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おまじない
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それは白く綺麗な石だった。
エマは大事そうに小さな手で包み込むと、そばで見守っていたユーリの元へと走り寄る。
「ねえ、ユーリ。私、宝石を見つけちゃった」
息を弾ませながら、まっすぐユーリを見上げた。
彼はすぐにそれがただの庭石の一つだという事に気づいたが、今は事実を伝えるよりも幼い主人の想いを尊重することが適切だと判断した。
「これは大変美しい宝石ですね」
エマは誇らしげに笑ってみせる。
「おうちの裏庭って秘密の宝石箱だったのね。きっとドワーフたちが見張っているんだわ。今日はどこかへ出かけてしまっているみたいだけど」
この表現は、ユーリにとって少しばかり理解し難かった。
エマは紙の本をよく読むが、時たま現実と空想の区別がついていないように見受けられる節がある。
とは言っても、この年頃の少女なら多かれ少なかれそうなのだろうが、エマはとりわけ夢見がちだった。
「お嬢様、もうすぐお茶の時間ですので屋敷へ戻りましょう」
いつもなら喜んで帰るエマだが、今日は動かずにじっと手のひらに乗せた白い石を見つめている。
「どうしよう。私、この宝石がとても気に入ったの。でも持って帰ってしまったら、きっとドワーフたちは悲しむわ」
ユーリはどう返事をすればよいのか分からず、押し黙る。
「でも、少しの間だけ借りるのならいいかしら。あとでそっと元の場所に戻しておくの」
「それなら良いかもしれません」
この問いには、ユーリも肯定的に答えることが出来た。
「満月の夜に黒い服を着て宝石を月にかざすと夢が叶うっておまじない、前に本で見かけたの。でもお父様の書斎にあった大昔の本だし、今じゃ本物の宝石はもう無いのでしょう?」
エマの言う通り、六百年ほど前に天然鉱物の採掘は条約によって禁止され、過酷な労働から多くの人々を解放した。
また、それに伴う様々な環境問題にも終止符を打った。
したがって現在、市場に出回っている宝石は全て人工のものである。
人々にとって宝石はありふれた装飾品の一つでしかなくなっていたので、エマの宝石に対する情熱はどこか異質なものに感じられた。
「それでしたら明日がちょうど満月でございます」
「本当? じゃあ決まりね。いいでしょう? ユーリ」
朗らかに笑いながらも、そこには有無を言わせぬ響きが込められている。
エマも生まれながらにして、他者を従わせる才覚を受け継いでいるようだ。
ユーリは恭しく返事をしながら、エマの遠からぬ未来を思案した。
♢♢♢
次の晩、月は真上にあって天鵞絨のような夜空を明るく照らしていた。
エマは白い石をゆっくり持ち上げると目を閉じ、心の中で内緒のお呪いを唱えてゆく。
エマのために誂えた黒いイブニングドレスが夜風に吹かれ、サラサラと鳴った。
これでつばの広い三角帽子を被って黒猫を連れていれば完璧な魔女になれたのに、とエマは心底残念がった。
何分かそうしたあと、エマはマホガニー色の瞳を開く。
「あっ! 見て、ユーリ!」
静かに後ろで見守っていたユーリは、エマの指差した方角を素早く見上げる。
それはキラリと瞬いた瞬間、弧を描いてすぐに消えた。
「流れ星だわ」
うっとりとした様子でエマが呟く。
夜空には雲ひとつなく星々が輝き、屋敷の周りを囲む森に棲む生き物たちの鳴き声がひっそりと聞こえてくる。
エマは満足そうに微笑むと、くるりと舞うように振り向いた。
「さあ、宝石を返しに行かなくちゃ」
そしてちょっと名残惜しそうに、白い石を見つけた場所へと置き直す。
「ありがとう、ドワーフさん。私、とってもいい夢が見られたわ」
エマの言葉にどのような意味が込められているのか、ユーリには知りようがなかった。
だが、もしかするとエマは初めから分かっていたのかもしれない。
この世界の仕組みを。
自身に課せられている役割を。
ユーリは懐中時計を開けた。
十二時五分前を指している。
「お嬢様、そろそろお休みになりませんと――」
エマは人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑いながらユーリの方を振り向き、そっと囁く。
「今、ドワーフたちが出てきたような気がするの。やっぱり彼らは宝石を守っているのね」
ユーリは月明りを受け、淡く白百合色に光る足元の庭石たちを見やる。
それ以外のものは、何も見出せなかった。
出し抜けに梟がひと鳴きすると、辺りはしんと静まり返った。
エマは大事そうに小さな手で包み込むと、そばで見守っていたユーリの元へと走り寄る。
「ねえ、ユーリ。私、宝石を見つけちゃった」
息を弾ませながら、まっすぐユーリを見上げた。
彼はすぐにそれがただの庭石の一つだという事に気づいたが、今は事実を伝えるよりも幼い主人の想いを尊重することが適切だと判断した。
「これは大変美しい宝石ですね」
エマは誇らしげに笑ってみせる。
「おうちの裏庭って秘密の宝石箱だったのね。きっとドワーフたちが見張っているんだわ。今日はどこかへ出かけてしまっているみたいだけど」
この表現は、ユーリにとって少しばかり理解し難かった。
エマは紙の本をよく読むが、時たま現実と空想の区別がついていないように見受けられる節がある。
とは言っても、この年頃の少女なら多かれ少なかれそうなのだろうが、エマはとりわけ夢見がちだった。
「お嬢様、もうすぐお茶の時間ですので屋敷へ戻りましょう」
いつもなら喜んで帰るエマだが、今日は動かずにじっと手のひらに乗せた白い石を見つめている。
「どうしよう。私、この宝石がとても気に入ったの。でも持って帰ってしまったら、きっとドワーフたちは悲しむわ」
ユーリはどう返事をすればよいのか分からず、押し黙る。
「でも、少しの間だけ借りるのならいいかしら。あとでそっと元の場所に戻しておくの」
「それなら良いかもしれません」
この問いには、ユーリも肯定的に答えることが出来た。
「満月の夜に黒い服を着て宝石を月にかざすと夢が叶うっておまじない、前に本で見かけたの。でもお父様の書斎にあった大昔の本だし、今じゃ本物の宝石はもう無いのでしょう?」
エマの言う通り、六百年ほど前に天然鉱物の採掘は条約によって禁止され、過酷な労働から多くの人々を解放した。
また、それに伴う様々な環境問題にも終止符を打った。
したがって現在、市場に出回っている宝石は全て人工のものである。
人々にとって宝石はありふれた装飾品の一つでしかなくなっていたので、エマの宝石に対する情熱はどこか異質なものに感じられた。
「それでしたら明日がちょうど満月でございます」
「本当? じゃあ決まりね。いいでしょう? ユーリ」
朗らかに笑いながらも、そこには有無を言わせぬ響きが込められている。
エマも生まれながらにして、他者を従わせる才覚を受け継いでいるようだ。
ユーリは恭しく返事をしながら、エマの遠からぬ未来を思案した。
♢♢♢
次の晩、月は真上にあって天鵞絨のような夜空を明るく照らしていた。
エマは白い石をゆっくり持ち上げると目を閉じ、心の中で内緒のお呪いを唱えてゆく。
エマのために誂えた黒いイブニングドレスが夜風に吹かれ、サラサラと鳴った。
これでつばの広い三角帽子を被って黒猫を連れていれば完璧な魔女になれたのに、とエマは心底残念がった。
何分かそうしたあと、エマはマホガニー色の瞳を開く。
「あっ! 見て、ユーリ!」
静かに後ろで見守っていたユーリは、エマの指差した方角を素早く見上げる。
それはキラリと瞬いた瞬間、弧を描いてすぐに消えた。
「流れ星だわ」
うっとりとした様子でエマが呟く。
夜空には雲ひとつなく星々が輝き、屋敷の周りを囲む森に棲む生き物たちの鳴き声がひっそりと聞こえてくる。
エマは満足そうに微笑むと、くるりと舞うように振り向いた。
「さあ、宝石を返しに行かなくちゃ」
そしてちょっと名残惜しそうに、白い石を見つけた場所へと置き直す。
「ありがとう、ドワーフさん。私、とってもいい夢が見られたわ」
エマの言葉にどのような意味が込められているのか、ユーリには知りようがなかった。
だが、もしかするとエマは初めから分かっていたのかもしれない。
この世界の仕組みを。
自身に課せられている役割を。
ユーリは懐中時計を開けた。
十二時五分前を指している。
「お嬢様、そろそろお休みになりませんと――」
エマは人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑いながらユーリの方を振り向き、そっと囁く。
「今、ドワーフたちが出てきたような気がするの。やっぱり彼らは宝石を守っているのね」
ユーリは月明りを受け、淡く白百合色に光る足元の庭石たちを見やる。
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出し抜けに梟がひと鳴きすると、辺りはしんと静まり返った。
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