24 / 24
シンデレラ
しおりを挟む
よく晴れた、夏の昼下がり。
エマとユーリは、手入れの行き届いた並木道を歩いていた。
燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らし、エマは柔らかく目を細める。
「今日もいい天気ね」
シフォン素材の向日葵を連想させる黄色いワンピースが、エマの動きに合わせてふわりふわりと軽やかに揺れた。
エマは空気日傘ではなく、本物の日傘を差していた。
総バテンレースの白く上品な日傘は大昔の一点もので、懐古趣味の父親が父の日のプレゼントのお返しとして贈ってくれたのだ。
エマが日焼けしないようにと屋敷を出る前、ユーリが念を入れてUVカットミストを再度、彼女の全身に隈無く掛けたのは言うまでもない。
「日傘を自分で差すのって、とっても素敵な気分」
うっとりしながら呟くエマ。
そんな彼女の後ろをユーリが規則正しい足取りで周囲に目を光らせ、恭しく付いて行く。
エマは弾む足取りで散策しながら木々や草花、小鳥や虫たちの様子を観察した。
(ふふ、みんな変わらず元気そうで良かったわ)
季節だけが移ろってゆくような、穏やかで平凡な日々。
生きとし生けるもの全てが愛おしくて堪らず、決して失いたくないとエマは心の底から祈るように願っていた。
「この日傘、やっぱり手作りなのかしら?」
「はい。こちらの日傘は二十一世紀の日本の職人が約半年かけて作ったアンティークになります」
「まあ、半年もかけて作られたの?」
エマは差している日傘を、細部までまじまじと見つめた。
「はい。使われている素材は生地、レースともに麻100%で現存する本数が非常に少ないため、こちらの日傘の価値は数億になります」
「もう、お父様ったら気軽にくださっていいものではないわ」
そう言いながらも使うのをやめようとしないのは、さすが気高きワーグナー家の令嬢である。
エマにとって値段は、あまり気になることではなかった。
それよりも、心がときめくかどうかを大事にしている。
他人からすればまるで価値のないものでも、エマにとっては宝物だと言えるものがたくさんあった。
「去年、屋敷の裏庭で見つけた白百合色の宝石は、ドワーフたちがしっかりと見張っているのかしら」
いたずらっぽく微笑むエマは、ユニコーンや魔女やドワーフがこの世界に存在しないことを既に知っている。
それでも心のどこかでは、いつまでも夢見る少女でいたいと願っていた。
ふと、朗らかだったエマの顔から明るさが消える。
(いつから私は夢を見なくなったの――?)
少女から大人への階段を上るエマ。
ガラスの靴を履くことは、この世界に生まれた時から許されていない。
統治者であるワーグナー家の一人娘として、自身に課せられた役割を果たさなければならなかった。
だからこそ、エマはシンデレラに強く惹かれたのだ。
魔法によって灰かぶり姫は美しいドレスをその身に纏い、カボチャの馬車に乗って運命の王子様が待つ舞踏会へ出かけ、深夜十二時の鐘の音が鳴るとガラスの靴を片方だけ落として立ち去るも、ラストは王子様がとびきりの幸せを運んできてくれた――幼い頃、紙の絵本を何度も読み聞かせるようユーリにせがんだ日々を懐かしむ。
『ねぇ、ユーリ。もういちどさいしょからよんで』
『かしこまりました』
嫌な顔ひとつせず、慈しむように優しい声音で絵本を読んでくれたユーリ。
彼に頭を撫でられると嬉しかったし、抱っこされると安心した。
見た目こそ自立型機械のユーリだが、幼いエマにとって彼は親同然の大切な人で、どんな時でも必ずそばにいてくれた。
(――ありがとう、ユーリ)
シンデレラになれないなら、自分で幸せを掴めばいい。
灰を被って汚れたなら、自分で洗い流せばいい。
(大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ)
何よりもエマにはユーリという、かけがえのない存在があった。
これから先、どんなに辛いことがあっても彼と一緒なら乗り越えてゆける。
(そうよね? ユーリ……)
その時、生まれて初めて心臓の辺りがきゅっとなり、エマは膨らみかけた胸元に手を添えた。
甘酸っぱいような、くすぐったいような不思議な気持ち。
エマはどうしてよいのか分からず、そわそわした。
「お嬢様、もうすぐミッディ・ティーブレイクのお時間でございます」
「ええ、そうね――」
気のない返事をしながら見上げたユーリの姿が一瞬、おとぎ話に出てくる白馬の王子様と重なり、エマはマホガニー色の目を瞬かせる。
彼の金属とシリコンで作られた体が、夏の日差しを受けてきらりと光った。
(ユーリったら、なんて綺麗なの……)
大人たちは皆、口を揃えて自立型機械に心などあるわけがないと言い張る。
しかしエマにはユーリが、誰よりも人間らしいと思えてならなかった。
もちろん、他の愛すべき自立型機械も例外ではない。
(そうよ。シリウスにいる彼らだって、きっと――)
日傘越しに天を仰ぐと、完璧にコントロールされた夏の青空がどこまでも広がっていた。
(ああ、世界はこんなにも美しいのね――)
この世界は残酷だと大昔の人々は言の葉を紡ぎ、歌った。
国という概念がまだ残っていた時代、幾度となく繰り返された悲しく醜い争い。
そんな世界に終止符を打ったのは、人類の叡智によって生み出された人工知能と融合した巨大な電子機械の頭脳だった。
頭脳は複数の国を地区として纏め、新たに各地区を統治する者――いわゆる統治者として相応しい人々を選出した。
(彼らとならば、より良い世界を築けるはずよ――)
エマは全てを受け入れたように微笑み、ユーリとともに帰路に就く。
その足にガラスの靴はもう必要なかった。
自らの力で未来を切り開いてゆくことを静かに決意し、かつて憧れてやまなかったシンデレラに別れを告げると、少女は新たな一歩を踏み出した。
エマとユーリは、手入れの行き届いた並木道を歩いていた。
燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らし、エマは柔らかく目を細める。
「今日もいい天気ね」
シフォン素材の向日葵を連想させる黄色いワンピースが、エマの動きに合わせてふわりふわりと軽やかに揺れた。
エマは空気日傘ではなく、本物の日傘を差していた。
総バテンレースの白く上品な日傘は大昔の一点もので、懐古趣味の父親が父の日のプレゼントのお返しとして贈ってくれたのだ。
エマが日焼けしないようにと屋敷を出る前、ユーリが念を入れてUVカットミストを再度、彼女の全身に隈無く掛けたのは言うまでもない。
「日傘を自分で差すのって、とっても素敵な気分」
うっとりしながら呟くエマ。
そんな彼女の後ろをユーリが規則正しい足取りで周囲に目を光らせ、恭しく付いて行く。
エマは弾む足取りで散策しながら木々や草花、小鳥や虫たちの様子を観察した。
(ふふ、みんな変わらず元気そうで良かったわ)
季節だけが移ろってゆくような、穏やかで平凡な日々。
生きとし生けるもの全てが愛おしくて堪らず、決して失いたくないとエマは心の底から祈るように願っていた。
「この日傘、やっぱり手作りなのかしら?」
「はい。こちらの日傘は二十一世紀の日本の職人が約半年かけて作ったアンティークになります」
「まあ、半年もかけて作られたの?」
エマは差している日傘を、細部までまじまじと見つめた。
「はい。使われている素材は生地、レースともに麻100%で現存する本数が非常に少ないため、こちらの日傘の価値は数億になります」
「もう、お父様ったら気軽にくださっていいものではないわ」
そう言いながらも使うのをやめようとしないのは、さすが気高きワーグナー家の令嬢である。
エマにとって値段は、あまり気になることではなかった。
それよりも、心がときめくかどうかを大事にしている。
他人からすればまるで価値のないものでも、エマにとっては宝物だと言えるものがたくさんあった。
「去年、屋敷の裏庭で見つけた白百合色の宝石は、ドワーフたちがしっかりと見張っているのかしら」
いたずらっぽく微笑むエマは、ユニコーンや魔女やドワーフがこの世界に存在しないことを既に知っている。
それでも心のどこかでは、いつまでも夢見る少女でいたいと願っていた。
ふと、朗らかだったエマの顔から明るさが消える。
(いつから私は夢を見なくなったの――?)
少女から大人への階段を上るエマ。
ガラスの靴を履くことは、この世界に生まれた時から許されていない。
統治者であるワーグナー家の一人娘として、自身に課せられた役割を果たさなければならなかった。
だからこそ、エマはシンデレラに強く惹かれたのだ。
魔法によって灰かぶり姫は美しいドレスをその身に纏い、カボチャの馬車に乗って運命の王子様が待つ舞踏会へ出かけ、深夜十二時の鐘の音が鳴るとガラスの靴を片方だけ落として立ち去るも、ラストは王子様がとびきりの幸せを運んできてくれた――幼い頃、紙の絵本を何度も読み聞かせるようユーリにせがんだ日々を懐かしむ。
『ねぇ、ユーリ。もういちどさいしょからよんで』
『かしこまりました』
嫌な顔ひとつせず、慈しむように優しい声音で絵本を読んでくれたユーリ。
彼に頭を撫でられると嬉しかったし、抱っこされると安心した。
見た目こそ自立型機械のユーリだが、幼いエマにとって彼は親同然の大切な人で、どんな時でも必ずそばにいてくれた。
(――ありがとう、ユーリ)
シンデレラになれないなら、自分で幸せを掴めばいい。
灰を被って汚れたなら、自分で洗い流せばいい。
(大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ)
何よりもエマにはユーリという、かけがえのない存在があった。
これから先、どんなに辛いことがあっても彼と一緒なら乗り越えてゆける。
(そうよね? ユーリ……)
その時、生まれて初めて心臓の辺りがきゅっとなり、エマは膨らみかけた胸元に手を添えた。
甘酸っぱいような、くすぐったいような不思議な気持ち。
エマはどうしてよいのか分からず、そわそわした。
「お嬢様、もうすぐミッディ・ティーブレイクのお時間でございます」
「ええ、そうね――」
気のない返事をしながら見上げたユーリの姿が一瞬、おとぎ話に出てくる白馬の王子様と重なり、エマはマホガニー色の目を瞬かせる。
彼の金属とシリコンで作られた体が、夏の日差しを受けてきらりと光った。
(ユーリったら、なんて綺麗なの……)
大人たちは皆、口を揃えて自立型機械に心などあるわけがないと言い張る。
しかしエマにはユーリが、誰よりも人間らしいと思えてならなかった。
もちろん、他の愛すべき自立型機械も例外ではない。
(そうよ。シリウスにいる彼らだって、きっと――)
日傘越しに天を仰ぐと、完璧にコントロールされた夏の青空がどこまでも広がっていた。
(ああ、世界はこんなにも美しいのね――)
この世界は残酷だと大昔の人々は言の葉を紡ぎ、歌った。
国という概念がまだ残っていた時代、幾度となく繰り返された悲しく醜い争い。
そんな世界に終止符を打ったのは、人類の叡智によって生み出された人工知能と融合した巨大な電子機械の頭脳だった。
頭脳は複数の国を地区として纏め、新たに各地区を統治する者――いわゆる統治者として相応しい人々を選出した。
(彼らとならば、より良い世界を築けるはずよ――)
エマは全てを受け入れたように微笑み、ユーリとともに帰路に就く。
その足にガラスの靴はもう必要なかった。
自らの力で未来を切り開いてゆくことを静かに決意し、かつて憧れてやまなかったシンデレラに別れを告げると、少女は新たな一歩を踏み出した。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
王子様のユーリの仕草や言葉が、ものすごく自然でカッコいいですね!
ときめきました〜
図鑑ような世界の理を教えるのはユーリの役割で、心の動きや精神的な豊かさを教えるのはエマなんですね。
この回は、エマはまだユーリの正体を知らない時ですね。
第一話で胸がしめつけられるようでしたが、「最終的にはハッピーエンド」のタグがあったので、二人の行く末をゆっくりと見守りたいと思います(*´ω`*)
感想は承認後しか表示されないようなので、直接的なメッセージをお送りします。
なろうのほうのメッセージボックスを、誰でも受付られるように設定しておきます。
あまりにも突然で、一布さんの割烹でイラストが消えていることに気づくまで、知らないままでした。
体調が良くないのかな、何か悲しいことがあったのかな、疲れてしまったのかな、と色々と想像しますが、自分に何かできることはなかったのだろうかと、やり切れないない気持ちでいます。
どうしても、お話がしたくて、空気も読まずに追いかけてしまい申し訳ありません。
ご迷惑になるだろうとは分かりつつも、わがままを言えば、どんな形であっても繋がっていたいと願っています。
以前にお伝えしたとおり、私の愛は重いので、ごめんなさい(^_^;)
でも、ご負担になるようでしたら、このままスルーしてください。
残されている活動場所を奪いたくはないので……
切ないけれど温かい。
でも、やっぱり悲しくてやり切れない気持ちにもなる一話ですね。
今は特に、エマがユーリを想う気持ちにシンクロしてしまいました。
そして、ここまで追いかけてしまい、ごめんなさい。
こちらしか手がかりがなくて……
「ずっと変わらず大好きです」と、どうしてもお伝えしたくて。
叶うなら、違う星であっても繋がっていたいと願っています。