上 下
5 / 54

しおりを挟む
「それにしても人間というのは本当に愚かだね」

 ダニールは積み重ねられた死体の上に座り、目を細めて羽繕いをしている。
 燃える羽が抜き取ると、ふわりと空中を舞い、塵となって消えた。

「己の欲を満たすために罪もない動物を殺めたり、大気を汚染させる物質をわざわざ作り出したり。挙句の果てにウイルス兵器として開発していた未知のウイルスを流出させてしまうとは実に愚かだ」

 そう言い、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「……だからって殺していい理由にはならない」
「僕たちは真の楽園を手に入れるために害獣を駆逐しているだけさ。人間がネズミやイノシシを目の敵にしているようにね。だから何の問題もない」
「害獣って……なによ、それ」

 未玖は腸が煮えくり返りそうになる。


 ――パパもママも桃李も奈々ちゃんも牧田君も小田先生も、みんな私の大好きな人だった。


 それをみんな、一瞬で奪われてしまった。

(もしかしたら陽彩ちゃんはまだ生きてるかもしれないけれど、このままではこいつらに利用されるだけ)

 だから早く逃げなければ。
 それが無理なら殺すしかない。

「今回流出したウイルスは非常にやっかいなもので、ものすごい早さで変異を起こしている。放っておいたら人類は絶滅するだろうが、そこまで待てるほど悪魔は忍耐強くない」
「それってもしかして、変な風邪のこと……?」

 十一月に入ってから、世界各地で新型の風邪が大流行していた。
 しかしニュースでは決してウイルス兵器などではなく、ただの風邪だから安心しろと言っていたはずだ。

「息をするように嘘をつくのが人間の美徳だろう? どこの国とは言わないけれど研究員がうっかり外へ持ち出してしまったのさ。そのせいで今後、世界は未曾有の事態に陥る予定

 だった、というのはダニールたち不死鳥フェニックスが人類を抹殺しなければ、という意味だろう。

 未曾有の事態――
 不死鳥は未来を予測できるのだろうか。

「僕たちには人類で言うところの超能力が備わっている。その一つが未来を見通す力だ。と言っても数年先までしか見えないけれどね」

(――それじゃ、結局私たちは死ぬ運命だったの?)

「悪魔は人類を抹殺するために不死鳥を卵に閉じ込め、この忌まわしい世界に放った。未玖にはあの入れ物が何色に見えたんだい?」
「え、黒色だったけど……」
「うん、実に素晴らしい。あれはね、選ばれし乙女にしか見えないよう特別な魔力が込められていたんだ」 
「でもママにも……」

 未玖の部屋で、首が無くなって倒れていた母親の姿が頭をよぎる。

「乙女が手にしたら魔力が消える仕組みなのさ。そして他の穢らわしい人間にも認識できるようになる」
「ママは穢らわしくなんかないっ!」

 未玖が怒鳴り声を上げると、ダニールがそっと頬に触れた。
 嫌悪感にゾクリと鳥肌が立つ。

「ああ、駄目だよ、未玖。怒りや憎しみは君の無垢で美しい魂を蝕んでしまう。だからいつも笑顔でいるんだ。いいね?」

 にこりと笑う、天使のような悪魔。

「ふふ、僕たちは悪魔なんかよりよっぽど優しくて慈愛に満ちている。その証拠に選ばれし乙女を大切に扱うだろう?」
「……子どもを産ませるために?」
「端的に言うとそうだが、僕たちも生き物には変わりない。不死鳥同士では子孫を残すことが出来ないのさ。だから伴侶となるべく相手を、他の種族から探さなければ血が途絶えてしまう」

(やっぱりダニールは男……?)

 自分より少し年上の女の子にしか見えない。
 他の不死鳥も顔立ちは多少違えど、みんな中性的だった。

 けれどそう言われると、仕草や喋り方から同性ではないと未玖は本能的に感じ取る。

「普段は一角獣ユニコーン人魚マーメイドを娶ることが多いけれど、彼女らはとても勝ち気でね。それに何と言っても交わりにくい。その点、人間は姿形が僕たちと似ているから存分に愛し合うことができる」
「一角獣に人魚……」

 小さな頃に読んでいた絵本に出てきて、いつか自分も会いたいと強く憧れていた架空の生き物。

「人間は利己的な割に夢見がちな生き物だからね。実際の彼女らはそこまで美しくない。むしろ君たちの美意識からすれば醜く映るだろう、特に人魚はね」

 ダニールはククッとおかしそうに笑う。

「人間が思い描く人魚は可憐だが、本物は深海魚のようにグロテスクな容姿をしている。肉食かつ平気で仲間も食べる残忍さも持ち合わせているしね。一角獣は馬に近い見た目だが気性が荒く、行為中にツノに刺されることも多い。そう考えると人間は実に理想的な結婚相手だ」
「それなのに殺すなんて、意味が分からない……」

 鉛色の空から、とめどなく雪が降っている。

 主人を亡くした犬があちこちで「クゥーン」と寂しそうな声を出しながら、首が無い死体の匂いを嗅いでいた。

「彼らは憐れな生き物だ。人間のエゴで飼われ、必要でなくなれば平気で殺される。未玖は生き物を飼っていなかったようだね」
「弟が喘息持ちだから、うちではペットは飼えないの」

 いつも人から質問された時のように答えて、もう桃李はこの世にいないことを思い出し、胸がずきりと痛む。

「だから君の魂は綺麗な色をしているんだね。イーサンが連れていた選ばれし乙女はあまり綺麗な色ではなかったが」

(イーサン……ああ、陽彩ちゃんを連れ去った不死鳥の名前)

「僕たちは鼻が鋭くてね。普段は意識的に匂いを遮断しているが、あの乙女からは男の匂いがしていた」
「男の匂い……?」

(――陽彩ちゃん、パパに抱っこでもされていたのかな?)

 もうそんな事する年でもないけれど案外、みんな家だとまだ親に甘えたりしてたのかもしれない。
 未来はそう考えた。

「ふふ、未玖は本当に純粋だね。いくら知識はあっても経験しなければ何も分からないものだ。どうかそのままの君でいておくれ」

 ダニールは優しく微笑むと、未玖の頬にキスをした。
 そして赤く燃えるような瞳で真っ直ぐ見つめてくる。

 すると嫌悪感は消え去り、頭がぼおっとしてきた。

「ああ、そうだ。例のウイルス流出だけどね、あれは悪魔がそそのかしたのさ。ほんの悪戯心でね。でもすぐに飽きてしまったようだ……おや、未玖は眠いようだね」

 ダニールの声が子守歌のように聞こえ、未玖は瞼を閉じる。
 何と言っていたのかよく分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。

 彼の華奢な腕に抱かれ、未玖は夢を見た。
 まだ世界は美しいものだけで溢れていると、信じて疑わなかった頃の夢を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

三つ子池の人魚

凛音@りんね
ホラー
小野悠介は父親の仕事の都合で、T県の三崎町へと引っ越してきた。 新居となる家のエアコンの調子が悪く、不動産会社へ連絡をするも業務を委託している会社が繁忙期の為、こちらに来れるのが一番早くて六日後になるという。 夏休み中の悠介は、涼める場所を探して町を散策することにした。だが町唯一の公共施設である図書館は八月下旬まで改修工事で閉館中。 仕方がないので山手を歩いていると、古びた木製の看板を見つける。どうやらこの先に池があるようだ。  好奇心と涼を求め、悠介は看板の指し示す道を進んで行くがーー。 現代の田舎を舞台にした、妖しくも美しいダークホラーです。

青い祈り

速水静香
キャラ文芸
 私は、真っ白な部屋で目覚めた。  自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。  ただ、鏡に映る青い髪の少女――。  それが私だということだけは確かな事実だった。

後拾遺七絃灌頂血脉──秋聲黎明の巻──

国香
キャラ文芸
これは小説ではない。物語である。 平安時代。 雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。 宿命の恋。 陰謀、呪い、戦、愛憎。 幻の楽器・七絃琴(古琴)。 秘曲『広陵散』に誓う復讐。 運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男…… 平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。 ───────────── 『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』番外編 麗しい公達・周雅は元服したばかりの十五歳の少年。それでも、すでに琴の名手として名高い。 初めて妹弟子の演奏を耳にしたその日、いつもは鬼のように厳しい師匠が珍しくやさしくて…… 不思議な幻想に誘われる周雅の、雅びで切ない琴の説話。 彼の前に現れた不思議な幻は、楚漢戦争の頃?殷の後継国? 本編『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』の名琴・秋声をめぐる過去の物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...