上 下
18 / 91

18.旅支度と門出②

しおりを挟む
 日が山向こうに沈む頃、夕日に染められた村の中央の広場には、大きな馬車の荷台が組み立てられていました。

 ワゴンと呼ばれる幌のついた大きな荷台を参考にして、その幌部分をトタンに替えてあるのだそうです。小さな小屋のような造りをしています。
 馬の負担を考えて、トタンは特殊な金属を使い、薄くて軽く丈夫に作ってあるのだとか。忙しい職人さん達に代わって、村の子供たちが色々と解説してくれるので、わたくしもちょっとだけ詳しくなりました。

 最後は村の皆さんと見守る中、ドルフさんが大きな車輪を取り付けました。
 完成のお祝いに酒樽が持ち込まれ、職人さん達は歓声を上げています。

「さぁ、フローラちゃん、ギルバート、せっかくだから中を見てごらんよ」

 バーバラさんにそうお声掛けいただいて、荷台の後部にある扉に向かいました。浮足立つ気分で扉を開けると……。

「えええっ……!?」
「な、なんだこれ……!?」

 ギルバートさんと二人揃って仰天してしまいました。
 ドルフさんとフローラさん、職人さん達、そして村の子供たちまで、とても楽しそうに、悪戯が成功したという顔をしています。

 外からは小さな小屋のように見える荷台は、扉の向こうは見掛けの倍以上の広さがあります。明らかに、外観と内側の広さが噛み合っていません。御者台の側には二段ベッドがあり、入り口の右隅には、小さなかまどまで付いています。

「こ、これも魔法ですか……?」

 最早それ以外には考えられませんが、頭が追い付かずに尋ねると、バーバラさんは当然とばかりに満面の笑みで頷きました。ドルフさんが今日一番の豪快な笑い声を上げています。
 この村には、バーバラさんの他にも数人の魔法使いがいらっしゃるのだそうで、職人さんと魔法使いの方々の合わせ技の特製馬車なのだとか。とっても今更ですが、この村は何か特別な、凄いところなのかもしれません。

「まぁ、それでも大人四人にはだいぶ手狭だけどな。どのみち道中は誰かしら交代で御者をせにゃならんし、どうにかなるだろう」
「これ、馬で引けるのか……?」

 ギルバートさんが尋ねました。
 確かに、材木でしっかりと壁が組まれた内側を見てしまうと、移動の際の重量が気にかかります。

「重量は普通の幌馬車と変わらねぇさ」

 ドルフさんの答えに、昼間つくった皮の道具袋を思い出して納得してしまいました。ギルバートさんはまだ不思議そうな顔をされています。



 さてその後は、馬車の完成を祝い、携わった全ての職人さん達の労いも兼ねて、村の真ん中で星空の下の晩餐会です。
 村の子供たちからの熱心な要望をお受けして、わたくしは今宵も鴨のスープを作りました。

 さらに宴の主菜は、皆さんと総出で、この村のお祝い料理を一緒に作ります。
 両腕を広げたくらいある大きな鉄板に、たくさんのお肉やお魚、皮をむいた芋と野菜を並べて、この国では珍しいお米を隙間に詰めます。少し水を注いだら、味付けにスパイスや岩塩を削って振りかけて、上からあくぬきしたふきの葉を敷き詰めて、さらにホウの木やヤマモモの葉などを重ねて覆ってゆきます。
 鉄板は手のひらくらいの深さのふちがついていて、覆った葉がちょうど蓋のようになります。仕上げに重しがわりに落し蓋のような要領で、丸い鉄板を乗せます。

 地面に浅く穴を掘り、高炉から集めた木炭を敷き詰め、更に上からも覆って蒸し焼きにするのだそう。水分量が多く油分の少ない葉は簡単には燃えないんだそうですよ。鍛冶職人の村ならではの豪快な調理方法です。
 蒸し上がったら上の炭をどけて、燃えずに残っている大きな朴の木の葉を軽く水ですすいでお皿代わりにして、出来上がったお料理を皆でいただきました。

 すでにお酒が入っている職人さん達は上機嫌に異国の歌を歌っていて、その周りで子供たちが踊っています。

「賑やかだろう、これはね、旅路の安全を門出かどでの宴も兼ねてんだよ」
「先にお祝いしてしまうんですか?」
「そうさ。先にもう祝ってしまったから安全に決まってる、なんていう屁理屈みたいな願掛けなんだよ。でも悪くないだろう?」

 にっこりと笑うバーバラさんに、わたくしも笑って頷きました。

 この村に来てから楽しい事ばかりで、王都を出たのはついこの間なのに、苦い記憶はもうすっかり遠い過去のように思えます。




 宴を終えたら、馬車に荷物を積み込みます。もう夜のうちから出発してしまうのだそうです。

「おい、早くねぇか……? 出発は明日の朝でもいいんだぞ……」
「何言ってんだギルバート。ほんとは一刻も早くライオネルに追い付きてぇんだろ?」
「それは……そうだ。すまん、ドルフ爺、何から何まで……感謝してる」
「礼を言うのは全部上手く行って終わってからだろう。酒代を稼いでおけよ?」

 そんなギルバートさんとドルフさんの会話を耳にして、わたくしは気持ちを引き締めました。目的地は王国北部、これから戦地に向かうのです。楽しく浮かれてばかりもいられません。
 気持ちを切り替えて背筋を伸ばして荷物を運んでいたら、ドルフさんにぽんと肩を叩かれました。

「フローラちゃんも、気負う事は無い。今この時を楽しもうが、深刻な顔をしようが、結果は同じさ。気持ちの余裕があるくらいの方が上手くいく」

 そう言い残して笑って荷積み作業に戻るドルフさんの背を目で追いながら、わたくしは一度深呼吸をしてみました。
 わたくしに出来る事は、それほど多くは無いのかもしれません。だけどたった二日で楽しい思い出と共に、もうすっかり心を寄せてしまった人たちの為に、役に立ちたいと願うのです。



 旅立ちの前に、村の子供たちが贈り物を持って来てくれました。何と、小さな木彫りの女神像です。

「今日ね、木こりの兄ちゃんに良い感じの木を貰って、作ってみたんだ!」
 
 そう言って誇らしげに笑うのは、10歳くらいの少年です。聞けば、将来は彫刻家を目指しているのだそう。小さくとも精巧で、見事な出来です。

「わたしもおてつだいしたよ! ほらここ!」

 そう言って小さな女の子が指さすのは、女神像の足元に取り付けられた素焼きの台座を飾る、小さな花飾りです。幼い子供らしい、ほんのちょっとだけいびつなお花は、でもそれが余計に愛らしく思えます。

「おねえちゃん、かえってきたらまたスープつくってね!」
「名付けるなら、スープ祈願の女神像だな!」

 女神像の作者である少年は得意げな顔をしてそんな事を言います。随分と気に入られてしまった事が嬉しく、そしてこの像には子供たちの祈りが篭もっているのだと思うと、胸が暖かくなります。

 村に来る前は、チェルシーさんにいただいた路銀と、少しの荷物以外、もう何も持っていなかったわたくしは、思いがけず、ここで素敵な宝物が増えました。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

うーん、別に……

柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」  と、言われても。  「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……  あれ?婚約者、要る?  とりあえず、長編にしてみました。  結末にもやっとされたら、申し訳ありません。  お読みくださっている皆様、ありがとうございます。 誤字を訂正しました。 現在、番外編を掲載しています。 仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。 後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。 ☆☆辺境合宿編をはじめました。  ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。  辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。 ☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます! ☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。  よろしくお願いいたします。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました

ひとみん
恋愛
タイトル変更しました!旧「国王陛下の長い一日」です。書いているうちに、何かあわないな・・・と。 内容そのまんまのタイトルです(笑 「側妃を迎えたいと思うのだが」国王が言った。 「了承しました。では今この時から夫婦関係は終了という事でいいですね?」王妃が言った。 「え?」困惑する国王に彼女は一言。「結婚の条件に書いていますわよ」と誓約書を見せる。 其処には確かに書いていた。王妃が恋人を作る事も了承すると。 そして今更ながら国王は気付く。王妃を愛していると。 困惑する王妃の心を射止めるために頑張るヘタレ国王のお話しです。 ご都合主義のゆるゆる設定です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...