うしかい座とスピカ

凛音@りんね

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クラゲ

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「ふんふんふーん」

 エマはご機嫌な様子で、画用紙いっぱいに色鉛筆を走らせる。
 先日、ユーリと二人で水族館を訪れたのだが、それ以来エマは海の生き物について彼に何度も訊ねたり、書庫に保管されている紙の図鑑や写真集を眺めては、楽しそうに笑顔を浮かべる日々を送っていた。

「描けたわ!」

 エマはとりわけクラゲが気に入ったようで、すでに何枚もクラゲの絵を描いている。
 離れて暮らす両親にホログラム映像による対話で絵を見せると、二人とも可愛い一人娘を手放しで褒めるのだった。

「ねぇ、ユーリ。どうしてクラゲは海の中でぷかぷかしているの?」
「クラゲは刺胞動物しほうどうぶつと呼ばれるサンゴやイソギンチャクの仲間で、幼生時は海底にへばりついていますが、成長すると水中に浮かんで水の流れのままに泳ぎ出します。クラゲは約二万の遺伝子を持っていて、その中の九十七の遺伝子が泳ぐために必要な筋肉や目を形づくり、クラゲをクラゲたらしめているのです」
「わぁ、クラゲってすごいのね!」

 エマは快活に返事をする。

「ねぇねぇ、クラゲについてもっと教えて!」
「はい。クラゲは刺胞動物に属する動物のうち、淡水または海水中に生息し浮遊生活をする種の総称です。体はゼラチン質で透明、体の約95%が水分でできています。体全体が傘のような形をしていて多くの場合、傘の下面の中心部に口があり、小さなエビやオキアミやプランクトンなどを食べています」
「ふふ、やっぱりクラゲってすごい生き物なのね!」

 エマは屈託なく笑った。
 五歳くらいまではよく癇癪を起こしていた彼女だったが、近頃はすっかり年頃の少女らしく振る舞うようになっていた。
 とは言っても、猫のように好奇心旺盛で夢想的な令嬢であることには変わりない。

「またユーリと一緒に水族館へ行きたいわ」
「では、そのように手配いたします」
「本当? ありがとう、ユーリ!」

 ユーリの金属とシリコンで作られた体に抱きつくエマ。
 そっと耳を胸元に当てれば、同じ心音が聴こえてきそうだった。

「あとね、この絵をお父様とお母様に見せたいの」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 実際に人々が長い時間、待たされることはない。 
 たとえどの星にいようとも、現代では即座に対話することが可能だった。
 そのことを理解したエマは、もう寂しくなかった。
 
 何より――

(私のそばには、いつだってユーリがいてくれるんだもの)

 手にしている絵には、海亀や魚やクラゲに囲まれながら海中を泳ぐ可憐な人魚姫のエマと優しい王子様が――眠らない夢を見ているユーリが描かれていた。
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