音楽無双――おかしな世界に転生したボクはSランク

結木 夏音

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第二章

028:動画投稿の準備に掛かる(7)

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【Side:主人公】


「んん、……ふにゃぁ~~。……もう11時過ぎか~」


目覚めると頭がフワフワしている。

起き上がって鏡を見たら凄い寝癖ができていた。



「なんじゃコレ!」


ボンバーヘッドとは、こういうヘアースタイルを言うんだろう。

驚きのあまり、眠気なんて吹っ飛んでしまった。

手で触ってみれば羊みたいにモコモコしている。

髪が痛むから本当は良くないけど手櫛でゴシゴシと元に戻そうとすれば、再びシュッとボンバ―する。



「ムキーッ! このこの、これでどうだ!」


もっとゴシゴシするけど直ぐに爆発してしまう。

なんか実験に失敗した博士みたいだ。



「ぐぬぬぬ、………ふん、お風呂に入るから良いもんね~!」


ボクは開き直って朝シャンする事にした。


脱衣所に到着し、上下の衣服を一枚一枚ゆっくりと脱いでいく。

目線は決して鏡から離さない。



『何度見ても自分の姿ってエチエチだなぁ…………』


中性的な顔立ちだから、中性というか両性というべきか。

ボクは『二刀流』でも『三刀流』でもないけど、自分を女の子的な意味合いで『可愛い』とか思うんだよね。

視線を顔から下におろせば乳首の色は綺麗な桜色、ピンクだ。前世の薄茶色なんかじゃない。

こんな乳首の色が現実に存在するとは、転生した自分の体で初めて知った。



『これぞ、超絶ショタ娘の18禁か。エッチィなぁ。絶対誰にも見せられないシチュだ』


ボクは体を抱きしめる様にして乳首を隠した。

そして、最後の一枚を腰をくねらせて脱ぎ、生まれたままの姿になれば、ちゃんと下には立派な雄の象徴がドッキングしている。

これぞ奇跡の『超・合・体』。



『まぁ、男の子だもんね。ふふふ』


ただ、残念なことに今回は髪の毛がボンバ―している。

ボクはサラサラ・ストレートヘアーの方がタイプなんだよね。

さっさと早くお風呂に入って、もっと可愛い自分が見たい。



「さぁ、泳ぐぞぉぉおおーー!」


ボクは無駄に長居していた脱衣所から風呂場へと向かった。





◆◆◆◆◆





「ぅぅぅ、もうこんな時間…………」


お風呂から上がり、食事など色々な事をしていれば、時刻は既に12時半過ぎ。

ボクはリビングのソファーに腰掛け、表情を青くしてガチガチになっていた。



『手が震える。心臓もバクバク。こんなの今世じゃあ初めてだぁ…………』


午前中のボクは気楽な気分であったけれど、今のボクは非常に緊張している。

少しでも落ち着こうとマグカップに入ったココアを口にするけど、この震えは一向に止まらない。

この後13時から、収録が控えている。



『出来る事なら、一発で終わらしたい。大丈夫、大丈夫、大丈夫、落ち着けボク………』


投稿する動画では、自分の歌声は出来るだけ編集することなく『そのまま』を大切にする。

それはまるで、前世の『First Take』のようなもの。

あの映像を初めてToutubeで見た時、ライブのように声が生きていて大好きだった。

あの奇跡を我が家でも再現できればと願うばかりだ。

実際、今回投稿する予定の動画では歌詞を見ながら歌うのため、大きな失敗はない筈である。

映像はネットから拾った著作権フリーの夜景の写真に金文字で歌詞を入れたものを使う。

カラオケみたいなものとも思うけど、この世界で初めて産声をあげる前世の神曲の価値を思えば、ボクはとても落ち着いてはいられなかった。



『あぁぁ、もう10分前か。そろそろ行かないと…………』


時計に目をやれば、時刻は12時50分を指している。

ボクは手に汗を握り、防音室の方へと移動した。

部屋の中に入ると今回使う機材は事前に準備が完了してある。

マイクも中央のスタンドに固定されて、雑音を防ぐ為のポップガードもついている。



『座って、一旦落ち着こう』


ボクは部屋に置いてある椅子に座った。

後は曲を再生し、メロディに合わせてマイクに歌えば良いだけ。


ボクは落ち着く為に目を閉じて深く息を吐いた。

緊張のあまり、心が氷のように冷たく感じる。手の震えは未だ収まらない。



「ふぅ~、………とても異様なくらいに静かに感じるなぁ」


ボクは心を整理するため、今の心境を声に出して呟いた。

目を開けて傍に置いてあるヘッドフォンを頭に装着する。

右手にはリモコンを持ち、再生ボタンに指を掛けた。



「我が家なのに、我が家じゃない気分…………」


動画の収録なんて好きな時間帯に気楽にすれば良いと思うかもしれない。

しかし、そうするとダラダラとしてしまう。

それは結果的に歌の完成度にまで影響するかもしれない。



「今、人生で初めてって言えるくらいに、ボクはとっても緊張してる。この緊張を上手く変換できれば、自分の歌のパフォーマンスは普段以上のものに出来上がるのかな…………?」


スポーツ選手や何処ぞの学者などが度々語る言葉を信じるならば、そういう事なのだろう。

でも皆が皆、それをできるわけじゃないという事も知っている。

ボクは前世において緊張で失敗する人を見た事があった。



「多くの人は歌だから “楽しめば良い” なんて気軽に言うんだろうけど、圧し掛かる心への負担って、そう簡単には切り替えられないものだよね。ここぞっていう時、……それは仕事だったり、試験だったり、スポーツだったり。失敗が許されない瞬間って、必ずある筈さ」


これから歌う曲は平均したら大体4分ぐらいだろうか。

それを10曲だから、単純計算するなら40分で収録が終わる。

途中休憩を挟むにしても1時間もあれば終わるだろう。

これを長いと感じるか、短いと感じるか。



「少なくとも自分は、この時間が充実したものになれば最高だなって思うかな。そして、多くの人に自分の曲が届いて、何か心に残ってくれたら…………嬉しいな」


本当にそう思う。

これがカラオケなら、1時間なんてあっという間なんだけどね。



「さて、そろそろ歌おうか。よろしくお願いします」


ボクはそう言って立ち上がり、マイクスタンドの前へと移動した。

リモコンのボタンを押せば、有線で繋がったヘッドフォンから自分が手掛けたメロディが流れて来る。

始めに歌う曲は前世で誰もが知っている名曲中の名曲『Imagine』からだ。



「――――――――――」


この曲は、オリジナルではピアノで弾かれていたものだけど、ボクはギターをメインにして21世紀らしい現代風にアレンジしていた。

曲というのは、誰が何を使って弾くか、誰が歌うか、どんな解釈・曲調で演奏するかで歌詞が同じであっても全く別の物に変化する。

専門家やファンの中では『それも良い』と思う人もいれば、否定的に思う人もいる。

でも、ボクは音楽に携わるパフォーマーという存在はどれだけ多くの人を魅せることが出来るか、ニーズに応えられるか、時代に合っているか、ということも大切なのではないかと思っている。

そういう意味では、ボクの中にある音楽という概念もまた『完全なる自由』ではないのかもしれない。


それはまるで、この世界の真理と同じではないだろうか。

本当は天国も地獄もなくて、空は広がり、ボクたちは大地に縛られている。

将又はたまた、それは人の営みによって作られた社会かもしれない、経済なのかもしれない。それとも家族だろうか。

人は生きて行く上で、色んなしがらみというのは自然と生まれ、気付けば雁字搦がんじがらめにされている。本当の意味での完全なる自由なんて何処にも有りはしない。

でも、それはさ…………



「今を生きているって」


――いう事なのかもしれない。


今歌っている曲も、この後に歌う曲も、結局は今を生きる人に向けた楽曲になる。

そこには過去の人も、未来の人も考慮されていない。



「――――――――――」


ボクは機材を通して映し出されるプロジェクターの文字に目をやりながら歌声に魂を乗せて歌っていく。

先程の緊張なんて嘘だったかの様にボクは歌うことに集中していた。

この後、『Happiness is here』、『Permission to Dance』、『Butter』、『Save You Tonight』、『Never Give Up』、…………と続き、最後には『Better Days』を歌う。


随分と豪華なラインナップだと自分でも思う。でも初回投稿に、どれだけインパクトのある曲を出せるかと考えると最強の布陣じゃないかなと思ったんだ。



この中で一番大変だったのは『Happiness is here』だった。

この曲は、前世ではとある遊園地のCMで流れていた物だ。

ボクはこの曲がToutuberとして音楽活動する自分のコンセプトに合っていると思い、今回の初回投稿に持って来た。

ただ、元々の歌詞がこの世界だと合わない点が多く、歌詞の8割近くの差し替えを余儀なくされた。

兎にも角にも言葉のチョイスやメロディのバランスまで考える必要があったから、滅茶苦茶頑張った。

そもそも、この日本、延いてはこの世界には残念ながらネズミーランドがない。

歌詞の差し替えは自分で幾つも用意したけど、何度も失敗を繰り返し、最終的に13回目で漸くマッチした。

正直、この1曲で大幅な時間を割き、何度も頭を抱えたけどクオリティーを落とさずに良いものができ上がった。



洋楽における有名所というのは和訳にされた歌詞を見れば分かるけど、恋愛系のものが特に多い。

中にはセクシャル18禁なフレーズがあったり、『君しか見えない』『君を抱きたい』『他は遊びで、君が本命だよ』とか。


この世界では、女性が男性に告白するのが一般的だ。

ナンパと言えば、男性がするものではなく、女性がするものである。

攻防が逆というか何というか、前世で『あなたを抱きたい』とか女性が言うなんてありえないでしょ? でも、この世界ではそれがあり得るんだ。

だから、歌の詞とは言え、この世界だと男性が『クラブでナンパして、今日も可愛いと夜を過ごす』とか歌ったら自らビッチ宣言しているようなもんだ。


一方で『君を思って、今夜も眠れない』とかは、純愛な感じでピュアな気がする。

もし片思い中の女の子に『あなたを思って、今夜も眠れないわ』とか言われたら嬉しくないかな? それと似たようなものだよ。



今回の選曲では出来るだけ無性というか、中性的なものを選別し、恋愛的なフレーズはマイルドに修正した。

出来るだけ頑張っている女性のエールになればと思う。


この世界の女性たちは、本当に頑張っている人が多い。


競争社会の中で生きるとはどういう事か、今世では男性生活支援金を貰っている分際のボクだけど、前世の記憶から知っているつもりだ。


子どもには子どもの苦労が、親には親の、学生には学生の、社会人には社会人の…………。


その苦労が少しでも晴れてさ、1人でも多くの人が前を向いて歩けるようになればって…………。


誰だって自ら苦労なんてしたくないし、傷付きたくなんてないんだ…………。





◆◆◆◆◆





この日、ボクの収録は休憩を何度か挟んで1時間程で終えた。

個人的には、非常に満足のいくものが撮れた。

ボクは自分が投稿する動画がどんな反応が得られるか楽しみにしつつ、何度も確認作業をしたり、気持ち的にバックコーラスを入れたくなったりと手を加えていたら、結局20時に投稿する事になった。

連日連夜の長時間に渡り音楽活動に取り組んでいたボクは、緊張の糸が切れたようにベッドで爆睡し、数日かけてゆっくりと休むのだった。




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