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12.望外の力②
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──聖剣を授かる以前から、聖女エミリーの存在は知っていた。
戦地に集う聖職者や僧侶は、その性質上、老人や女性も多い。
彼らが直接対峙する事は滅多に無いとはいえ、不死魔獣が間近に潜む地に、使命感と善意で集まっているのだ。彼らに対しては、自身も崇拝の念すら抱いていた。
その中で、エミリーは目立つ存在だった。
見習い僧侶も何人か駆け付けていて、戦地に居る事が心配になるような若い少年少女も数名混ざっていた。そんな彼らの中で良く通る明るい声で笑顔を振りまくエミリーの姿は、エリオットも遠くから見掛ける事が多かった。
一生懸命に駆け回って一人でも多くを救おうとする可憐な女性の姿から、多くの騎士からも聖女と呼ばれ慕われているのも知っていた。
エリオットの聖剣も、騎士の多くから『聖女の祈りの恩恵』だと熱の篭った声で語られていた。
聖剣を得てから、前線の先頭に立って戦う事が常になると、必然的に負う傷も増える。
致命傷になりかねない負傷は戦場に同行する聖職者がすぐさま治療するが、浄化は駐留地に戻ると、エミリーが真っ先に駆け付けてくれることが増えていった。
まだ見習いとあって、時間がかかる。それでも懸命な姿を思えば悪い気はしない。
浄化が終わるまでの長い時間、無口なエリオットに対しても気負わずに笑顔で話し掛けてくるので、必然的に会話が増えていった。
『ほんとは、あたしだって不死魔獣が怖くて堪らないんですよ。だからほら、今も震えちゃって。それで、浄化も時間掛かっちゃって……』
そんな弱音を打ち明けてくれる事も増えた。
戦地には既に国中から大勢の聖職者が集まっていたので、熟練している年配の者が残り、まだ幼い子供や若い女性は帰還させようという話も出ていた頃だったが、彼女は頑なに戦地に残っていた。
討伐任務の要となる駐留地は絶対の安全が確保されている。駐留地からは出る事の無いエミリー達が危険に晒される事はまず無いし、不死魔獣と対峙する事も無いが、それでも前線の傍ではある。
エリオットはエミリーのその勇気と献身に感服していた。
『ちょっとだけ、安全な王都に居る奥様が羨ましいです。エリオットさんがこんなに頑張ってるの、知らないんだろうなぁ』
そんな風に王都の妻が話題にのぼる事も多かった。口下手なエリオットは、『君も頑張っている』と答えるのが常だった。
やがて浄化の時間以外でもエミリーが話し掛けて来る事が増えて行った。
『エリオットさんに、相談したい事があるんです……』
ある時、いつもとは違う哀し気な様子で、エミリーから悩みを打ち明けられた。
『……実は、あたし、他の聖職者さん達に、ちょっと嫌われちゃってるみたいなんです……。特に女の人に、かな……』
確かに、大きな負傷をした時などは、聖職者がエミリーを押し退けて治療と浄化を施すのを目にする事は度々あった。聖職者の方が熟練しているので、すぐさま施術は終わるのだが……。
傷口の塞がる様や痛みが消える事でわかる治癒や回復と違い、浄化は聖職者ではないエリオット達からしてみれば、一目瞭然でわかる変化が無い。
だからだろうか、ゆっくりと時間を掛けて丁寧に浄化するエミリーに慣れてしまうと、短時間で終わらせる他の聖職者の浄化は、どうしても手を抜かれているような印象を受けてしまう。
エリオットは怒りを覚えて、エミリーを励ました。
『気にするな。君の献身は皆わかっている。だからこそ、皆から聖女とさえ呼ばれてるんだ。この聖剣だって、君の祈りのお陰じゃないか』
そう言えば、エミリーに明るい笑みが戻る。
その頃にはもう、いつも一生懸命で可愛らしい彼女に惹かれていた。
聖剣を手にした事で、戦場で次々と不死魔獣を屠る事が出来る、その高揚感と、達成感。仲間からの称賛。
それらは全てエミリーがもたらしてくれたものだ。
騎士たちの多くが語るように、エリオットもそう信じていた。
下級騎士の頃は八人ほどで同じ天幕で雑魚寝が常だったが、聖騎士と認められる頃には上級士官のような扱いになり、エリオットは個人用の天幕が与えられていた。
夜になると、度々エミリーが天幕を訪ねて来る事が増えた。天幕の外で、二人で夜空を見上げながら話をする。
会話といっても、不死魔獣への恐怖を慰め、日々の戦いを労い称え、それから些細な愚痴や相談を聞くようなありふれたもので、話題に代り映えは無かったが、エミリーへの感謝と思慕は日々募っていく。
罪悪感も当然そこにはあったが、聖剣を与え寄り添ってくれるエミリーの可憐な笑顔を遠ざける事は出来なかった。
王都からの報せで絶望の淵に居る頃に、それを打ち明けたエリオットを慰めてくれたのもエミリーだ。
その時に一線を越えて、そこからは男女の仲となっていた。
気付いている騎士も大勢居ただろうが、その頃身近に居た上官や上級騎士達は、聖騎士と聖女が結ばれるなら当然と後押しさえしてくれていた。
マーカス達が立ち去った部屋で一人、目の前に置かれた報告書を一瞥して、エリオットは息を吐いた。
──望外の力は人を狂わせる、か。
鞘から再び聖剣抜いて眺める。戦場では無いここではあの淡い光こそ無いが、共に戦ってきた相棒のような剣だ。
──俺やエミリーが、どれだけの人々を救ったと思っているんだ。
エリオットの中にあった裏切りの罪悪感は、聖剣の存在を確かめるうちにもはや薄れ、今では怒りにも似た感傷があった。
戦地に集う聖職者や僧侶は、その性質上、老人や女性も多い。
彼らが直接対峙する事は滅多に無いとはいえ、不死魔獣が間近に潜む地に、使命感と善意で集まっているのだ。彼らに対しては、自身も崇拝の念すら抱いていた。
その中で、エミリーは目立つ存在だった。
見習い僧侶も何人か駆け付けていて、戦地に居る事が心配になるような若い少年少女も数名混ざっていた。そんな彼らの中で良く通る明るい声で笑顔を振りまくエミリーの姿は、エリオットも遠くから見掛ける事が多かった。
一生懸命に駆け回って一人でも多くを救おうとする可憐な女性の姿から、多くの騎士からも聖女と呼ばれ慕われているのも知っていた。
エリオットの聖剣も、騎士の多くから『聖女の祈りの恩恵』だと熱の篭った声で語られていた。
聖剣を得てから、前線の先頭に立って戦う事が常になると、必然的に負う傷も増える。
致命傷になりかねない負傷は戦場に同行する聖職者がすぐさま治療するが、浄化は駐留地に戻ると、エミリーが真っ先に駆け付けてくれることが増えていった。
まだ見習いとあって、時間がかかる。それでも懸命な姿を思えば悪い気はしない。
浄化が終わるまでの長い時間、無口なエリオットに対しても気負わずに笑顔で話し掛けてくるので、必然的に会話が増えていった。
『ほんとは、あたしだって不死魔獣が怖くて堪らないんですよ。だからほら、今も震えちゃって。それで、浄化も時間掛かっちゃって……』
そんな弱音を打ち明けてくれる事も増えた。
戦地には既に国中から大勢の聖職者が集まっていたので、熟練している年配の者が残り、まだ幼い子供や若い女性は帰還させようという話も出ていた頃だったが、彼女は頑なに戦地に残っていた。
討伐任務の要となる駐留地は絶対の安全が確保されている。駐留地からは出る事の無いエミリー達が危険に晒される事はまず無いし、不死魔獣と対峙する事も無いが、それでも前線の傍ではある。
エリオットはエミリーのその勇気と献身に感服していた。
『ちょっとだけ、安全な王都に居る奥様が羨ましいです。エリオットさんがこんなに頑張ってるの、知らないんだろうなぁ』
そんな風に王都の妻が話題にのぼる事も多かった。口下手なエリオットは、『君も頑張っている』と答えるのが常だった。
やがて浄化の時間以外でもエミリーが話し掛けて来る事が増えて行った。
『エリオットさんに、相談したい事があるんです……』
ある時、いつもとは違う哀し気な様子で、エミリーから悩みを打ち明けられた。
『……実は、あたし、他の聖職者さん達に、ちょっと嫌われちゃってるみたいなんです……。特に女の人に、かな……』
確かに、大きな負傷をした時などは、聖職者がエミリーを押し退けて治療と浄化を施すのを目にする事は度々あった。聖職者の方が熟練しているので、すぐさま施術は終わるのだが……。
傷口の塞がる様や痛みが消える事でわかる治癒や回復と違い、浄化は聖職者ではないエリオット達からしてみれば、一目瞭然でわかる変化が無い。
だからだろうか、ゆっくりと時間を掛けて丁寧に浄化するエミリーに慣れてしまうと、短時間で終わらせる他の聖職者の浄化は、どうしても手を抜かれているような印象を受けてしまう。
エリオットは怒りを覚えて、エミリーを励ました。
『気にするな。君の献身は皆わかっている。だからこそ、皆から聖女とさえ呼ばれてるんだ。この聖剣だって、君の祈りのお陰じゃないか』
そう言えば、エミリーに明るい笑みが戻る。
その頃にはもう、いつも一生懸命で可愛らしい彼女に惹かれていた。
聖剣を手にした事で、戦場で次々と不死魔獣を屠る事が出来る、その高揚感と、達成感。仲間からの称賛。
それらは全てエミリーがもたらしてくれたものだ。
騎士たちの多くが語るように、エリオットもそう信じていた。
下級騎士の頃は八人ほどで同じ天幕で雑魚寝が常だったが、聖騎士と認められる頃には上級士官のような扱いになり、エリオットは個人用の天幕が与えられていた。
夜になると、度々エミリーが天幕を訪ねて来る事が増えた。天幕の外で、二人で夜空を見上げながら話をする。
会話といっても、不死魔獣への恐怖を慰め、日々の戦いを労い称え、それから些細な愚痴や相談を聞くようなありふれたもので、話題に代り映えは無かったが、エミリーへの感謝と思慕は日々募っていく。
罪悪感も当然そこにはあったが、聖剣を与え寄り添ってくれるエミリーの可憐な笑顔を遠ざける事は出来なかった。
王都からの報せで絶望の淵に居る頃に、それを打ち明けたエリオットを慰めてくれたのもエミリーだ。
その時に一線を越えて、そこからは男女の仲となっていた。
気付いている騎士も大勢居ただろうが、その頃身近に居た上官や上級騎士達は、聖騎士と聖女が結ばれるなら当然と後押しさえしてくれていた。
マーカス達が立ち去った部屋で一人、目の前に置かれた報告書を一瞥して、エリオットは息を吐いた。
──望外の力は人を狂わせる、か。
鞘から再び聖剣抜いて眺める。戦場では無いここではあの淡い光こそ無いが、共に戦ってきた相棒のような剣だ。
──俺やエミリーが、どれだけの人々を救ったと思っているんだ。
エリオットの中にあった裏切りの罪悪感は、聖剣の存在を確かめるうちにもはや薄れ、今では怒りにも似た感傷があった。
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