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さくらんぼ
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「わぁ、さくらんぼ!」
エマはマホガニー色の瞳をきらきらと輝かせ、果物専用のガラス皿に載せられたさくらんぼを見つめる。
丸みを帯びた赤い果実は、かつて世界四大宝石のひとつと言われたルビーを連想させた。
「私、さくらんぼって大好き!」
現代でそのままの食材を口にするのは、とても贅沢なことだった。
タンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラルの五大栄養素をバランスよく含み、より効率的に摂取できる栄養調整食品が人類の主食となって久しい。
それらは『レーション』と呼ばれ、大昔の軍隊において行動中の各兵員に配給されていたものを改良して、飽きが来ないよう少しずつ味や食感に変化をつけながら生産されている。
遙か昔、人口増加による食糧不足のために様々なもの食していた人類はこの問題を解決する代わりに、食材そのものを味わう楽しみを捨てたのだ。
口にできるのは、ほんのひと握りの者たち。
統治者であるワーグナー家は、もちろんその中に含まれている。
「お嬢様、お食べになる前に手を洗ってください」
「はぁい!」
エマは元気よく返事をするとパタパタと洗面所まで駆けて行き、自動手洗い機に両手を入れた。
この洗面器は洗浄剤による手洗いから乾燥、アルコールによる消毒を自動でしてくれるもので、幼児ひとりでも手に付着した汚れや菌、ウイルスを簡単に除去することができる。
手洗いを終えて急いで部屋に戻ると、エマはアンティークの椅子にちょこんと腰掛けた。
「こちらは西洋実桜でございます」
「いただきます」
エマはさくらんぼを一つ掴むと、パクリと食べた。
途端に甘さと程よい酸味が口の中に広がり、笑みを零す。
よく冷やしてあるので甘みが引き立っており、たいへん美味だった。
「どうしてさくらんぼは、さくらんぼっていうのかしら?」
ふと疑問に思い、エマは小鳥のように首を傾げた。
机のそばに控えていたユーリは、即座に回答する。
「さくらんぼという名称は、もともと桜の実を指す『桜ん坊』に由来しています。正式には『桜桃』といいますが、今ではさくらんぼの呼び名が一般的です」
「さくらの木って実がなるの?」
「条件次第では花が咲いた後、丸形の1cm前後の黒紫色に熟した色の実をつけますが渋みのある酸味で苦く、食用には適していません」
「へぇ、そうなのね」
エマは瑞々しい赤色をしたさくらんぼにしばし見入ってから、再び口へと運んだ。
「――おいしい!」
心底、嬉しそうな笑顔を浮かべるエマ。
ユーリもつられたように、微笑をたたえる。
「さくらんぼっていつからあるの?」
「はい。さくらんぼは有史以前からヨーロッパ各地で自生していて、栽培も紀元前三百年頃にはすでに行われていたようです。イラン北部からヨーロッパ西部にかけて自生しており、別の種である酸果桜桃の原産地はアジア西部のトルコで、さくらんぼのルーツだと記録に残されています」
「さくらんぼってそんなに昔から存在していたのね。もしかして花言葉もあるの?」
「はい。さくらんぼの花言葉は『小さな恋人』『幼い恋』『善良な教育』『上品』『あなたに真実の心を捧げる』です」
それを聞いたエマは、さくらんぼを一つ手に取るとユーリに渡した。
「お嬢様?」
「ユーリに真実の心をささげるわ」
エマは幼く可愛らしい顔には不釣り合いな大人っぽい表情を作り、取り澄ましたように微笑んでみせる。
何かと背伸びをしたい年頃なのだ。
ユーリはエマの気持ちを汲み、そのまま受け取ることにした。
「ありがとうございます」
「ねぇ、ユーリ。この種を植えてみてもいいかしら?」
「構いませんがすぐには発芽しませんし、品種改良されたものほど発芽しにくくなっています」
「それでもいいわ。いつか芽が出て花が咲くのをこの目で見てみたいの」
「分かりました。では種を植える準備をいたします」
「やったぁ! ありがとう、ユーリ」
数日後、エマはユーリに手伝ってもらいながら、二品種のさくらんぼの種を植木鉢にまいた。
植木鉢は日陰に置き、春まで土が乾かないように気をつける。
週に一度、植木鉢に水やりをして根気強く待った。
夏が来て、秋が過ぎ、冬が全てを覆い。
そして翌年の春に見事、さくらんぼの種の発芽に成功した。
エマとユーリは、青々としたさくらんぼの苗を眺める。
「ふふ、とっても可愛い」
「そうでございますね」
花が咲くのはまだまだ先になりそうだが、これからは春が訪れる度に小さく可憐な花が実を結ぶかもしれない、とエマは期待に胸を膨らませるのだった。
エマはマホガニー色の瞳をきらきらと輝かせ、果物専用のガラス皿に載せられたさくらんぼを見つめる。
丸みを帯びた赤い果実は、かつて世界四大宝石のひとつと言われたルビーを連想させた。
「私、さくらんぼって大好き!」
現代でそのままの食材を口にするのは、とても贅沢なことだった。
タンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラルの五大栄養素をバランスよく含み、より効率的に摂取できる栄養調整食品が人類の主食となって久しい。
それらは『レーション』と呼ばれ、大昔の軍隊において行動中の各兵員に配給されていたものを改良して、飽きが来ないよう少しずつ味や食感に変化をつけながら生産されている。
遙か昔、人口増加による食糧不足のために様々なもの食していた人類はこの問題を解決する代わりに、食材そのものを味わう楽しみを捨てたのだ。
口にできるのは、ほんのひと握りの者たち。
統治者であるワーグナー家は、もちろんその中に含まれている。
「お嬢様、お食べになる前に手を洗ってください」
「はぁい!」
エマは元気よく返事をするとパタパタと洗面所まで駆けて行き、自動手洗い機に両手を入れた。
この洗面器は洗浄剤による手洗いから乾燥、アルコールによる消毒を自動でしてくれるもので、幼児ひとりでも手に付着した汚れや菌、ウイルスを簡単に除去することができる。
手洗いを終えて急いで部屋に戻ると、エマはアンティークの椅子にちょこんと腰掛けた。
「こちらは西洋実桜でございます」
「いただきます」
エマはさくらんぼを一つ掴むと、パクリと食べた。
途端に甘さと程よい酸味が口の中に広がり、笑みを零す。
よく冷やしてあるので甘みが引き立っており、たいへん美味だった。
「どうしてさくらんぼは、さくらんぼっていうのかしら?」
ふと疑問に思い、エマは小鳥のように首を傾げた。
机のそばに控えていたユーリは、即座に回答する。
「さくらんぼという名称は、もともと桜の実を指す『桜ん坊』に由来しています。正式には『桜桃』といいますが、今ではさくらんぼの呼び名が一般的です」
「さくらの木って実がなるの?」
「条件次第では花が咲いた後、丸形の1cm前後の黒紫色に熟した色の実をつけますが渋みのある酸味で苦く、食用には適していません」
「へぇ、そうなのね」
エマは瑞々しい赤色をしたさくらんぼにしばし見入ってから、再び口へと運んだ。
「――おいしい!」
心底、嬉しそうな笑顔を浮かべるエマ。
ユーリもつられたように、微笑をたたえる。
「さくらんぼっていつからあるの?」
「はい。さくらんぼは有史以前からヨーロッパ各地で自生していて、栽培も紀元前三百年頃にはすでに行われていたようです。イラン北部からヨーロッパ西部にかけて自生しており、別の種である酸果桜桃の原産地はアジア西部のトルコで、さくらんぼのルーツだと記録に残されています」
「さくらんぼってそんなに昔から存在していたのね。もしかして花言葉もあるの?」
「はい。さくらんぼの花言葉は『小さな恋人』『幼い恋』『善良な教育』『上品』『あなたに真実の心を捧げる』です」
それを聞いたエマは、さくらんぼを一つ手に取るとユーリに渡した。
「お嬢様?」
「ユーリに真実の心をささげるわ」
エマは幼く可愛らしい顔には不釣り合いな大人っぽい表情を作り、取り澄ましたように微笑んでみせる。
何かと背伸びをしたい年頃なのだ。
ユーリはエマの気持ちを汲み、そのまま受け取ることにした。
「ありがとうございます」
「ねぇ、ユーリ。この種を植えてみてもいいかしら?」
「構いませんがすぐには発芽しませんし、品種改良されたものほど発芽しにくくなっています」
「それでもいいわ。いつか芽が出て花が咲くのをこの目で見てみたいの」
「分かりました。では種を植える準備をいたします」
「やったぁ! ありがとう、ユーリ」
数日後、エマはユーリに手伝ってもらいながら、二品種のさくらんぼの種を植木鉢にまいた。
植木鉢は日陰に置き、春まで土が乾かないように気をつける。
週に一度、植木鉢に水やりをして根気強く待った。
夏が来て、秋が過ぎ、冬が全てを覆い。
そして翌年の春に見事、さくらんぼの種の発芽に成功した。
エマとユーリは、青々としたさくらんぼの苗を眺める。
「ふふ、とっても可愛い」
「そうでございますね」
花が咲くのはまだまだ先になりそうだが、これからは春が訪れる度に小さく可憐な花が実を結ぶかもしれない、とエマは期待に胸を膨らませるのだった。
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