うしかい座とスピカ

凛音@りんね

文字の大きさ
上 下
4 / 24

おまじない

しおりを挟む
 それは白く綺麗な石だった。
 エマは大事そうに小さな手で包み込むと、そばで見守っていたユーリの元へと走り寄る。

「ねえ、ユーリ。私、宝石を見つけちゃった」
 
 息を弾ませながら、まっすぐユーリを見上げた。
 彼はすぐにそれがただの庭石の一つだという事に気づいたが、今は事実を伝えるよりも幼い主人の想いを尊重することが適切だと判断した。

「これは大変美しい宝石ですね」
 
 エマは誇らしげに笑ってみせる。

「おうちの裏庭って秘密の宝石箱だったのね。きっとドワーフたちが見張っているんだわ。今日はどこかへ出かけてしまっているみたいだけど」

 この表現は、ユーリにとって少しばかり理解し難かった。
 エマは紙の本をよく読むが、時たま現実と空想の区別がついていないように見受けられる節がある。
 
 とは言っても、この年頃の少女なら多かれ少なかれそうなのだろうが、エマはとりわけ夢見がちだった。

「お嬢様、もうすぐお茶の時間ですので屋敷へ戻りましょう」

 いつもなら喜んで帰るエマだが、今日は動かずにじっと手のひらに乗せた白い石を見つめている。

「どうしよう。私、この宝石がとても気に入ったの。でも持って帰ってしまったら、きっとドワーフたちは悲しむわ」
 
 ユーリはどう返事をすればよいのか分からず、押し黙る。

「でも、少しの間だけ借りるのならいいかしら。あとでそっと元の場所に戻しておくの」
「それなら良いかもしれません」

 この問いには、ユーリも肯定的に答えることが出来た。

「満月の夜に黒い服を着て宝石を月にかざすと夢が叶うっておまじない、前に本で見かけたの。でもお父様の書斎にあった大昔の本だし、今じゃ本物の宝石はもう無いのでしょう?」

 エマの言う通り、六百年ほど前に天然鉱物の採掘は条約によって禁止され、過酷な労働から多くの人々を解放した。
 また、それに伴う様々な環境問題にも終止符を打った。

 したがって現在、市場に出回っている宝石は全て人工のものである。
 人々にとって宝石はありふれた装飾品の一つでしかなくなっていたので、エマの宝石に対する情熱はどこか異質なものに感じられた。

「それでしたら明日がちょうど満月でございます」
「本当? じゃあ決まりね。いいでしょう? ユーリ」

 朗らかに笑いながらも、そこには有無を言わせぬ響きが込められている。
 エマも生まれながらにして、他者を従わせる才覚を受け継いでいるようだ。
 
 ユーリは恭しく返事をしながら、エマの遠からぬ未来を思案した。

 ♢♢♢
 
 次の晩、月は真上にあって天鵞絨ビロードのような夜空を明るく照らしていた。
 エマは白い石をゆっくり持ち上げると目を閉じ、心の中で内緒のおまじないを唱えてゆく。

 エマのために誂えた黒いイブニングドレスが夜風に吹かれ、サラサラと鳴った。
 これでつばの広い三角帽子を被って黒猫を連れていれば完璧な魔女になれたのに、とエマは心底残念がった。

 何分かそうしたあと、エマはマホガニー色の瞳を開く。

「あっ! 見て、ユーリ!」
 
 静かに後ろで見守っていたユーリは、エマの指差した方角を素早く見上げる。
 それはキラリと瞬いた瞬間、弧を描いてすぐに消えた。

「流れ星だわ」

 うっとりとした様子でエマが呟く。

 夜空には雲ひとつなく星々が輝き、屋敷の周りを囲む森に棲む生き物たちの鳴き声がひっそりと聞こえてくる。
 エマは満足そうに微笑むと、くるりと舞うように振り向いた。

「さあ、宝石を返しに行かなくちゃ」
 
 そしてちょっと名残惜しそうに、白い石を見つけた場所へと置き直す。

「ありがとう、ドワーフさん。私、とってもいい夢が見られたわ」

 エマの言葉にどのような意味が込められているのか、ユーリには知りようがなかった。
 だが、もしかするとエマは初めから分かっていたのかもしれない。

 この世界の仕組みを。
 自身に課せられている役割を。

 ユーリは懐中時計を開けた。
 十二時五分前を指している。

「お嬢様、そろそろお休みになりませんと――」

 エマは人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑いながらユーリの方を振り向き、そっと囁く。

「今、ドワーフたちが出てきたような気がするの。やっぱり彼らは宝石を守っているのね」
 
 ユーリは月明りを受け、淡く白百合色に光る足元の庭石たちを見やる。
 それ以外のものは、何も見出せなかった。

 出し抜けに梟がひと鳴きすると、辺りはしんと静まり返った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...