻ると、星々は恒星の周りを規則正しく巡り始める。
ある星はとても熱く、またある星はとても寒い。
青い星は快適そのものだった。
海にも大地にも生命で満ち満ちて、ひしめき合うように誕生と死を繰り返してゆく。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」
「今度はいつ会えるのかしら?」
「三万年後かもしれないし、もしかしたら二度と会えないかもしれない。でも、僕はまた君に会える気がしてならないんだ」
銀色の髪を揺らしながら少年は未玖を見た。
絹のように白い肌は明るく光り、それとは対照的な漆黒の髪が揺蕩うように川縁へと広がっている。
「私もそう感じているわ。たとえ次に会えるのが数百万年後であったとしても、あなたが来たら私にはすぐに分かるはずよ。だって、あなたの瞳はとても綺麗だから」
燃えるように赤く輝く瞳を見つめながら、未玖は微笑む。
はにかみながら立ち上がると、少年は空へと浮かんだ。
「僕も君のその美しい瞳を決して忘れないよ。それじゃあ、さよなら」
そう言うと少年は弧を描いて遥か彼方へと飛び去って行き、未玖は手を振りながら見送った。
少年が尾を伸ばして美しく輝いたため、青い星に住む人間を魅了した。
それを見ていた未玖も思わずほう、とため息を漏らす。
「あんなにも美しいのに、彼はずっとひとりぼっちなのね。せめて私たちだけでも彼のことを覚えておいてあげましょう」
未玖はそっと目を閉じると優しく子守歌を奏でる。
すると青い星の人間はいっとき争うのをやめ、天から舞い降りる美しい音色に手を組み、祈りを捧げた。
――これは、宇宙の記憶。
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