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第二章
032:芸能事務所の反応
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ハルカが『ToE』として動画投稿した翌日のこと
日本のとある芸能事務所では、敏腕の『女社長』が疲れた表情を浮かべて椅子に深く座っていた。
彼女が見つめる先にはパソコンがあり、その画面ではToEの動画が流れている。
社長はヘッドフォンで動画を視聴しつつ思わず深い溜息を零した。
「はぁぁぁ~~~~」
日本時間にして夜の20時、Toutubeという動画サイトにてワールドクラスのモンスター、『ToE』が出現した。
今や、世界中ではToEの話で大賑わいだ。
ただし、その名前がテレビ報道や新聞にすら取り上げられていないのは、内向きな島国である日本ぐらいであろうか。
日本ではネットニュースにすら『ToE』の名前は存在しない。
メディアの連中はまだ知らないのか、それとも情報の価値を低いと判断したか、現時点で『ToE』という名前を知っている日本人は極々一部に過ぎなかった。
しかし、それも時間の問題かもしれない。
ToEの曲を聞いた芸能事務所の社長の乙女心にも彼の曲は深く突き刺さっていた。
「はぁぁぁ~~~~」
社長の口からは再び溜息が漏れた。
「朝からそのような溜息を吐かれて、どうかされたのですか?」
側で控えていた秘書は、社長を心配して声を掛ける。
しかし、彼女は直ぐに返答することなく脱力して再び溜息を吐き、眉間を解した。
ヘッドフォンを首に下ろして、腕を組む。
彼女は一度頭を整理してから、漸く秘書に返事した。
「これを視聴したら、幾らでも溜息が吐きたくなるでわよ。あなたはもう、この映像を見たかしら?」
「えっと、このサイトってToutubeですよね。何か面白いものでも投稿されていたのでしょうか?」
秘書は横からパソコンの画面を覗き、そう宣った。
表情には出さないが、社長は心の中で『そうでしょうね………』と何処か落胆したような心境を抱いていた。
「昨日の夜の事なんだけどね、ToEとかいう外国人男性が皆の度肝を抜く様なオリジナル曲を投稿したのよ」
「…………………?」
彼女がこの動画を知ったのは昨日の深夜だった。
プライベートだけでなく、仕事でも拘りのある海外の友人から急にメールが届き布教されたのだ。
ネット環境が整っている日本とはいえ、海外の流行は遅れてやって来るものである。
彼女も海外の友人がいなければ、これ程に早くToEを知る事はなかったであろう。
故に、秘書の彼女が知らなくとも、そう不思議なことではない。
「この人物はね、自分で作詞・作曲もできる“男性アーティスト” なのよ。彼が今回投稿した楽曲は、性別に関する色眼鏡抜きにして “本物” だったわ」
秘書の女性は社長の言葉に目を見開いて驚いた。
日本には男性アーティストは存在しない。そんな生みの苦労を男性がする必要がないからだ。
しかし、海外では少なからず男性アーティストは存在する。
といっても、それは飽くまで趣味の延長線。音楽界で名曲を生む存在なんぞ、更にその中の一握りだ。現代ではその様な存在は化石みたいなものだった。
大衆音楽における国際常識を語るならば、どの国でも『男性アイドル』が一般的であった筈…………『昨日まで』は。
「そんな男性が存在するのでしょうか? ゴーストがいる可能性は?」
秘書の言葉に、社長は苦笑いを浮かべた。
この会話は、決して表だってしてはならない話である。
芸能界における男性と言えば大抵は『男だから』という理由で人気になっているに過ぎない。
社長と秘書の2人は妙齢な女性であったが、キャリアウーマンとして客観的に物事が見えていた。
「だとしても、歌手として本物よ」
「非常に高度な編集をしている可能性は……」
「――ないんじゃないかしら? あなたも聞いてみれば分かると思うけど、そんな事で実現できるクオリティーなんて優に超えているのよ」
「そう、でしたか………」
「あなたもこの業界で生きている以上、ToEの曲は聞いておいた方がいいわね。後で時間をあげるから、彼の曲を聞いてみて」
「はい、承知しました」
この芸能事務所は、日本の芸能界では力のある有名事務所だ。
それ故、女性芸能人を多く抱える共に、少なくない男性芸能人もそれなりに抱えていた。
男性芸能人というのは、芸能事務所にとってビジネス的に非常に有り難い存在だ。
大した労力や費用を掛けなくとも自然に人気が集まり、勝手に売れていく。
しかし、同時に頭の痛い存在でもあった。
彼等は幼少時から『男』というだけで甘やかされ、芸能界でも甘やかされる。
通常、芸能人であれば経験する様な『苦悩』や『葛藤』、『挫折』なんてものを、彼等は一切経験したことがない。下積み生活なんて持っての他である。
だからだろうか…………
「そういえば、彼等は既にレッスンを始めているのかしら?」
「それが…………」
―――男性芸能人は表舞台の煌びやかな活躍と異なり、裏で『努力』することを知らなかった。
「はぁ~、未だ来てないのね?」
「はい、………恐らく、家で寝ているのかと」
「そっかぁ。………はぁぁぁ~~~」
社長はこめかみを押さえて又もや深い溜息が漏れた。
デビュー当時から毎度の事ではあるが、事務所側が幾ら穏便に注意しても彼等の意識は改善されない。
男性アイドルは皆して『オレたちは男であるから、どんな事があろうとも売れて当然』などという根拠のない『自己肯定感』や『優越感』、『プライド』を持つ。
もし彼等に『売れる為の秘訣は?』とインタビューすれば、きっとこう答えるだろう――『男』である事と『女への愛想』のみ。身体作りや体力作り、ダンスレッスンやボイトレなんて頑張る必要がない、ってね。
「エンジェル・セブン………。我が事務所の看板アイドルだけど…………」
社長は続く言葉を呑み込んだが、『いつまで今の人気が続くのか』と懐疑的に思わずにはいられなかった。
日本において芸能人といえば、何処かの事務所に所属してから活動が始まるものであるが、海外では必ずしもそうではない。
特に音楽関係では今回の動画投稿の様に、一般人から急にプロ顔負けの歌手やシンガーソングライターが誕生する事がある。
今の日本の芸能界では到底考えられないことだ。しかし、そんな一般人が時に大衆の人気を掻っ攫っていく奇跡が存在する事を社長は知っていた。
しかも、今回に限っては『男性』かつ『本物のアーティスト』の誕生だ。
この影響は、日本の芸能界にも及ぶかもしれない。少なくとも、社長が抱える男性アイドルグループの海外進出の芽は消えた可能性が高かった。
『日本の男性アイドルたちは、今まで通りでいられるのかしら………』
『デビュー当時に比べ、リーダーの遠藤は激太りし、他のメンバーも似た様に肥え太って、マシなのは南だけ………』
『あ~昔は良かったわよね~。こんな事を思っていると婆臭いかもしれないけど、今後のことを考えると本当に頭が痛いわね。でも何とかテコ入れしないと、私の直感的に不味い気がするのよね………』
この日から社長は男性アイドルの現状に悩む日々が続く。
果たして『男性アイドル』は、本来あるべき姿に進化する日は来るのだろうか………それは神のみぞ知る未来の話。
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