異世界恋愛短編集 〜アラカルト〜

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
13 / 14

アホの子メイドは魔王様が好きすぎる

しおりを挟む
 私はリリーナ・ルルフォンヌ。

 ダリアット王国をお治めになっている魔王様――ガロンストロフ・ローゼンベルグ様にお仕えしているしがないメイドです。

「ああっ、ガロンストロフ様、今日も素敵ですっ!」

 長身で精悍なお顔立ち。
 宝石のように輝く緋色の瞳。
 腰まで伸ばした黒髪は艶やかで、動かれる度にサラサラと涼しげな音を鳴らしていらっしゃいます。

 そして魔王である証――頭から生えた二本のツノは逞しくも優美で、思わず見惚れてしまうのです。

「リリーナ、心の声が漏れているぞ」
「きゃっ! 申し訳ございませんっ!」

 ゴホン、私としたことが……!

 いつもの癖で無意識のうちに喋ってしまいました。
 私は手にしていたふわふわのウールダスターで、真っ赤になった顔を覆い隠します。

 ガロンストロフ様はドラゴンの皮で作られた、一人掛けの豪奢なソファに腰を下ろされました。
 前髪を右手で優雅にかき上げ、目を閉じてゆっくりと深呼吸をなさいます。
 長いまつ毛の何と美しいこと! 
 

「リリーナ、茶を入れてくれないか」
「はいっ! 直ちにお入れいたしますっ!」

 私はぺこりと頭を下げると、書斎から急いで厨房に向かいました。
 
「コラッ! リリーナちゃん、廊下を走らないの!」
「はわわっ! すみませんっ!」

 魔王城で働くゾンビのおばちゃんに、注意されてしまいました。

 見た目は少し怖いけれど、気さくで優しいおばちゃんたち。でも仕事の時はとっても厳しいんです。もう何千回、叱られたことか。

 愛するガロンストロフ様にお仕えするメイドたるもの、立ち居振る舞いにも気を使わなければ……! 
 そう自分に言い聞かせながら、私はルンルンスキップで厨房に向かいます。

「スキップもダメ!」
「はううっ!」
 

 ♢♢♢


「おや、リリーナちゃん、魔王様にお茶をお出しするのかい?」
「はいっ! ガロンストロフ様、すごーくお疲れのようなのですっ!」
「それなら熱々のお茶と甘いデザートを一緒にお持ちしてあげな」

 厨房で働くドワーフのおばちゃんが、ゴブリンの肉を捌きながら笑顔でアドバイスしてくれました。

 小柄で陽気なおばちゃんの作るお料理は本当に美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまうんです。
 魔王城に来たばかりの頃は体重が増えて、仕立ててもらったメイド服がキツくなってかなり焦りました……! 

 今は毎朝、魔王城の周りを二十周走っているので大丈夫です。

「茶葉ヨシ! お湯ヨシ! デザートヨシ!」
「別に指差し確認までしなくてもいいんだよ」
「いえっ! ガロンストロフ様にお出しするからにはきちんと確認しなくてはいけませんっ!」
「はは、そうかい。でも肝心のティーカップを忘れてるよ」
「うきゃあっ!」


 ♢♢♢


 お茶とデザートを乗せた銀製のトレイを両手で持ちながら、薄暗い廊下を早歩きします。
 箒で掃き掃除をしているゾンビのおばちゃんにも、今度は注意されませんでした。

「ガロンストロフ様、お待たせいたしましたっ!」

 ドラゴンの骨で作られた白亜色のテーブルに、ティーカップとデザートを乗せたお皿を静かに置きます。

「うむ、ご苦労であった」

 猛禽類のような鋭い目つきからは想像できない優しい声音でお礼を言われ、私は身悶えしてしまいました。

「ああっ、ガロンストロフ様、とても素敵ですっ!」
「リリーナ、また心の声が漏れているぞ」
「きゃっ! 申し訳ございませんっ!」

 恥ずかしさのあまり、手にしていたトレイで真っ赤になった顔を覆い隠します。

「やはりリリーナの入れた茶は美味いな」
「ありがとうございますっ!」

 頭をぺこぺこ下げる私を見ながら、ガロンストロフ様は微笑まれました。
 すると辺りに芳しい香りを漂わせる薔薇が、祝福するかのようにパアァッと咲き誇ったのです。

「はううっ!」

 こっ、これは目の保養すぎます、ガロンストロフ様……!
 
「鼻血が出ているではないか」
「すっ、すぐに拭きますでありますっ!」

 メイド服のポケットからハンカチを取り出そうとすると、ガロンストロフ様がほとんど口を開けずに小声で呪文を唱えられます。
 すぐさま溢れんばかりの鼻血がピタリと止まりました。

 さすがガロンストロフ様、魔力も万能かつ強力です。
 
「まったく、リリーナといると飽きることがない」
「っ……?」
「どうして自分が此処へ来たのか、まだ思い出せないのか?」
「えっと、目が覚めたら魔王城にいて……あとは分かりませんっ!」

 緋色の目を細め、私をじっと見つめられるガロンストロフ様。私の顔に何かついているのでしょうか……? 
 ですが、すぐさま視線をテーブルへ落とされました。

「この青色をしたデザートは――」
「はいっ! こちらはスライムのプディングになりますっ!」
「甘いのに爽やかな味わいが癖になるな」
「今朝まで生きていましたから鮮度抜群ですっ!」

 魔王城の周辺には、たくさんのスライムが出現します。
 見た目はとっても可愛らしいのですが意外と攻撃的で危険なため、退治したスライムは食材として美味しくいただくことを提案しました。
 
「なるほど、スライムを食したのは初めてだが大変美味であった」
「色によって味が違うんですっ! 赤色は辛く、青色はさっぱり、緑色は草の味がしますっ!」

 食費も浮きますし、経験値まで得られるなんてスライム様様です。

「リリーナ、こちらへおいで」

 プディングを食べ終えられた魔王様が、ご自身の膝をポンポンと叩かれました。
 もっ、もしや膝の上に座れ、という意味でしょうか……!?

「えっと、しっ、失礼しますっ!」

 私はぺこりと頭を下げてから、ゆっくりガロンストロフ様の膝へ腰を下ろしました。
 やはり男性のお体は筋肉質で、とてもガッシリしていらっしゃいます。

「リリーナは良い香りがするな」
「ほえっ!?」

 髪の毛をクンクンされて、嬉しいやら恥ずかしいやらで変な声が出てしまいました……!
 昨日、マンドラゴラの特製エキス入りのシャンプーでしっかり洗っておいて良かったです。
 
 ちなみにマンドラゴラに含まれる毒性は、ごく少量なら美容に効果的だということが魔術師や錬金術師によって解明されました。
 お陰様で髪の毛が艶々です。

「こうしているとリリーナを連れてきた時のことを思い出す」
「? ……私をどこから連れてきたのですか?」

 ガロンストロフ様はすぐにはお答えにならず、私の頭を撫でていらっしゃいます。
 こ、こんなにお顔が近いのはで、私、これ以上はもう……!

「どこからかって? もちろん天界からさ」
「てんかい……? 天国のことですか?」
「ああ。リリーナ、君は神の寵愛を受けた天使なのだよ」
「わっ、私が天使ですかっ!?」

 天使といえば白くまばゆい二対の翼に、金色の輪っかが印象的です。
 清らかで美しく、彼らの歌声を聴いた者は幸せな生涯を送れると言われています。

 私みたいに、おっちょこちょいでせっかちなしがないメイド、天使であるはずがありません。
 ガロンストロフ様も、ご冗談をおっしゃるユーモアをお持ちだったとは!

「さあ、お眠り」
「……スヤァ」

 睡眠魔法を掛けられ、私は眠りに落ちました。
 そんな私をガロンストロフ様は、愛しそうに見下ろしていらっしゃったのです。

「俺の可愛いリリーナ。決して離しはしない、永遠に」

 ぼんやりとした意識の片隅で、唇に何かが触れるのを感じます。
 あたたかくて柔らかな感触は、まるで――そこで私は意識を完全に手放しました。

「今夜も俺の腕の中で幸せな夢を見るのだよ。愛するリリーナ」

 私は夢を見ていました。
 白い翼を羽ばたかせ、どこまでも続く大空を飛ぶ夢です。

 ラッパを吹こうとして、自分の部屋に忘れてきたのに気づきました。
 このラッパを吹くと世界が終わると伝えられています。
 大切なお役目、絶対に失敗など許されません!

 急いで部屋に戻るため羽ばたこうとして、誰かに捕まってしまいました。
 背が高く、頭には二本の雄々しい立派なツノが生えています。
 
(この方はもしかして――)

 しかしお顔が見えることはありませんでした。
 荒々しくも情熱的に、唇を奪われてしまったのです。

 神様からの穏やかな愛しか知らない私は、一瞬で恋に落ちました。
 美しい翼の羽は抜け落ち、金色の輪っかは消失し、天使としての記憶を全て無くしたのです。

 ガロンストロフ様からの溺れてしまいそうな愛によって、私は生かされています。
 他の天使たちがラッパを吹くその日まで。

 ――おそらく目覚めたら、またしても忘れていることでしょう。

「むにゃむにゃ……ガロンストロフ様……愛していま、す……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした

基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。 その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。 身分の低い者を見下すこともしない。 母国では国民に人気のあった王女だった。 しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。 小国からやってきた王女を見下していた。 極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。 ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。 いや、侍女は『そこにある』のだという。 なにもかけられていないハンガーを指差して。 ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。 「へぇ、あぁそう」 夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。 今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...