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57.願掛けと過去と③

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 ジエメルド公爵の体調を考慮して話を切り上げると、司祭シドニーの指示で、ギルバート達は不死アンデッドスライムの中から救助された騎士達の元へ向かった。ドルフとバーバラは、結局一言も声を発せぬまま、難しい顔をしていた。

 一方でギルバートは、ついさっき思わず繋いでしまったフローラの手をどうするか一瞬悩んだが、ジエメルド公爵の部屋を退出する際に、それとなく離した。
 フローラはまるで礼を言うようにふわりと笑みをくれたが、そこにはまだ僅かに陰りが残っているようにも見えた。ギルバートは手に残る温度を確かめるように握りしめながら、後に続く。

 騎士達が収容さているのは、元からこの邸にあった使用人用の大部屋だ。公爵家だけあって使用人用であれ寝具も上等で、複数人を纏めて診れる利を優先していた。
 体内の不死アンデッド化は外見からでは判断が出来ない為に、手分けして意識のある者に細かく体調を尋ね、様子のおかしいところが無いかを各々の視点で見て回っている。

「体内の、不死アンデッド化を判別する方法を見つけました……!」

 判別に試行錯誤を繰り返していた若い聖職者の一人が声を上げた。
 これまでは不死魔獣アンデッドといえば大型で、浄化の必要な傷といえば確実に外傷であったために、肉体の内側の変異を探すという行為自体が初めての試みだった。

「服を脱いでいただいて、こうして直接手を触れた状態で浄化魔法を発動させれば……! 感覚的なものにはなってしまいますが、術者には識別出来そうです」
「ふむ……しかしどうやら浄化魔法の得意なものでなければ厳しそうだな……儂で微かにわかる程度だ」

 司祭シドニーは熟練した結界魔法の使い手だが、浄化や治癒は人並みなのだと語った。

「……ぅう、す、すまない、少し……、痛みが」

 魔法を掛けられていた騎士が小さく呻き、背を丸めた。
 彼に術を掛けていた聖職者が青褪める。

「申し訳ありません……! どうやら、強い浄化魔法を直接体内に掛けていると、負担が大きいようですね……。患部の有無の確認に留めた方が良さそうです」
「浄化魔法が不死アンデッド化した部位にどう作用しているのか、肉眼では見えぬからな……。他に身体の内側を知る術が無い。治癒魔法と併用すべきか……」

 シドニーは険しい表情で考え込んでいる。傍らで様子を窺っていたギルバートは、思いついた案を口にしてみた。

「聖水を、飲ませてみるってのはどうだろう。あれも浄化の効果があるんだよな?」
「ふむ……。以前話した通り、聖水はあくまでも加護を媒介する為のものだが……確かにある意味では武器を清めるのと同じか……?」
「試してみましょう。害はないはずですが、念のため少しずつ」

 聖職者達が頷き、不死アンデッド化の兆候が確認できた騎士達に聖水を飲ませて行った。
 


 馬車に戻ると、フローラとバーバラは夕飯の支度にとりかかった。願掛けの作業を続けようと思いはすれど、未だにフローラの様子が気に掛って、結局ギルバートもフローラの隣に並んで、芋の皮を剥いている。

「……フローラさん、さっきの、話だが。公爵の息子が、女神様を憎んでて。王都に居る聖騎士がどうなっているかって……」

 二人の間に降りた沈黙の中で、気に掛けていた事を黙っていられずに、つい口に出してしまった。言葉にしてから、後悔が胸に渦巻く。

「ごめん、忘れてくれ。この話は、したくないかもしれないよな……」
「いえ。ありがとうございます。ギルバートさんが気遣ってくれて、さっきも、息がしやすくなったんですよ」

 そう言ってフローラは顔を上げ、笑んで見せるが、やはりどこか痛ましい陰りがある気がした。
 何とかその陰りを取り除きたくて、頭をフル回転させて、ギルバートは言葉を紡いだ。

「あれだな、どうせ王都に行くんだから、に無事を確かめて、状況が不味そうなら俺がこう、何も知らないふりして助けて。それで、素知らぬ顔してさっと立ち去ってやろう」
「ふふっ。素知らぬ顔をして、ですか……?」

 ギルバートの言い回しが気に入ったのか、フローラは小さく笑い出した。

「良いですね、それ。上手く行ったら、もう関係ありませんって顔をして、帰って来ちゃう作戦ですね」

 どういうわけか肩の力が抜けたらしいフローラに、ギルバートはぶんぶんと頭を振って頷いて見せた。

「わたくし、ギルバートさんと居ると、どんどん心が強くなるみたいです」

 そう言って笑うフローラの表情からは、すっかり陰りが消えている。言われた言葉とその表情が嬉しくて、耳が熱くなる気がした。



 芋を剥き終わって野菜と肉を仕込んでいると、司祭シドニーが馬車の傍までやって来た。

「聖水の効果はどうでしたか?」
「うむ……多少は、効いてはいるようなのだが……。どうにも効率が悪い」

 溜息を吐きながらシドニーは視線を落とし、やがて一点に目を止めて硬直した。

「……この、鍋は……?」

 視線の先にあるのは、アイビーのレリーフが縁に浮かび上がったあの鍋だ。シドニーは震える指先で、まだ火に掛けていない鍋の縁をなぞる。

「あっ! それはですね。先日の不死アンデッドスライムとの戦いの後で、何故かそうなっておりまして……」

 フローラが少し慌てたように説明する。その様子を見ているうちに、ギルバートの頭に妙案が浮かんだ。

「なぁ、ケルヴィムの街で、その鍋で聖水作ってる時にさ、皆で祈ると加護の強い聖水が出来るって、言ってたよな?」

 何か察したような顔をして司祭シドニーは頷いた。

「ついでに、その聖水で料理を作ったら、強い加護が水から食材にうつって、より強くなったりとか…………無いか?」

 あまりに突飛な思いつきに、ギルバートの語尾は萎んでしまった。流石に食材に加護というのは無理があるだろうかと逡巡する。しかし司祭シドニーは、にやりと笑った。

「それだ! 実に良い案だ……! その上、今やこの鍋は、間違いなく強力な祝福を与えてくれるはず……!」

 弾む声でそう告げると、シドニーは目を輝かせている。フローラは目を見開いて驚いたような顔をしていた。後ろで聞いていたバーバラとドルフが、噴き出して笑い出した気配がした。

「ギルバート、なかなか面白い事を考えよる」
「女神様の祝福付きのスープ、いいじゃないかい!」

 すっかり乗り気になったドルフ達にも背を押され、フローラは早速スープを作り始めた。妙な事を言い出した身なので、ギルバートは気合を入れてフローラに教えを請い、料理を手伝っていた。


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