音楽無双――おかしな世界に転生したボクはSランク

結木 夏音

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第一章

008:無双の幕開け

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【Side:主人公】


様々な検査を受けていたら、早2週間が経った。不貞寝したのは目覚めた日の1日目だけ。2日目からは食っちゃ寝生活をエンジョイして個人的に楽しく過ごしたよ。


ボクはこの日本で13年も生きて来たからね、男として引き籠り生活するのは得意中の得意、プロフェッショナルなのです。


だって、この日本での男子の義務教育は通信制が絶対で、家族からは『外は危険!』『家から出てはダメ!』と幼少期から刷り込まれて育つんだよ。だから、大抵の未成年男子は積極的に外に出ようとなんて考えない。


お買い物とかは家族が買ってきてくれるし、男だけが利用できる通販サイト――『The MEN』ではお金さえあれば大概の物は揃う。つまり、態々どこかの某勇者みたいに大冒険になんて出る必要がないんだよ。


だから、ボクも病院だろうと何処だろうと衣食住が満たされてさえいれば苦になんて感じない。

しかも前世の記憶を取り戻した今、この日本ではニュータイプなボクは他の男たちと違って此の引き籠り入院生活をよりエンジョイできていると思うんだよね。

なんせ………



「ハルカ君。はい、あ~ん」

「あ~ん。……もぐもぐ、もぐもぐ」(*´ω`*)テレテレ


「もう一口食べよう。はい、あ~ん」

「あ~ん。……もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。ありがとうございます」( 〃ω〃) ポッ


こうして三宮先生に美味しいリンゴを『あ~ん』して食べさせて貰えるからね。

彼女はボクの専属ドクターとして初日の印象はあれだったけれど、今ではこうして打ち解け合い、『あ~ん』をして頂く仲になった。

今でも朝・昼・夜の食事は全て三宮先生の手作り料理を食べている。

ボクがこうして美味しそうに食べていると三宮先生は凄く幸せそうなんだ。未だに「はぁはぁ………」って興奮したような声が聞こえる時もあるけど、先生にとってボクは息子みたいな感じで凄く良くしてくれている。


でもこれだけ仲良くなっても、ボクは三宮先生の顔を未だに知らないんだよね。だって、相変わらず『宇宙服』を着ているんだもん。勿論、頭を完全に包んだヘルメット付きでね。

仲良くなった事でボクは三宮先生にんだけど、男性の部屋に行く際には必要な装備としてで決まっているからなんだってさ…………。




そういえば、今食べている此のリンゴ以外にもボクの病室には、大きなフルーツの盛り合わせがボン・ボン・ボンと置いてあって、種類豊富に沢山の果物があるんだよ。

男性護衛官の青山隊長が先週お詫びに来た際、お見舞いの品として持ってきてくれたんだ。着替えなんかも態々持ってきてくれたんだよ。有り難い。



でも最初、綺麗な青山隊長がフラフラになって部屋に入って来た時には吃驚したなぁ。

以前に会った時とは一変して凄く顔色が悪くなっていたんだ。なんか、今回のボクの件でいろいろと大変な思いをさせてしまったみたい。

土下座する勢いで謝罪とかもされたんだけど、ちゃんと家や家具の賠償してくれるみたいだし、気にしないで下さいと言っておいた。

もし前世の知識が無かったら、ボクはあのとき窒息死していても奇怪おかしくなかったと今でも思ってる。あの時、自分の生死は間違いなく1分1秒を争う時間との戦いで、多少強引でも早さ優先の救助が必要だった筈なんだ。

だから、壊した物を元に戻してくれさえすれば許すべきだと思ったんだ。それに、今回ボクが入院する事になった件もちゃんと補償しくれるみたいだから、それも許します。これにて一件落着。柴田さんも無罪です。男性護衛官の皆さんとは今後も上手くやって行く予定だよ。





◆◆◆◆◆





「ん? どうかしたの」

「……………三宮先生、今日は天気が良いと思いませんか」

「雲一つない、気持ちの良い快晴だからね」

「フルーツはもう大丈夫です。お腹が一杯になりました。少々、外に行きたいのですが、よろしいですか?」



ボクは真面目な表情で空を眺めながら穏やかな声でそう呟いた。

前世の記憶を取り戻し、この病院に来て、こうして過ごす中でボクはやはり以前と違う人物になった気がする。

自己の考え方が以前に増して深くなった。それは結果的にこの日本での生活で刷り込まれた洗脳の皮を剥いでくれた。



「………………」



三宮先生の沈黙は至極最もなんだ。なんら奇怪おかしくない。

未成年の真面な男であれば自発的に外に出ようとはしないからね。

仮にそんな男がいたとしてもボクなら信用しない。だって、何を仕出かすか分からないんだから………。



「お約束します。ボクは他の男たちのように暴れる事も、暴言を吐く事も、他の患者さんの迷惑になる事も、一切致しません」



人とは、たった2週間という期間の中でどれ程の信頼関係を築けるのだろう。

実は他の男たちのせいで、未だにボクは多くの医療従事者の方々から多少の警戒心を抱かれているんだ。こうして仲良くしてくれるのは三宮先生くらいだ。


彼女の姿からでも見て分かる様に、病院では男に対して相当な配慮がなされている。

彼女たちの博愛精神は本物だと思う。ボクは男たちがこれまでに散々遣らかして来たトラブルを今まで知らなかった。

病院で働く彼女たちは女性の中でも更に酷い差別や仕打ちを受けて苦労して来た人たちだったんだ。



「自分で言うのもあれですが、ボクって顔も声も中性的で、顔を少しでも隠したらどちらの性別でも通用しそうだと思うんです」

「ん~と、具体的に外と言っても何処に行きたいの?」

「この病院にあるという院内庭園に行ってみたいです」

「………院長に確認して来ても良いかしら?」

「勿論です。お願いします」


ボクは三宮先生に顔を向け、瞳を閉じて頭を下げた。



「ハルカ君、頭を上げて。こんな所を誰かに見られたら私がハルカ君に頭を下げさせているように勘違いされてしまうわ」

「また、やってしまいましたね。気を付けます」



知ってるかな?―――――医療従事者の人たちって、男に『ありがとう』とすら言われたことがないんだよ。

これまでにボクは検査を受ける度にお世話になった医療従事者の人たちに『ありがとう』と伝えたら皆『涙』を流して酷く驚くんだ。

後で三宮先生に教えて貰ったことだけど、どうやら初日のナースコールした際にもボクの知らない所で彼女たちは泣いていたんだってさ。


前世ではドラマなんかで患者さんが医療従事者の人たちに感謝の言葉を呟く感動的シーンがあったりしたけれど、この日本の医療現場、こと男が患者だった場合、彼等は横柄な態度で彼女たちに口汚く罵声を浴びせるのが大概らしい。中には傷害沙汰まで起こした男がいるそうだ。病気や怪我を治してくれた人たちにそんな事をするなんてハッキリ言って人格が破綻しているとしかボクには思えない。


ボクがこの病院に入院して2週間、その間に感じた違和感や不自然な物事の数々は、男性の主義主張を最大限に繁栄させた結果なんだって。

前世の価値観に基づけば、彼女たちの献身にそこまでする必要や価値があるのかと疑問を抱くかもしれない。でも、それは飽くまで前世の日本での価値観であって、ここは其処そこと似ているだけの別世界。常識が根本的に異なるんだ。



この日本では女性は性欲が強くて、性犯罪に手を染めてしまう人も確かにいる。でもそれは飽くまで一面に過ぎなくて、女性は男に尽くす事で超幸福感を感じる人たちでもあるんだ。

他の男たちが酷い人たちばかりなら、ボクだけは彼女たちの御方みかたでありたい。

幸いボクには前世の記憶があるからね、その価値観から出来るだけ多くの女性に優しくありたい。

この入院を通して知った様々な物事が、ボクにそうありたいと胸に刻ませた。





◆◆◆◆◆





十数分後、ドアから『コン・コン・コン』とノックする音が聞こえた。

ボクは「どうぞ~」と返事をすると、三宮先生が戻ってきた。



「ハルカ君、院長の許可が取れたわよ。悪いけど、この仮面をつけて」

「三宮先生、ありがとうございます。わかりました」


仮面はベネチアンマスクで、形状は顔上半分を隠す物だった。

藍色を基調として様々な模様が刺繍され、装飾なんかも随分凝っているように思う。

ボクは早速顔に着けてみた。



「どうでしょうか?」

「ふふふ、よく似合っているわよ」

「ありがとうございます。これって仮装用のですよね。何かで使ったんですか?」

「昨年の夏にあったちょっとした催しでね。実はそれ、院長の手作りなのよ」

「本当ですか、凄いですね!? 全然手作りに見えませんよ。これ程の逸品をお借りしても良いんですか」

「院長がハルカ君にあげるって、良かったわね。早過ぎた退院祝いだよ。外に出る際にはそれをつければ安心」

「後で院長さんの所に感謝を告げに行っても…………」

「私が確りと伝えておくわ。大丈夫」

「お手数おかけします」

「気にしないで、それより行きましょう。この総合病院で自慢の院内庭園よ。案内するわ」

「楽しみです。よろしくお願いします!」


ボクは先立って歩く三宮先生の後ろを付いて行った。

外に出ると温かな日差しと、柔らかく吹いて来る風を感じた。眩しくて、少しだけ目を細めるけど、その小さな視界に映る景色は非常に綺麗なものだった。

空は何処までも青く、様々な草花くさばなは太陽に照らされてキラキラと咲き誇る。まるで1枚の絵画のように調和が取れており、人の手によって確りと整備されている事が伺えた。


ボクたちはゆっくりと歩みを進め、庭園の中を見て回った。


「良い場所ですね」

「うん、私もそう思うわ。時々、ここで弁当を食べたりしているんだけど、この庭園って心が落ち着くのよね」

「身近にこんなに優しい緑に溢れた綺麗な場所があるなんて羨ましいです。思った以上に色々な方々がお越しになっているのですね」

「大体今の時間帯だと、そばにある高齢者施設から散歩がてらに来る人とか、入院患者さんが外の空気を吸いに来たりしているのよ」

「なるほど。今日のような日に近くのベンチや芝生の上で寝転んだら最高な気がするのですが、人が多くて出来そうにないですね」

「ふふふ、芝生の上で膝枕してあげようか?」


元独身28歳、現在進行形で独身13歳。

膝枕なんてそんなステキ体験は、これまでの人生で一度もした事が『ない』。

周囲の視線なんて気にしたら負けという素晴らしい名言が前世にはあった。


ここは宇宙飛行士コスの先生のお言葉に甘えても良いよね………(ゴクリ)。



「そ、それではお言葉に甘え――――」

「Why d……y…… ju……get it ッ!?」



ボクが話している途中に少し離れた所から甲高い声が聞こえた。

その先に目を向ければ白人の小さな少女とナースがいた。

少女は英語で必死に何かを伝えようとしているけど、ナースの人は首を傾げて困っているようだった。

ボクのいる所ではあまり明瞭に声が聞こえない。



「…………その、何かあったのでしょうか?」

「確かあのは……前にお母さんと病院に来てた『リディア』ちゃんね。ハルカ君、悪いけどちょっと行ってくるわ」

「…………はい」


鼻の下を伸ばさない様に気を付けて一世一代の気分で言葉を口にしていたのに、ボクの覚悟は虚しくも流れて行った。

ボクは肩を落として独り寂しく目の前のベンチに腰掛ける。心は冷えても、お尻は温かい。



『膝枕、ボクの人生で初の機会だったのにな…………』


そう心の中で呟くぐらいは仕方ないだろう。心に受けたショックはマリアナ海溝より深かいのだ。


ボクは宇宙服で弾む様に歩く三宮先生の背中をボケーっと眺め、その先にいる小さな女の子も眺めた。

綺麗な金髪と白いワンピースを着た女の子が照らされた緑の中にいると、本物の天使でも舞い降りたようにバエて見える。でもその容姿とは裏腹に、少女は酷く取り乱して何やら慌ててる感じだ。どうしたんだろう。



三宮先生が少女の所に辿り着くと、彼女と同じ目線になるようにしゃがんで何やら話をしているみたいだ。でも事態が収まる気配がない。

少女は拳を握って一層大きな声で騒いでいる。声が先程よりハッキリと聞こえて来た。

通訳が必要なのだろうか。取りあえずボクも少女の方にトボトボと向かう事にした。




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