うしかい座とスピカ

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
16 / 24

記念日

しおりを挟む
 エマは机に向かい、何かを書いていた。
 後ろに控えるユーリが、彼女の様子を注意深く見守っている。

「ユーリ、ぜったいに見ちゃだめだからね」
「かしこまりました」

 小さな主人であるエマの命令は絶対だ。
 彼女の身に危険が及ばない限りは。

 自立型機械ロボットのユーリにも、ロボット工学三原則が適応されている。
 これは大昔のSF作家アイザック・アシモフが考案したもので、現在では矛盾点を改善したまったく新しいロボット工学三原則が、地球や他の惑星や衛星にいる全ての自立型機械とアンドロイドに搭載されていた。

 人間はしばしば無理難題な問いや命令を、何と無しに投げかける。
 それにより彼らは板挟みに――つまりジレンマに陥る。
 あまりにひどくなると不具合や故障を引き起こしてしまうが、宇宙一のシェアを誇るアースター社は故意に招いたものでない限り保証の範囲内として無償で修理、または新しいと交換していた。

「できた!」

 エマはマホガニー色の目を輝かせながら立ち上がる。
 日常のほとんどを電子化、機械化した現代で紙と筆記用具を使うことは非常に珍しかった。
 一般には流通しておらず、専門店でのみ購入できる。
 ノートにスケッチブック、色鉛筆、万年筆――どれも非常に高額だったが、統治者であるワーグナー家にとって値段はさしたる問題ではなかった。

「はい、ユーリ」

 エマが差し出したのは、桃色の封筒。
 ユーリは跪き、恭しい動作で受け取った。

「あなたにお手紙を書いたの! 読んでみて!」
「分かりました」

 封を開けると、中には一枚の便箋が入っていた。
 花柄の可愛らしいもので、ほのかに良い香りがした。

『ユーリへ

 いつもわたしたちのためにがんばってくれてありがとう。
 ユーリと二人でおさんぽしたり、あそんだりするのがとっても楽しいです。
 これからもずっといっしょにいようね。やくそくよ!

 エマより』

 ユーリは手紙から顔を上げるとエマを注視した。
 無邪気な笑みを浮かべる彼女は、ユーリの反応を待っているようだった。

「ありがとうございます、お嬢様」
「ねぇねぇ、今日がなんの日か分かる?」
「本日は『宇宙博物館開設の日』『星間旅行の日』――」
「もう! 今日はユーリがうちにやってきて三年になる日でしょ!」

 まさかそれだけのために手紙を書いてくれたことを理解したユーリは驚いたが、決して顔には出さなかった。

「そうでございましたね、大変失礼いたしました」
「『ユーリ記念日』、来年はちゃんとおぼえていてね」
「はい」

 彼の記憶回路に『ユーリ記念日』がインプットされる。
 自分の愛称がついているのは、何とも不思議な感覚だった。

「今日はユーリの日なんだから、なにかしてほしいことはない?」

 エマの思わぬ問いに、ユーリは少しばかり沈黙した。
 何かを要求されることはあっても、自身の要求を発することは今まで一度もなかったからだ。
 そもそも彼らに要求という概念は存在しない。

 けれど子守りに特化した彼らは、他の自立型機械よりも思考の模倣が人間らしくなるように作られていた。
 だから大きなジレンマに陥ることなく、ユーリは問いに答える。

「では、お嬢様とご一緒に菜の花畑を眺めさせていただけますか?」
「もちろんいいわよ。飲み物とおかしを持っていかなくちゃ!」
「すぐにご用意しますので少々お待ちください」
「わたし、ぼうしを取ってくるわ」

 エマは亜麻色の柔らかな髪をふわりと揺らしながら、パタパタと階段を駆け上がって行く。
 ユーリは手に持っている手紙に、もう一度目を通す。
 すると口角が自然と上がり、人間でいう喜びという感情を真似ているのだと認識し、規則正しい足取りでキッチンへと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...