音楽無双――おかしな世界に転生したボクはSランク

結木 夏音

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第二章

024:動画投稿の準備に掛かる(3)

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【Side:主人公】


『気分的に、ピアノかな。うん、この子で弾き語りをしよう』


本当は買う予定にはなかったけど、ボクはオークションで『グランドピアノ』を安く買っていた。

ピアノは、本来中古では絶対に買わない方が良い。

確りとした定期的なメンテナンスが必要な物だから、例えハイブランドの物でも中が痛んでいる事が多いんだ。

今回に限って言えば、運良く状態の良い物が出品されていた。

まぁ、爆買いしている勢いでついついポチった感も否めないけどさ。


ちなみに、ボクはこの子に『ジェローニモ』という名前を付けた。

他にも『ミケランジェロ』や『ステファニー』、『シュナイダー』とか色んな子が我が家に来てくれたけど、どの子も簡単な点検だけで、演奏らしい演奏は未だしていない。




『ピアノは激しくなければ、大丈夫かな』


今の自分の手を見て、そう心の中で呟く。

今後の成長に期待だ。難易度の高い演奏をするには、ある程度は大きな手がいるんだ。



「さぁ、楽しい楽しい音楽の時間だ。頑張ろう!」


ボクはそう言って勢い良くグランドピアノに被っていたカバーをめくり上げた。

今回の演奏ではカメラは横に1つだけ準備した。



『今できる、自分の最高を…………』


調節したピアノ椅子に座り、ペダルに足をのばす。

スタンドの首を動かして口元にマイクを近付ける





◆◆◆◆◆





「すぅーはぁ~~~」


「すぅーは~~」


「……………」


ボクは大きく深呼吸して、表情を引き締めた。

これから歌う前に、自分の演奏に問題がないか確認作業をする。



「ジェローニモ、よろしくね」


ボクはピアノの鍵盤に指を乗せた。

前世の感覚と今の感覚を確かめるように『ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド』と右手でゆっくりと弾いていく。



少し難易度を上げて、左手も交えて弾いてみる。

パソコンのタイピング感からも思っていたけど、指は思ったよりスムーズに動いてくれる。手首も大丈夫そうだ。

もし柔軟性が損なわれていたら、奏でるメロディーはもっと汚くなっていた筈だ。




『なんとなくだけど、この曲を弾いてみよう』



ここからは頭に浮かんだ、壮大な曲を演奏をしてみた。

始まりは静かに入り、少しずつ世界を広げていく。決して暗い曲調のものではない。


寧ろ、じんわりと心に響く温かなものだろうか。

長閑な雰囲気が漂う、どこまでも広がる広大な草原――そんなイメージが抱く。


この曲を初めて知ったのは偶然だった。

動画サイトで著作権フリーの『作業用BGM』として投稿されていたんだ。

前世で初めて聞いたとき、この幻想的な輝く音色や世界観に一瞬にして虜にさせられた。



『もっと上手く弾けるだろ?』



ボクが視線を上げて普段通りに演奏し始めると、ミスタッチが出始めた。

やはり前世の時とは違うのだろう。

腕の長さや手の大きさ、指の太さなんかが違えば、当然に指運ゆびはこびする距離が変わってくる。

パソコンと違い、指の位置は数㎝単位でズレが出ていた。


だけど、流石はチートボディー。適応能力が半端じゃない。

演奏でミスをすればそれを学習し、明らかにどんどんミスタッチは減っていった。



『良い感じだ…………』


演奏が前世のピアノの音色に近付いていくのを実感する。

鍵盤を叩く指の力も十分だ。

奏でる旋律の一音一音が初めの頃に比べれば、とてもクリアに聞こえてくる。



『もっと深く、深く、深く…………集中して』


ミスタッチがなくなり、魂が乗ってきたボクは肩を揺らして全身で演奏してみた。

すると、メロディーもボクに合わせて更に素晴らしい音色を響かせていった。

光輝く音の粒が部屋の隅々まで満たしていくのが分かる。



アレンジを入れてアップテンポになっても、指は絡まることなく、ボクの思った通りにメロディーを刻んでいく。

左手で、音の深みを上げていく。しかし、決してこの幻想的な調和を崩さない。


耳に届くメロディーは心地よい物であるように、優しく、優しく、優しく…………。



『あぁぁ………やっぱり音楽は良い物だ』


前世ではボクにとって音楽とは生きる希望だった。

残念なことに歌の才能は無かったが、ボクの荒んだモノクロの人生をカラーに変えてくれたのは音楽だった。

何だか、このまま歌いたい気分だ。本当はこの後にボイトレして、それから弾き語りをする予定だったけど、もうどうでも良い気がしてきた。



『歌おう。心の赴くままに』


ボクは曲と曲を自然に繋げて別の曲へとシフトさせ、メドレーにした。


これから弾くのは、前世では世界的に有名だった名曲中の名曲――『Somebody to love』だ。

前世ではこの曲を恋愛曲として解釈し、邦題は『愛にすべてを』となっていたが、歌詞には人生での葛藤や強い願いが込められていた。


人間は誰しも、生きていればすっぱいもあまいも色々な経験をする。

そこには国籍や国境なんてものは関係なくて、世界中の人々が心に何かを抱えて必死に生きていた。

ボク自身も前世で様々苦労や孤独な日常というのを経験した。

時に泥水をすすり、黒色に染まった負の感情を呑み込んで、『生きる意味』を考えさせられた事なんて幾らでもあった。


転生した今、こうして新たな『生』が与えられているのは何故なのか、未だ答えは出ていない。

もしかすると『神』なんて存在が本当にいるのかもしれない。何かをしてくれたのかもしれない。


分からない……。

どれだけ考えても分からない。祈った所で返事が無いことくらい分かっている。


でも、『神』がいるのだとしたら、前世の分も含めて色々と言ってやりたいことは沢山ある。


だからだろうか、今無性むしょうにこの曲――『Somebody to love』――が歌いたいと思った。



『この曲の歌声に、本気で魂を宿らせるんだ………ッ』


心の熱量は沸々と込み上げて最高潮に達したッ。

頭の中は、何処までも自分勝手なイメージが広がっている。

でも、決して乱暴であってはいけない。

ボクの第二の人生で、初めて歌う1曲目。



『お願いだから、ボクの求める歌の才能があってくれ!』


ボクは目を閉じて憑依された様に演奏する手は止まらず、純粋に歌う事に集中出来ていた。





「――――――――――ッ!」





歌った瞬間、ボクは良い意味で裏切られた。

まるで雷に打たれた様な大きな衝撃が、ボクの全身を駆け巡った。




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