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ジューンブライド
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エマはユーリが淹れてくれた紅茶を飲みながら、結婚にまつわる紙の本を読んでいた。
『六月の結婚』を意味するジューンブライド。
その起源は大変古く、現代でも多くの女性が憧れていた。
恋を自覚したエマも違わず、うっとりしながら読み耽る。
六月に結婚式を挙げる由来は、主に三つあった。
一つ目はローマ神話の主神ユピテルの妻ユノを由来とするもので、この説が最も有力だと言われている。
ユノは結婚や育児や出産の象徴で、女性や子どもや家庭の守護女神とされていた。
ローマ神話では一月から六月までそれぞれの月を守る神が存在しており、結婚の象徴であるユノが守っている月が六月だった。
六月は宇宙共通語の英語で『June』、ユノはアルファベットで『Juno』と書く。
このことからユノが六月の英語名『ジューン』の起源になっていることが分かる。
つまり“六月に結婚すると幸せな結婚生活を送ることができる”と言われる理由は、結婚の女神ユノが六月を守護していることに由来しているのだ。
二つ目はかつてのヨーロッパでは、六月が結婚の解禁となる月だというもの。
大昔のヨーロッパは三月から五月の三ヶ月間は、農作業が忙しくなる時期だった。
そのためこの三ヶ月間は、結婚が禁止されていた。
結婚が解禁となるのが六月であったので、結婚を待ちわびていた多くのカップルが結婚式を挙げたとされている。
六月は農作業が落ち着き、“多くの人から祝福されるため幸せになれる”と言われていた。
しかしこれはいつ頃のヨーロッパの話か分かっておらず、本当に結婚式が禁止されていたのかも定かではない。
三つ目はヨーロッパで六月は一年で最も雨の日が少なく、天気の良い日が多い時季だというもの。
天候に恵まれ、たくさんの人に祝福してもらえることから、“六月に結婚式を挙げると幸せな結婚生活を送ることができる”という説が生まれたという。
(お父様とお母様も六月に結婚式を挙げたはずだわ)
結婚して十数年経つが、今だに仲睦まじい二人の姿は多くの人々の憧れだった。
統治者であっても、人間であることに変わりないのだ。
エマは本から顔を上げると、意匠の凝らされた白磁のティーカップを手に取った。
今日の紅茶はアッサム。
まろやかな渋みと濃厚なコク、甘く芳醇な香りが特徴で、深みのある赤褐色で澄んだ色をしている。
アッサムには三つのクオリティーシーズン――いわゆる旬があり、ユーリが淹れてくれたのは春摘みのもので、これは三月から四月に生産される紅茶だった。
甘さの中に爽やかな香りが広がり、エマの鼻腔をくすぐる。
渋みは少なく、あっさりとした軽やかな味わいが特徴だ。
(――やっぱり美味しい)
自立型機械のユーリは後ろに控え、エマの様子を注意深く見守っていた。
以前は全く気にならなかった、彼からの視線。
そこに他意はなく、ワーグナー家の令嬢エマをあらゆる脅威から守ることを命令として与えられているに過ぎない。
だからこそエマは望んでしまう。
ユーリの特別な存在になりたい、と。
(何もしないでさめざめと泣くだけの人生なんてごめんだわ。私の人生は私が決めるの――)
禁じられた恋であることはエマ自身、痛いくらいに分かっている。
今の地球では、ユーリに市民権がないことも。
でも、シリウスは違う。
自立型機械やアンドロイドも、立派な第一市民として認められているのだ。
(――いつかシリウスへ行くわ、絶対に)
ユーリは家事と子守りに特化した自立型機械。
エマが大人になることは、彼の助けが必要でなくなるということ。
では、未成年のうちならどうだろうか。
エマがどこへ行くにも、必ずユーリが付き添っている。
つまり彼女がシリウスへと赴けば、彼も必然的にシリウスへ降り立つことになるはずだ。
大人になるまで待つ気は微塵もない。
(――ごめんなさい、お父様、お母様)
エマの良心がチクリと痛む。
ワーグナー家を継ぐ者として、蝶よ花よと育てられてきた。
母なる地球を飛び立ち、新天地のシリウスを目指すことは、二人の期待を裏切る行為であると認識していても、恋する気持ちを何人たりとも止めることはできない。
(――もう少しだけ、もう少しだけこのままでいさせて)
ユーリにこの感情を打ち明けるのは、まだ先にしよう。
今は二人で過ごす時間を、何よりも大切にしたかった。
「ねえ、ユーリ。百合の花を壁龕に飾って欲しいのだけれど」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
ユーリは恭しくお辞儀をすると、規則正しい足取りで部屋を出て行った。
庭園で神々しく咲き誇る、大輪の白い百合の花。
花言葉は『純粋』『無垢』『威厳』で、女神ユノを象徴する花とされている。
(百合の花を抱えたユーリは誰よりも素敵なはずよ)
いつの日か、ユーリと結ばれたなら。
その時は上品なウエディングドレスに、優雅な香りを放つ百合の花を合わせよう。
まだ見ぬ彼の仲間たちに祝福されながら永遠の愛を誓い、口づけを交わすのだ。
そう考えただけで、エマの頬が熱くなる。
(――大好きよ、ユーリ)
言葉にしたら、儚く消えてしまいそうで。
エマは疼く胸に両手を当て、遠からぬ未来に想いを馳せる。
そこには何ものにも縛られることなく幸せそうに笑い合う、エマとユーリの姿があった。
『六月の結婚』を意味するジューンブライド。
その起源は大変古く、現代でも多くの女性が憧れていた。
恋を自覚したエマも違わず、うっとりしながら読み耽る。
六月に結婚式を挙げる由来は、主に三つあった。
一つ目はローマ神話の主神ユピテルの妻ユノを由来とするもので、この説が最も有力だと言われている。
ユノは結婚や育児や出産の象徴で、女性や子どもや家庭の守護女神とされていた。
ローマ神話では一月から六月までそれぞれの月を守る神が存在しており、結婚の象徴であるユノが守っている月が六月だった。
六月は宇宙共通語の英語で『June』、ユノはアルファベットで『Juno』と書く。
このことからユノが六月の英語名『ジューン』の起源になっていることが分かる。
つまり“六月に結婚すると幸せな結婚生活を送ることができる”と言われる理由は、結婚の女神ユノが六月を守護していることに由来しているのだ。
二つ目はかつてのヨーロッパでは、六月が結婚の解禁となる月だというもの。
大昔のヨーロッパは三月から五月の三ヶ月間は、農作業が忙しくなる時期だった。
そのためこの三ヶ月間は、結婚が禁止されていた。
結婚が解禁となるのが六月であったので、結婚を待ちわびていた多くのカップルが結婚式を挙げたとされている。
六月は農作業が落ち着き、“多くの人から祝福されるため幸せになれる”と言われていた。
しかしこれはいつ頃のヨーロッパの話か分かっておらず、本当に結婚式が禁止されていたのかも定かではない。
三つ目はヨーロッパで六月は一年で最も雨の日が少なく、天気の良い日が多い時季だというもの。
天候に恵まれ、たくさんの人に祝福してもらえることから、“六月に結婚式を挙げると幸せな結婚生活を送ることができる”という説が生まれたという。
(お父様とお母様も六月に結婚式を挙げたはずだわ)
結婚して十数年経つが、今だに仲睦まじい二人の姿は多くの人々の憧れだった。
統治者であっても、人間であることに変わりないのだ。
エマは本から顔を上げると、意匠の凝らされた白磁のティーカップを手に取った。
今日の紅茶はアッサム。
まろやかな渋みと濃厚なコク、甘く芳醇な香りが特徴で、深みのある赤褐色で澄んだ色をしている。
アッサムには三つのクオリティーシーズン――いわゆる旬があり、ユーリが淹れてくれたのは春摘みのもので、これは三月から四月に生産される紅茶だった。
甘さの中に爽やかな香りが広がり、エマの鼻腔をくすぐる。
渋みは少なく、あっさりとした軽やかな味わいが特徴だ。
(――やっぱり美味しい)
自立型機械のユーリは後ろに控え、エマの様子を注意深く見守っていた。
以前は全く気にならなかった、彼からの視線。
そこに他意はなく、ワーグナー家の令嬢エマをあらゆる脅威から守ることを命令として与えられているに過ぎない。
だからこそエマは望んでしまう。
ユーリの特別な存在になりたい、と。
(何もしないでさめざめと泣くだけの人生なんてごめんだわ。私の人生は私が決めるの――)
禁じられた恋であることはエマ自身、痛いくらいに分かっている。
今の地球では、ユーリに市民権がないことも。
でも、シリウスは違う。
自立型機械やアンドロイドも、立派な第一市民として認められているのだ。
(――いつかシリウスへ行くわ、絶対に)
ユーリは家事と子守りに特化した自立型機械。
エマが大人になることは、彼の助けが必要でなくなるということ。
では、未成年のうちならどうだろうか。
エマがどこへ行くにも、必ずユーリが付き添っている。
つまり彼女がシリウスへと赴けば、彼も必然的にシリウスへ降り立つことになるはずだ。
大人になるまで待つ気は微塵もない。
(――ごめんなさい、お父様、お母様)
エマの良心がチクリと痛む。
ワーグナー家を継ぐ者として、蝶よ花よと育てられてきた。
母なる地球を飛び立ち、新天地のシリウスを目指すことは、二人の期待を裏切る行為であると認識していても、恋する気持ちを何人たりとも止めることはできない。
(――もう少しだけ、もう少しだけこのままでいさせて)
ユーリにこの感情を打ち明けるのは、まだ先にしよう。
今は二人で過ごす時間を、何よりも大切にしたかった。
「ねえ、ユーリ。百合の花を壁龕に飾って欲しいのだけれど」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
ユーリは恭しくお辞儀をすると、規則正しい足取りで部屋を出て行った。
庭園で神々しく咲き誇る、大輪の白い百合の花。
花言葉は『純粋』『無垢』『威厳』で、女神ユノを象徴する花とされている。
(百合の花を抱えたユーリは誰よりも素敵なはずよ)
いつの日か、ユーリと結ばれたなら。
その時は上品なウエディングドレスに、優雅な香りを放つ百合の花を合わせよう。
まだ見ぬ彼の仲間たちに祝福されながら永遠の愛を誓い、口づけを交わすのだ。
そう考えただけで、エマの頬が熱くなる。
(――大好きよ、ユーリ)
言葉にしたら、儚く消えてしまいそうで。
エマは疼く胸に両手を当て、遠からぬ未来に想いを馳せる。
そこには何ものにも縛られることなく幸せそうに笑い合う、エマとユーリの姿があった。
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