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第二章
025:動画投稿の準備に掛かる(4)
しおりを挟む【Side:主人公】
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
歌い終わってみれば、たったの5分程度。
時間にすればあまりに短い。
でもボクは、必死に空気を吸い込み肩から息をしていた。
「ふぅ、ふぅ、すぅ~はぁーー。…………疲れたぁ」
たったの1曲しか歌っていないにも拘らず、まるで長時間歌ったような疲労感を覚えた。
加えて酸欠状態なのか、頭もどこかボーっとしていてピアノ椅子から立ち上がろうとすれば足元が覚束ない。
「ウッ、……駄目だ、気持ち悪いッ、ちょっと横に…………」
ボクは酷い吐き気が込み上げて、フローリングの上で横になった。
恐らく一時的な体調不良だと思う。時間が経てば元気になるだろう。
ボクはスマートウォッチを外して静かに瞼を閉じた。
『これで男性護衛官にMアラートが発信される事はない筈…………』
また彼女等が家の中を破壊して突撃して来られても困る。
身体の中にセンサーやら、発信機でも埋め込まれていない限り、これで心配ないだろう。
『それにしても、さっきの弾き語りは良かったんじゃないかな?』
右手で目を覆い真っ暗な世界の中にいると、自分が今し方まで歌っていた時のことが思い浮んだ。
まだ収録したものを確認していないけれど、間違いなく良いものが出来た気がする。
『これが歌の才能…………。前世と比べれば雲泥の差、だな…………』
歌が上手い人たちは、皆あんな感じに歌っていたのだろうか。
あれ程、自分が思った通りに超精密操作ができたのは今回が初めてだった。
正に変幻自在。声質や声量など、自分が望むと通りに素直に発声できた。
『前世でボイトレ教室に通っていて良かった…………』
歌い方をしっかり学んでいたお蔭で歌唱技術『だけ』はボクは持っていたんだ。欠陥を補おうとしていたからね。
人生、後で何が役立つかなんて本当分からないなぁ。まさか、こうして来世で漸くその真価を発揮できる機会に恵まれたんだから。
後で、収録したカバーを聞くのが楽しみだ。
『少しだけ眠ろう。疲れた…………』
頑張り過ぎて、身体は相変わらず怠くて体調が悪い。
しかし一方で、自分の心は達成感や満足感、幸福感なんかで満たされていた。
◆◆◆◆◆
次にボクが目が覚めた時、時刻は既に深夜を回っていた。
どうやら10時間以上も気絶していたらしい。
でも、身体はもうスッカリ良くなっていた。
「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。現在、マイクのテスト中なり~」
「ボクの名前はToE! これからToutuberとして頑張ります!」
「好きな食べ物は肉まん。好きな果物はリュウガン。スリーサイズは上からストーン、ストーン、ストーンです。これからは石の様に頑丈な肉体へと鍛えて行く予定です。目指せシックスパック!」
これは適当に話しているだけで、別に自己紹介動画の収録でも何でもない。単に機材で遊んでいるだけ。
そもそも、素人は有名芸能人とは違い、下手に自己紹介動画は出さない方が良い。少なくとも初っ端からは要注意だ。それが原因でチャンネル人気が上がらない場合もあるんだよ。
始めは、動画のクオリティーで勝負するのが王道なり。
「よし、声の調子は問題なし!」
この後はドンドン作曲して歌い、動画投稿していく予定だ。
投稿初日には最低でも10曲は一度にまとめて公開したい。
ボクの場合は男性だから、チャンネル人気が出やすいみたいだけど、念には念を入れる。
動画数に関して、本当はもっと増やしたいけど、どうしても時間が掛かるから、追加は適宜完成次第かな。
『やっぱり、歌うなら日本語のものは止めておこう』
世界中の人に自分の歌を聞いて欲しいなら、英語の曲の方が絶対に良い筈だ。
『最初は前世の洋楽か、邦楽を英語バージョンにしたものを投稿しようかな。それでどんな反応を得られるか、一度様子を見て、ちゃんと分析して次に活かしていこう』
自分がToutuberになる目的を達する上で、最も参考になるのは日本から近い某国だろうね。
前世では、某国のアイドルやアーティストは日本より世界的に注目され、相応に高く評価を受けていた。
その大きな理由は様々な言語、特に英語の曲を積極的に用いていたからだ。
ビジネス的な話だけど、日本は1億2000万人くらいの人口がいるから、アイドルやアーティストは態々世界を意識しなくとも内向きな姿勢でビジネスが成り立つ。その結果、良くも悪くも世界的評価を受け辛い環境を構築してしまっていた。
一方、某国の人口は約5000万人程度。英語圏の人口は15億人を優に超える。
某国だけでは需要が高が知れているから、小さな市場より英語圏をターゲットにすれば大きな利益が見込める。
だから、某国のアイドルやアーティストは日本と違い英語の曲歌う事が多いんだ。
また、アイドルの歌唱力やダンスにフォーカスすると、某国と日本ではレベルが大きく違う。
某国のアイドルたちは世界を意識して芸能活動に取り組み決して妥協しない、厳密には『妥協が許されない』環境が構築されていた。それゆえに、日本のアイドルと比較したら間違いなく、某国のアイドルの方がより凄かった。
日本でも歌が上手い人やダンスが上手い人というのは存在し、当然世界レベルで戦える人もいたけれど、日本の取り巻く環境が良くなかった。
本職とは関係ない各事務所間のパワーバランスなんかの影響を受けやすく、一過性の人気でさえ中々手にする機会に恵まれない。
Toutubeの誕生によって、数多くのパフォーマーは一躍日の目を浴びる様に急浮上したけれど、彼等・彼女等はいきなりそのようなパフォーマンスが出来るようになったわけじゃなくて、元々それだけの努力を重ね、ポテンシャルを持ち、それでも取り巻く環境によって燻っていた人たちだったのではないかとボクは思っている。
「それにしても、本当に良い歌声だなぁ…………」
自分の歌声に惚れ惚れとして自然と頬が緩む
こうして収録したカバー曲を再生すれば、非常にクオリティーの高い物が出来ていた。
『これは幻聴だろうか。妄想だろうか。夢なのかな…………?』
収録前、歌の才能があればと強く願っていたけど、そんな生半可なものじゃない。
ボクは『超特大』のものを持っていた。
これが本物か否か、それは視聴回数という数字が証明してくれることだろう。
今回の『Somebody to love』の歌詞はこの世界には合っていないから投稿する予定はないけど、初歌記念としてプライベートフォルダーに確りと永久保存しておく。
「さぁ、ここからだよーッ! しまってこうー! バッチ来ーい!」
自分の歌声がどんなものか分かった今、ボクはヤル気が漲っていた。
『初めのスタートダッシュが、肝心なり! ムッフーー』
別に前世では決して超有名な人気Toutuberではなかったけれど、自分の分析だとそう思う。
こうして、ボクは初回投稿から全力で駆け抜ける思いで作曲活動に取り掛かるのだった。
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