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13.暗中模索とはこのことだ

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 あの王宮でのお茶会の日以来、もどかしい焦燥感を抱えながら、とにかく思いつく限りの事を試している。

 相変わらず勉学に励むセレストの傍らで、カーテンについているタッセルを動けと延々念じてみたり。

 ──駄目だ、ぴくりとも動きやしない……。

 すり抜けるのは承知の上で、机に乗った一枚の紙に只管ぶんぶんと手のひらを通してみたり。

 ──扇いでるのと同じなんだから、少しくらい、風が起きたりしても良くないか!?

 花瓶に生けられた花を長時間穴があくほど睨み付けてみたり。

 ──……あっ!! 動いた!? ……ああ、なんだ蜘蛛か……。

 そんな、意味があるのかも怪しい努力を続けている。
 少女の傍にそんな男が居たら不審者以外の何者でもないが、幸いな事に誰の目にも見えていない。そしてつまるところ奇行を咎めてくれる相手も居ないという悲しい現実もあった。

 ──こういうの、暗中模索っていうんだよな……。

 時々我に返って虚しくなったり頭を抱えたりもしてみるが、焦燥は消えない。何もせず漫然と立っているだけではいられないのだ。



 ふいに視線を落とした先で、黒い毛玉犬と目が合った。

 ──……ん? そうだ、そういえば、こいつはどうやら俺がいて、こいつのお陰で俺は少しだけ動けるように……。

 かつて唯一この身に起きた変化を思い出していると、毛玉犬がまるでついてこいと言わんばかりに駆け出した。

 駆け出すといっても、この子犬も遠くまで離れているところなど見た事がない。セレストの座る椅子の周りを円を描くようにぐるぐると回っている、というべきか。それでも、追いかけようと念じれば不思議な事にこの毛玉犬の後を追う事は何故か出来るのだ。

 緑の蝶がすい、と目の前を飛ぶ。結局この蝶はエリザベスと再会した後も、セレストの傍を離れなかった。

 真剣な表情で史学の本を読み進めるセレストの周りを、蝶と子犬と幽霊がぐるぐると周る、実に奇怪な光景が繰り広げられていた。


 ◇◇◇


 そうして実におかしな試行錯誤を日々続けているうち、じわじわとほんの少しずつ、変化は起きていた。
 期待していたほど大きな変化ではないが、無でもない。些細な変化であっても、何も出来ないという絶望に比べたら遥かに希望が持てる。

 セレストを起点に大人の歩幅2歩分だった行動範囲は、5歩分ほどまで広がった。

 ──いや、まぁ。これだけやって、たったそれだけかという落胆は無きにしもあらずだが、これはこれで重要なんだ……。

 『精神修行の時間』こと、セレストの着替えや湯あみの時間に、扉をすり抜けて外に出ていられるようになった。

 見知らぬ男が四六時中傍に居て私生活を覗き見てしまっているなんて、女性からしたら恐怖や嫌悪の対象だろう。彼女の尊厳を傷つけたくはない紳士的な幽霊としては、これは願っても無い変化だ。

 とはいえ、気を抜くとあっさりと身体は元あった位置に戻ってしまうので、強く念じなければならない。『精神修行の時間』であることに変わりはなかった。

 扉の前で、護衛騎士にでもなったつもりで己を律していると、隣に毛玉犬が並んでちょこんと座る。今やこの時間は毛玉犬もそこが定位置であり、以前に輪をかけてすっかり紳士仲間である。



 ──ところでお前、またちょっと大きくなってないか??

 最近では見慣れたつもりでいた黒い子犬の姿は、いつの間にか一回り成長しているような気がした。

 
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