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青い薔薇
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初夏の暖かな日差しが降り注ぐ午後。
エマはつばの広い帽子を被り、レースが装飾された半袖のワンピースを着ていた。
彼女の少し後ろを、ユーリが規則正しい足取りでついて行く。
「まあ、薔薇が綺麗」
庭園を散策していたエマは、薔薇が植えられている花壇の前で立ち止まった。
庭木や花壇の手入れは、自立型機械のユーリが夜のうちに全てやっている。
見事に咲いた色とりどりの薔薇を眺めながら、エマはマホガニー色の瞳を柔らかく細めた。
「ユーリは本当になんでも得意なのね」
「いえ、備えられた機能以外のことは出来かねます」
「でも紅茶だってあんなに美味しく淹れられるじゃない」
「茶葉それぞれの最適な量と時間を算出し、風味を最大限に引き出しているだけです」
エマは返事をする代わりに、くすりと笑う。
「ねえ、青い薔薇って昔は無かったのでしょう?」
「はい。かつては自然界に存在せず、青い薔薇は『不可能』『世の中に存在しない』『夢の花』という花言葉を持つ幻の薔薇でした。研究者たちは色々な花から青色遺伝子を取得して、薔薇に入れるという気の遠くなる作業を延々と繰り返していたのです。西暦2004年に当時の日本とオーストラリアがついに世界初の青い薔薇を誕生させ、その後、地球中に広まってゆきました」
「すごいわね。それじゃ、花言葉も変わったの?」
「はい。現在の青い薔薇の花言葉は『夢は叶う』『奇跡』『神の祝福』です」
エマは思わずほう、とため息をつく。
人類が宇宙に進出するはるか昔に不可能とされたことを諦めることなくやり続け、実現させたことに強い感銘を受けたのだ。
花壇に植えられた白色、ピンク色、赤色、黄色、オレンジ色、緑色、紫色、そして青色の薔薇。
そのどれもが美しく、また愛おしかった。
「ねえ、私にも薔薇の育て方を教えてもらえる?」
「ですが薔薇には鋭い棘がありますし、土でお嬢様の手や服を汚してしまうわけには――」
「いいのよ、もう子どもじゃないんだもの」
「分かりました。では、朝と夕方の水やりから始めるのはいかがでしょう?」
「ええ、やってみるわ」
水やりは各所に設置された専用の機械が完璧に行っているが、大昔の人間のように手間暇かけてやることで対象に愛着が湧くことをユーリは知っていた。
ワーグナー家の令嬢であるエマも、そうに違いない。
人間とはなんと単純で愛情深いのだろうか。
ユーリはある提案をした。
「せっかくですので、午後のお茶はこちらで飲まれますか?」
エマは幾重にも連なる薔薇のアーチの中をゆっくり歩きながら、にこやかに微笑んだ。
「とっても素敵ね。まるでおとぎの国に迷い込んだみたい」
今度、紅茶の美味しい淹れ方も教えてもらおう。
そう考え、エマは麦わら帽子を右手で押さえながら晴れ渡った空を仰ぐ。
いつか自分もユーリと共にシリウスへ行けると、夢は叶うと心の底から信じて。
エマはつばの広い帽子を被り、レースが装飾された半袖のワンピースを着ていた。
彼女の少し後ろを、ユーリが規則正しい足取りでついて行く。
「まあ、薔薇が綺麗」
庭園を散策していたエマは、薔薇が植えられている花壇の前で立ち止まった。
庭木や花壇の手入れは、自立型機械のユーリが夜のうちに全てやっている。
見事に咲いた色とりどりの薔薇を眺めながら、エマはマホガニー色の瞳を柔らかく細めた。
「ユーリは本当になんでも得意なのね」
「いえ、備えられた機能以外のことは出来かねます」
「でも紅茶だってあんなに美味しく淹れられるじゃない」
「茶葉それぞれの最適な量と時間を算出し、風味を最大限に引き出しているだけです」
エマは返事をする代わりに、くすりと笑う。
「ねえ、青い薔薇って昔は無かったのでしょう?」
「はい。かつては自然界に存在せず、青い薔薇は『不可能』『世の中に存在しない』『夢の花』という花言葉を持つ幻の薔薇でした。研究者たちは色々な花から青色遺伝子を取得して、薔薇に入れるという気の遠くなる作業を延々と繰り返していたのです。西暦2004年に当時の日本とオーストラリアがついに世界初の青い薔薇を誕生させ、その後、地球中に広まってゆきました」
「すごいわね。それじゃ、花言葉も変わったの?」
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エマは思わずほう、とため息をつく。
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そのどれもが美しく、また愛おしかった。
「ねえ、私にも薔薇の育て方を教えてもらえる?」
「ですが薔薇には鋭い棘がありますし、土でお嬢様の手や服を汚してしまうわけには――」
「いいのよ、もう子どもじゃないんだもの」
「分かりました。では、朝と夕方の水やりから始めるのはいかがでしょう?」
「ええ、やってみるわ」
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ユーリはある提案をした。
「せっかくですので、午後のお茶はこちらで飲まれますか?」
エマは幾重にも連なる薔薇のアーチの中をゆっくり歩きながら、にこやかに微笑んだ。
「とっても素敵ね。まるでおとぎの国に迷い込んだみたい」
今度、紅茶の美味しい淹れ方も教えてもらおう。
そう考え、エマは麦わら帽子を右手で押さえながら晴れ渡った空を仰ぐ。
いつか自分もユーリと共にシリウスへ行けると、夢は叶うと心の底から信じて。
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