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1.いつ死んだのかも定かじゃない

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 目を開けると見知らぬ部屋に立っていた。
 何故そこに居るのか、どこから来たのか、そもそも自分が誰なのか、まるで思い出せない。

 ──えっ、待て待て、なんだこれ……。

 状況がまるきり掴めず、狼狽えて周りを見渡す。

 やけに豪奢な部屋の中、半歩ほど前に子供が立っているのに気付いた。
 腰まである艶やかな黒髪と服装からすると女の子、身長からするとまだ10歳にも満たないだろうか。

 声を掛けようにも、どういうわけだか声が出ない。
 距離があまりに近すぎる気がして、後退ろうにも動けない。立っているのは間違いないのだが、身体の感覚が全く無いのだ。

 戸惑っているうちに扉をノックする音がして、中年の女性が部屋に入って来た。

「セレストお嬢様、髪飾りをお持ちしました。こちらで合わせてみましょう」

 女性は恰好から察するに使用人のようで、手に宝飾品を収める箱を持ち静かに歩いてくる。
 お嬢様、と呼ぶからにはこの少女は何某かの名家のご令嬢なのだろう。そんな彼女の後ろに見知らぬ男が立っていたら驚きそうなものだが、取り乱す様は無いし、こちらには目もくれない。居ないものとして振舞われている、というよりは実際に見えていないと考える方が会得がいく状況だ。
 鏡の前に先ほどの少女を促すと、慣れた手つきで髪を梳り、結わえ上げた髪に飾りを差し込んで整えていく。

 ──セレストっていうのか。ええっと、知らない子、だよな……?

 女性が呼んだ少女の名を暗唱しつつ記憶を辿ろうにもやはり何も思い出せない。
 後ろからそっと鏡を覗き込む。
 少し釣りめの赤い双眸。艶やかな黒髪に揃いの長い睫毛。
 少女は幼いながらも息をのむような美しい顔立ちをしていた。

 思わず鏡越しの少女の容貌に見とれてしまっていたが、ふいに気が付く。
 後ろに立って覗き込んでいたら映るはずの、自分の姿は鏡の中のどこにも無い。
 使用人の女性の振舞いでそんな気はしていたが、いよいよもって己の置かれた状況が理解できず困惑する。


 ──これは……つまり、なんだ、ゆ、幽霊というやつか!? えええ、待て、いつ死んだ? 俺は魂なのか? 誰の?? 俺は誰で、どうしてここに居る……??

 混乱して巡る言葉に答えるものなど無いし、そもそも声として音になりすらしない。
 きっと酷い表情をしているのだろうが、肝心の自分の顔を確かめる術が無い。鏡の中に映るのは美しい少女の、年齢のわりに感情のこもらない人形のような顔と、同じように感情を表に出さない使用人の女性だけだ。

「さあ、出来上がりました。この髪飾りでしたら、お嬢様の大切なブローチと色合いも合いますし宜しいでしょう」

 女性の言葉に、少女は人形めいた顔を縦にコクリと動かし、小さな細い指先で胸元のブローチを撫でた。表情は先ほどと変わらないのに、ほんの少し俯いたその仕草がどうしてか酷く物悲し気に見えた。

「馬車の準備が出来ましたら、お迎えにあがります」

 そう告げると使用人の女性は一礼して静かに部屋を出ていく。

 ──可愛いとか、似合ってるとか、言ってやればいいのに。

 使用人の規範なのだろうか、幼い少女に接するには些か冷淡に思えた。
 答えの出ない己の混乱よりも、さしあたって今目の前に居る少女に意識が向く。

「……かあさま……」

 小さな、凍えるような呟きが静まり返った部屋に零れる。

 初めて聞いた彼女の声は、やはりどこか悲しげな響きがある。やがて初めてその顔に浮かんだ感情らしきものの断片は、眉を寄せ、何か堪えるように唇を噛む悲哀そのものだ。感覚の無いはずの身体なのに、胸が軋むような錯覚を覚える。

 ──こっ、こういう時はどうすればいいんだ。いや、どうするもこうするも、そもそも物理的に俺は今たぶん何も出来ないな!?


 慰める術を持たない、己の正体すらままならない”幽霊”は、おろおろと慌てふためきながらも、彼女の傍でただ立って見ている事しか出来ない。

 こうして得体の知れない”青年の幽霊”としての日々が始まった。
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