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83.言祝ぎ

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 ギルバートさんは視線を泳がせたり、口を開けたり閉じたりしています。その横で、バーバラさんが何かを見つけたみたいな顔をしました。

「おや、種が実ってるね」

 その言葉に視線の先を追えば、馬車を覆うアイビーの蔦に、小さな実がなっているのが見えます。傍に居た傭兵さんが、その実のついた房に触れていました。

「なぁ、この種を撒いたら、もっとあの蔦を増やせるんじゃねぇか?」
「いいね。祝福の種だ。何でも試してみる価値はある。手分けしてやってみようか」

 それを合図に皆さんが動き出すと、バーバラさんがこちらを振り返りました。

「こっちはあたし達に任せて、少し話をしておいでよ。この先が踏ん張りどころだから、時間があるのは今のうちだよ」

 バーバラさんの後ろで、ドルフさんや傭兵さんや聖職者さん、チェルシーさんまで頷いています。それから背中を押されて、蔦に覆われた馬車の中に、わたくしとギルバートさんは二人で押しやられてしまいました。
 窓からは、アイビーの種を集める皆さんの活気の良い声がします。

「……あの、フローラさん……、これを……」

 ギルバートさんは胸ポケットから、革紐に通したペンダントをくれました。

「ずっと、渡し損ねていて。全てが終わってからと思ったんだが、ブローチや髪飾りみたいにフローラさんを護ってくれるなら、先に渡した方がいいかと考え直して。でもその、出来が少し……」

 もごもごと言い淀むギルバートさんから受け取ったペンダントの先に付いているものは、木で作られたリングです。柔らかく曲線を成す美しい木地に、アイビーの葉と花が彫られていました。

「……本当は、指輪を作っていたんだ。だけど、木を削ってリングにするのは、思ったよりも簡単じゃなくて」

 ギルバートさんはしょんぼりとしています。確かに指輪と言われて改めてよく見れば、親指でもぶかぶかなサイズです。でも──。

「たとえ指に合わなくても、こんなに素敵な、愛おしい存在ものは──……」

 大振りのぶかぶかでも、丁寧に造られたのがわかるその指輪が愛おしくて、嬉しくて、胸がいっぱいで言葉に詰まっていたら、ギルバートさんの顔が物凄い勢いで赤く染まっていくのが見えました。

「い、いとお、し……って……」

 思わず口をついて出た言葉は本心ですが、わたくしも釣られて顔が熱いです。少し沈黙した後で、ギルバートさんは話を続けました。

「……本当は、全部終わったらちゃんとしたのを作ろうと、そう思って。でも……全てが終わったら、フローラさんと一緒に居る理由が、無くなる、から……」

 少し掠れた、思い悩むような、寂しそうなギルバートさんの声に、わたくしもその事に今さら気付かされてしまいました。ギルバートさんと、皆さんと、毎日ずっと一緒に居て、それが当たり前の日々になりすぎて、頭から抜け落ちていた事。
 呆然としていたら、ギルバートさんが何度も深呼吸をして、それから真剣な顔で、真っ直ぐに見つめてきます。

「だから、フローラさん。不死アンデッドを全部消し飛ばしたら、そうしたら。職人の村に家を建てて、俺と一緒に、暮らしませんか」

 紡がれた言葉に、ぶわりと全身を温かい風に包まれたような、見えるもの全てがより明るくなったような、そんな幻覚さえ感じました。

「わ、わたくしで、いいんですか……?」
「フローラさんじゃなきゃ、意味がない。毎日二人で色んなものを作って、同じ時間と喜びを分かち合って、暮らしたい。家も全部、最初からだけど……。出来たら、ドルフ爺とバーバラさんみたいに、ずっと」

 どうしましょう。手が、肩が、震えてしまいます。嬉しくて、泣いてしまいそうです。頭の中にとめどなく広がるのは、楽しくて踊り回ってしまいそうな未来。
 ギルバートさんに。ギルバートさんと。作りたいものが、たくさんあります。それはきっとどんどん増えていくような、そんな予感さえあります。
 思わず勢い余ってギルバートさんの手を取って、握りしめてしまいました。

「わたくしも! わたくしも、そうしたいです!」

 勢いをつけすぎたのか、そのままバランスを崩してギルバートさんの胸に飛び込んでしまいました。
 ギルバートさんは真っ赤な顔をして、あわあわと焦った後で、嬉しそうに笑って、それから力強く抱きしめてくれます。身体中に幸せが溢れて、不思議な力が駆け巡って行くような気がします。

「……爺さんに、家建てて住む許可を貰わないとな……」
「大歓迎に決まっておろう。二人とも、とっくにうちの村の職人仲間みてぇなもんだ」

 急に声がして二人揃って振り向けば、馬車の窓辺からドルフさんとバーバラさんが満面の笑みで顔を出しています。その後ろにはシドニー様も傭兵さん達も、チェルシーさんや聖職者様も、騎士様達まで居ます。
 ライオネル様が端の方で目頭を抑えて肩を震わせていました。

「ふむ。西方大教会司祭シドニーが確かに見届けた。二人の織り成す未来に、女神の祝福があらん事を」

 シドニー様が口にしたのは、誓いを立てる時に教会で頂く文言です。顔が更に熱くなってしまって、ギルバートさんを見上げたら、照れ隠しに眉尻を下げていても、迷いの無い喜びに満ちた目と目が合って、また嬉し泣きしてしまいそうになりました。

「迷いは晴れたようだね」
「ああ……。この大事な局面に、たくさんの人の無私の祝福を預かってるのに、そんな時なのに、頭の中では自分の望む先の事ばかりがどんどん大きくなってしまって……」

 バーバラさんの声に、ギルバートさんは、反対側の肩に掛けていた戦斧の柄を握りしめています。

「そんなの当たり前の事だろう。自分の幸せを考えるのは、何も悪い事じゃねぇ」
「そうだよ。無私の祝福と自分自身の幸福は、相反するものじゃない。どっちも両方持ってて良いんだよ。それが人間ってもんだろさ」

 ドルフさんとバーバラさんの言葉は、自分の幸福を考える背を押してくれるように聞こえます。

「あんた達の願う幸福は、きっと周りも巻き込んで幸せにしれくれるよ」

 バーバラさんがにっこりと笑って、皆さんが一斉に頷いてくれました。

「差し迫った時に、時間をくれて、ありがとう」

 ギルバートさんが真っ直ぐに皆さんに向かって言えば、今度はドルフさんがにっこりと笑いました。

「村を旅立つ時に、村の連中が安全を願掛けをしたのを覚えておるか? 祝い事は後回しより先にした方が良い事もある。それが、より強い力を呼び起こし、後押ししてくれる」
「そうだぞ、外を見てみろ。多分これって、ギルバートとフローラさんの想いが作用してんじゃねぇか?」

 傭兵さんが楽しそうに笑いながら結界の外を指さします。
 窓から顔を出してみれば、結界の外のあちらこちらから蔦が伸びて、まるで緑色の絨毯のように、赤黒い水面をゆっくりと広がって行くのが見えました。
 


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