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37.作戦会議②

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「ライオネル卿、貴方が黒騎士になられた理由はそれか」

 領主ケルヴィム伯が沈んだ表情で問うた。

「ああ。例え立場や名誉を捨てても、結果が何事も無くただの杞憂で終わるならばそれで良いと思っていた。この目で確認しようと。だが実際に来てみれば……」

 そこまで言って、ライオネルは深く息を吐く。

「すまない。無闇に期待を抱かせるより、不穏な話は先に聞かせておこうと思ったまでだ。俺がこの身一つで出来る事は限られるが、労は惜しまないつもりだ」

 塗りつぶされた盾を見た時点で覚悟していた事とはいえ、更にその理由を知った今、ケルヴィム伯も私兵団員も遣る瀬無い表情は隠しきれない。

「まぁ、豪傑で知られる元騎士団長がここに居る事実は、有難いじゃねえか。それに、ライオネル卿のお陰で、弟と爺さん達まで来てくれたわけだろ?」

 傭兵の男が場の空気を換えるように笑う。それで皆の表情に僅かに笑みが戻った。
 
「そうだな。今はまず、目の前の事を考えよう」

 ケルヴィム伯が顔を上げると、場の全員が顔を上げ頷いた。

「王都への伝令は?」
「今朝の襲撃の直後にはもう向かわせた。天候に恵まれれば四、五日で届くはずだ。……問題は、陛下がそれで救援に兵を出してくださるかだが。いずれにせよ、仮に即時に出兵したとしてもこの地に着くのは、早くて十日から半月後だ」

 人馬の移動速度には限界がある。派兵規模によっては兵糧の輸送がその進みを余計遅らせる。国王の目論見の真偽は定かでないにせよ、最速で動いてくれる保証もない中で、王都からの救援を頼って待つという選択は取れそうに無かった。

「封じ込めの結界はどのくらいもつだろうか?」

 部屋の隅で黙って話を聞いていた高齢の聖職者にライオネルが問うた。

「最大で七日はもつ。結界に閉じてあるから、あれ以上増える事は無いだろう」
「取りこぼしは無いはずです」

 若い聖職者が補足する。彼らは西方の大教会から来ている、特に結界魔法に長けた者達だ。
 それを確認した後で、私兵団員が手を挙げて報告を加える。
 
「今朝の大型の不死魔獣アンデッドは、ほぼ成体に近くはありましたが、でした。お陰で早めに始末できたようなもの。あれはつい最近、騎士団が撤退した後に不死魔獣アンデッド化したものでしょう。したがってこの近辺にはあれ一体かと」

 ライオネルが渋い表情で頷く。幸い、大型であれば聖職者の索敵で早めに検知できる。それに何よりも、大型はその殺傷能力が高いがゆえに、周囲の魔獣や獣が不死魔獣アンデッド化しにくい。

「問題は、変異種の小型の不死魔獣アンデッドだな……」
「それについてなんだが……昼間戦って気付いた事がある」

 傭兵の男が手を挙げた。

「無駄と思いつつも、棍棒を聖水で清めておいたんだ。そしたら、加護があるうちは潰した小型の何体かは倒せていた」
「そういえば、言われてみれば確かに、剣でも数体は倒せていたな」

 私兵団員達が揃って頷く。

 大型や中型の不死魔獣アンデッドは、聖水で清めた剣で斬る事で、斬られた断面の再生が止まる。それを利用して頭と胴体を切り離すと、あっさりと肉体が崩れて土に還るのだ。だが、だからこそこれまでは鈍器や矢では通用しなかった。そして一体を倒す頃にはもう聖水の加護は消えているのが常だった。

「それが事実なら、物量で押し切れば光明はあるか」

 ライオネルが頷けば、周囲の全員の顔に今度こそ笑みが戻った。



 部屋の隅で黙って話を聞いていたギルバートは、昼間の集落での出来事を言うべきかと悩み、立ち上がろうとした。しかしその肩をドルフが制する。

「昼間のはな、儂が作ったがたまたま上手く作用したようなんじゃが、何せまだ不確定だ。曖昧な情報でいたずらに期待を持たせるわけにはいかん」

 それを聞いてギルバートは目を瞬いた。集落で共に戦った私兵団員と傭兵が目を逸らすようにあらぬ方を向いたのが気になったが、ひとまずはそれで納得した。

 ──何せ、この爺さんだからな……。妙な仕掛けを仕込んでやがったんだろう。

 そんな事を内心で考えながら、ギルバートは頭に浮かんだ別の事を呟いた。

「……不死魔獣アンデッドを、もし俺達が全て、完全に、殲滅しちまえば、上の連中の妙な企みなんて、水の泡だよな……」

 その声は、部屋の静寂に偶然にも重なって妙に響いた。それから音でもしそうな勢いで、部屋に居た全員の視線がギルバートに向く。
 さっき目を逸らしていた私兵団員と傭兵が虚ろな目で半笑いしている。言葉にはしていないが、言いたい事はわかった。

 ──悪かった。また脳みそに筋肉しか詰まってないような事を言ってしまった……。

 ギルバートは深く反省して心の中で謝罪したが、視界の端で部屋の中央に居たライオネルが肩を震わせている。怒らせたか、と顔を上げれば、意外な事に笑っていた。

「まぁ、無謀な真似は困るが。そのくらいの腹積もりで居た方がいいだろうな」

 ライオネルが何故だか楽しげな声でそう告げて、ケルヴィム伯も、私兵団員も傭兵達も満面の笑みで頷く。そしてギルバートのすぐそばに座っていた、高齢の聖職者までもが堪えきれないとばかりに笑い出した。

「いいねぇ。実に良い。結界がもつうちに、聖水を出来る限り大量に用意しよう」

 そう言って何故だかギルバートの肩を楽しそうに叩いた。周囲の聖職者達も頷いている。

「……それにこの街には今、滅多に表に出てこない『しるべの魔法使い』が居るだろう。これほどの僥倖は無い。あながち上手くいくかもしれん」

 高齢の聖職者──西方大教会の高名な司祭である男が、最後にそう呟いた。その頃には部屋はざわめきに包まれていて、その言葉が耳に届いたのはギルバートとドルフくらいのものだろう。

 ──『しるべの魔法使い』? バーバラさんか? 有名なのか……。

 関心しているうちに、部屋にいた者達が次々と立ち上がる。

「では、結界の余裕を見ながら、五日間は不死魔獣アンデッド殲滅の準備と周囲への警戒を。討伐は六日後に決行しよう」

 ライオネルが告げると皆が一斉に是を唱えた。


 ギルバート達が屋敷を出ると、夕日に照らされた街に空腹を刺激する実に美味そうな香りが漂っている。遠くでフローラが嬉しそうに手を振っているのが見えた。


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