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第一章
015:我が家へと帰ります
しおりを挟む【Side:主人公】
アイドルのライブ放送を見た翌日、晴れてボクは今日退院する。
気分は宛ら卒業式という感じであろうか。今世では一度も経験した事はないけれど、前世の記憶に基づけば、それに近い気がする。ただ、学校の卒業式に比べれば、周囲は大変不穏な状況であった。
ボクはベッドの上で体育座りをしながらボーっとする。
『単に家に帰るだけなんだけどなぁ。何でこんな事になっているのだろう…………』
病室内では黒服のスーツを着こなし、サングラスをかけた護衛官たちが厳戒態勢を敷いて空気が非常に張り詰めていた。
まるで某映画の大統領暗殺でも阻止する本気具合だ。
窓の方ではカーテンの隙間から外を伺って、狙撃手でもいるかのように何かを警戒している人までいる。
『ボクは誰かに狙われているのかな?』
自分はSランク男性ではあるけれども、飽くまで一般人に過ぎない。
『この警戒レベルは過剰やしないだろうか!』
ボクがこの状況に耽っていると傍にいた三宮先生が声を掛けて来た。
「ハルカ君、忘れ物はないかしら」
「大丈夫です、三宮先生」
今回に限って言えば、絶対忘れ物なんてあり得ないと断言できる。
男性護衛官の皆さんが積極的に荷物をまとめるのを手伝ってくれて、三宮先生が席を外している間に忘れ物がないようチェックまでしてくれていた。
ボクが今持っているのはスマホだけで、殆どの私物は既に自宅に配送してくれている。
「これからお家に帰るけど、寂しくない? このままずっと病院に住んでも良いのよ」
「ボクには家に帰って、やらなければならない事があるのです」
正直、寂しくないと言えば嘘になる。変な話だけど、それだけこの病院での日々は良いものだった。
でも、病院という施設は健康な人間がいつまでも望んで居座って良い場所じゃない。いずれは出て行くものだ。
それに、ボクには家に帰って浄化作業という大変重要なお役目がある。ボクはそのことを1日たりとも忘れた事がない。
「三宮先生、この3週間大変お世話になりました」
「ぅぅぅ、………またいつでも病院に来てね」
涙声でそう言ってくれた三宮先生にボクは無言で頷き返す。しかし、内心では『もう結構です』と声無き返答をしていた。
誰が好き好んで全身隈なく調べられたいだろうか…………。
病院に来たら、また検査漬けの日々が始まる。今回の入院生活でそれが精神上キツイものであることをボクは身をもって経験した。
「最後に握手しましょう」
女性からこのような事を言えばセクハラだけど、男のボクからなら問題ない。
「また、いつかお会いできる日を」
ボクは最高の微笑みを添えて三宮先生に右手を差し出した。
「はぅぅぅ…………また絶対に会いましょッ!(ガシッ)」
別に痛いわけではないけれど、両手で包み込む様に確りと握られてしまった。感極まっているのか、三宮先生は中々ボクの手を放してくれない。
前世でも学校卒業時の別れは惜しむものだった。これは仕方ない事だ。
数分ほど手を握り続け、三宮先生との別れが済んだ時、病室のドアから『コン・コン・コン』とノック音が聞こえた。
ボクが返事をしなくとも、ドアの前にいる男性護衛官の人が外の人を確認して病室に青山隊長を招き入れてくれた。
「三井君、外に出る準備が整いました。この後、我々について来て頂いて、裏口より病院を脱出します」
「ありがとうございます、青山隊長。お手間をお掛け致しますが、自宅への護送よろしくお願い致します」
「我々の職務ですので、お気になさらず。では向かいましょう」
「はい」
ボクは病室を出る際、三宮先生に振り返って最後にもう一度、「ありがとうございました」と感謝の言葉を伝え、頭を下げた。
男は軽々しく頭を下げてはいけない為、前にちょっと注意を受けたけど、最後くらいは大目に見て欲しい。
こうしてボクはここ最近お世話になっていた病室を後にした。
病院の裏口へと向かう途中、エントランスから吹き抜けになっている場所を通ったのだけれど、上階層から見える光景は沢山の人でごった返していた。これでは正面入り口は使えないだろう。
「あの人集りは一体…………?」
「スタッフの誰かから、どうやら三井君の情報が漏れていたようです。ちなみに我々の方で正面玄関から出るという欺瞞情報を流し、裏口の方は安全経路を確保してあります。このまま気にせず、我々について来て下さい」
ボクの何の気なしの呟きに、青山隊長がそう答えてくれた。
ここから見える雰囲気からして、誰もが危害などを加える為に集まったというよりは、男を見たくて集まったって感じがする。
いつの間にかボクはスターにでもなっていたのだろうか。まるで空港に有名人でも来たかの様な混雑具合だ。
ボクは青山隊長の後ろを歩き、足早に裏口へと向かった。
そして、外に出てみた時、ボクは驚きのあまり口をポカーンと開けてしまった。
「…………これは、リムジンですか」
「左様です。加えて、防弾車に改造したテロ仕様ですので御安心下さい。さぁ、中へ」
青山隊長がそう呟くと同時にリムジンドライバーは完璧な所作で車のドアを開けてくれた。
これから乗る長い車体のリムジンの前後には8台のクラウンが並び、白バイまで複数止まっている。
『なんで今回はこんなにもVIP待遇なのだろう』
しかも、このリムジンはテロ仕様だという。もうリアルで某国の大統領御用達の物と同じではないだろうか。
『本当にこのまま乗って良いのかな?』
今のボクはゆったりとした私服にサンダルなので、ドレスコード的には完全にアウトな服装をしていた。
こんな恰好でリムジンに乗るのは多少の羞恥心を抱く。
今まで外に出掛けた事は両手で数えられるくらいしかないけれど、ここまで豪華な対応を男性護衛官からして貰ったのは今回が初めてだった。
「その、よろしくお願い致します…………」
ボクは青山隊長から言われる儘にそそくさとリムジンに乗り込んだ。
今回の護送では男性護衛官の方で色々計画を立てて下さっているみたいだし、質問なんかして下手に時間を消費すると彼女等に迷惑を掛けそうだからね。まぁ、思考を放棄したともいえるけど…………。
ボクが車内に入ると自分の為に態々準備された物なのか、テーブルの上にはお菓子なんかが山盛りに置いてあった。
『お菓子判定といい、ボクはこの国からはお菓子大好きっ子とでも思われているのだろうか…………』
お菓子判定のお仕事について、以前までのボクは一切苦に感じていなかったけれど、前世の知識がある今のボクは糖尿病が恐くてそのお仕事をそろそろ辞めたいと思っている。
『あるかどうか知らないけれど、ラーメン判定とかに変えてもらえないかな…………』
前世では仕事帰りや飲み会帰りにラーメンをよく食べてたんだよね。ラーメンならいくらでも食べられるのに………太るかもだけどさ。
ボクは借り物の猫のようにチョコンと高級な座席に座っていると、青山隊長と8人の男性護衛官が同乗して来た。皆が席に着いて間もなく、リムジンは我が家に向けて出発した。
初めて乗ったリムジンは、エンジン音がとても静かで走行中の揺れすら感じず、まるで氷の上でも滑っているかのようにスーっと走っていく。
車内の窓はカーテンによって完全に閉められているので流れる景色を楽しむことは出来ないけれど、青山隊長や他の男性護衛官の接待を受けて、ボクは大変気分よくお菓子やジュースをモリモリと飲食してしまった。
この時のボクは先程まで糖尿病とか、どうのこうのと思っていたのをスッカリ忘れていた。
『これはアレだよ。…………キャバクラみたいだ!!』
実際、ボクは前世で行ったことがないけど、それくらいにリムジンに乗っている此の一時はお城のお殿様みたいにチヤホヤされて楽しかった。
「三井君、さぁさぁ、このお菓子も美味しいですよ」
「ハルカさま~、こちらもどうぞ~」
「ハルカ君、このジュースをどうぞ」
「ハルカきゅん、可愛い~♥」
「ハルカ様、こちらも是非」
「ハルカさま~、もう一献♥」
「ハルカ様、………………」
「ハルカ君、………………」
「ハルカ君、………………」
「ハルカ君、………………」
「……………………………」
「……………………………」
気が付けば、勧められるが儘にお菓子もジュースも『全部』食べてしまった。いけない子だよ。Σ(*º △º) ハッ!!
これが接待で失敗する男の末路よ…………。
家に帰ったら、お役所の人にお菓子判定を変更できないか相談しておこうとボクは決心するのだった。
◆◆◆◆◆
【Side:男性護衛官の青山隊長】
リムジンの中で三井君の接待をしていると、呼び出しのバイブレーションに気が付いた。
サッと上着の内ポケットからスマホを取り出す。
「こちら、青山だ。どうした?」
今、この場は非常に盛り上がっている。出来るだけ此の空気を壊さないよう、私は小さな声でスマホに囁いた。
『およそ10分で目的のマンションへと到着します』
「承知した」
『…………あの』
「ん、どうした? 他にも何か報告があったか?」
『………その、ハルカ様は今どのようにお過ごしでしょう』
自分の視界に三井君を捉えて、思わず口角が上がった。
左手で口元隠すが、ニヤつきが止まらない。
ククク、………成る程。
そういえば、外の連中は共にリムジンに同乗したい者ばかりだったな。
だが、外の連中は抽選で落ちた者たちだ。
この中で私だけが抽選なんてものをせずに隊長権限でこの特等席を掴み取っている。
建て前は所謂、スポーツの審判みたいなものだな。
前回の反省を活かして部下が暴走すれば止めに入り、任務が完了するその時までは私は決して彼の近くから離れるわけにはいかない、という感じだ。
「はい、ハルカ君。あ~ん♥」
「あ~ん、もぐもぐもぐ…………」
「ハルカ君、喉に詰まったら大変だわ。ほら、この青りんごジュースでゴックンしよう♥」
「ありがとうございます。あ、そんな……じ、自分で飲めまふょ」(((//ω//)))!
「まぁまぁ、気にしない気にしない。ほら、ゴックン、ゴックン♥」
「………ゴックン、ゴックン。ぅぅぅ、ありがとうございます、お姉さん」
私は彼の真正面に座っているので、リンゴのように頬を染める彼の顔を確りと見ることが出来る。
やはりここは最高の座席だ。多くの部下たちからは怨念の如く散々批判を受けた甲斐があったというもの。
「今、彼は食事中だ。こちらは恙無く任務遂行中。外の警戒は頼んだぞ。お前たちの頑張りが今回の任務の要だ」
『はい、了解ですッ!』
スマホから随分と嬉しいそうな声が聞こえたが、まぁ仕方ないだろう。
男性の為に頑張れる仕事というのが我々男性護衛官の醍醐味だからな。
さて、この貴重な時間も残り僅か。
私だって女だ。出来るだけ彼の様子を見ていたいし、色々なお話をしたいのだが、最低限仕事もしなければならない。
「三井君、申し訳ないのですが少々良いですか?」
「もぐもぐ、ゴックン…………はぃ、どうかされましたか?」
『ズビシッッ!!…………』
ぅぅぅ、………なんということだ。そんな赤らめた顔で首を傾げて上目遣いするなんて、御馳走、ではなくて……即刻止めるんだ。
心の奥深くまで楔が打たれたように胸が締め付けられて、キュンキュンする。
彼はSランク男性で綺麗な顔立ちをしているが、セクシーさもあって性的興奮を抑えるのがキツイ。なんとかこの試練を乗り越えなければ。
私は必死に平静を装い、彼に今後のことを話す。
「も、もう直き、目的のマンションに到着します。……現地では事前に安全経路を確保する手筈になっておりますが、到着後には今一度、現地に一切の問題がないか……我々で再確認する予定です。その間、三井君はこの車で暫しお待ち頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「わかりました。大丈夫ですよ!」・*:.。(*´▽`*):.*。・*ニパー
なんと眩い笑顔であろう。
部下たちは胸を抑えて辛そうにしている。
私も正直、辛い。意図せずして「はぁはぁ………」と息が上がっている。私が見た事のあるSランク男性は三井君だけであるが、他のSランク男性も彼の様に破壊力が凄いのだろうか……………。
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