音楽無双――おかしな世界に転生したボクはSランク

結木 夏音

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第一章

007:責任者の苦労と牛タン

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【Side:男性護衛官の青山隊長】


「隊長、例の病院から電話がありました。三井ハルカ君が先ほど目を覚まされたそうです」

「本当かッ!」


あまりの驚きと嬉しさなんかで、私は力強く机を叩き打ち、声を張り上げて立ち上がった。


ここ数日、不安感や罪悪感などが最高潮に達していたのだ。

彼を助けに行った筈の我々が、逆に彼の息の根を止める所だった。彼が目を覚まさなかったここ数日は本当に生きた心地がしなかった。

私は遅れて現場にやって来たが、隊長としてそんな事を言い訳にできるわけがない。



「彼の健康状態は? 向こうは他に何か言っていたか?」

「詳しくは検査待ちとの事ですが、現在の状態は意識がはっきりしており、本人は体調に問題ないと言っているそうです」

「そうか、良かったぁぁ…………」



ホッと息を吐いて、椅子に深く腰かける。

部下からの説明は更に続くが、それらの事など些細なものだ。適当に相槌を打って話を聞いていく。

凝り固まった肩の力が抜けて、やっと胸を撫で下ろすことが出来た。



「最後になりますが、検査時の我々の付き添いは不要で、面会は1週間ほど時間を空けてからにして欲しいとの事です。」

「………承知した。伝えてくれてありがとう」


報告を終えた部下が自分のデスクへと戻って行った。

私は両肘を机の上に載せて手を組み、目を瞑る。

今回我々は反省すべき点が幾つもあった。



男性護衛官はその名において、『官』という漢字が使われている様に、警察官や自衛官のような天皇陛下と謁見する機会を賜わる大変名誉な仕事だ。


数少ない『男』を守るという責任重大な仕事を御上おかみから託されている以上、我々護衛官は誇りを持ち全身全霊で職務に励まなければならない。


その職務上、自宅などへ突入することは間々ままあって、その際、どうしても扉や窓などを破壊せざるを得ない状況がある。



だがな、いくらなんでも今回は壊し過ぎだろぅ…………。

パソコンの横に置いてある今朝けさ方届けられた修繕見積書のせいで胃にでも穴があきそうだ。


柴田たちは一体どれだけ気合いを入れて現場に突入したんだ。

こんな桁数の賠償金額、一般人だったら生涯賭けたとしても払い切れない。


だが幸いにも我々は警察官ではない。男性護衛官の場合、Mアラートの呼び出しで生じた損害はあらゆるケースで国が代わりに払ってくれる。過失の大小が問われないのが唯一の救いだ。


ただ、上官からは散々搾られた。

未だパソコンでは始末書を何枚も提出させられる日々が続いている。こんなの始末書じゃなくて、もう反省文だろう。


寝不足だ。いい加減にゆっくりしたい。

私はそろそろ転職を考えるべきなのかもしれないな…………。

心身共に限界が近い気がする。



「隊長、来週のハルカ君の病室に行く際、何を持っていく予定ですか?」

「すまないが舟橋、代わりに考えてくれないか?」

「その、……隊長お忙しそうですもんね。分かりました、任せておいて下さい」


私が顔を上げて舟橋を見つめるとドン引きされた。

目の下の隈で人相が悪くなっている事くらい自覚している。

しかし、何もそんなにギョッとして後退る程か?



来週、謝罪で彼に会う前には健康状態が元に戻っていれば良いが………難しいだろうな。





◆◆◆◆◆





【Side:主人公】


ボクが病院で目覚めてから次の日の朝。


「おはよう、ハルカ君。さぁ、起きて~」

「うぅぅ、眠たいです~。……三宮先生、もう少し寝かせて下さい」

「ほらほら駄目よ~。起きましょう~。見て見て美味しそうな朝食ですよ~」


三宮先生に起こされたボクは強い眠気を感じつつも「おはようございます」と言って起き上がった。

ベッドの上にはテーブルが置かれ、その上に湯気の上がった朝食が準備されていた。

よく見てみると、ボクの知っている病院食とは…………違い過ぎる。

なんか牛タンステーキやトリュフサラダ、キャビアがトッピングされたフランス料理まである………。



「えっと、病院食じゃないですよね…………?」

「ふふふ、その通りよ。私が腕を振るって作ったの!」


三宮先生は胸を張って自信たっぷりにそう宣言した。ボクの耳には幻聴で『ジャジャーン』という効果音が聞こえて来た気がした。


よく分からないが、ボクの目の前にある食事は三宮先生が作って来たらしい――食堂のお姉さま方ではないのか。

明らかに病院食には見えないのでおかしいと思った。先生は朝から凄く元気そうに見える。



これが女性が男性から感じるという性欲以外のもう1つ、“超幸福感”なんだと思う。


先生が「さぁさぁ、食べて食べて~」と食事を促してきたので、ボクは料理を食べる事にした。

流石にこの料理を断ることは出来ないと思う。否、断れる雰囲気じゃない。

もし先生に尻尾があったら、きっと『ブォンブォン』と振り回して全力で楽しみにしているアピールをしていたことだろう。それ程になんか朝からテンションが爆上がりしているのだ。



「その、三宮先生、ボクの為に朝から料理して頂いたようでありがとうございます」


ボクは先ず彼女に感謝を伝えた。

朝に食べるには重たいと思うような料理もあるけど、見た目が凄く美味しそうだ。涎が溢れてくる。

昨日まで丸2日も食べていなかったとは思えないくらいにボクのお腹はグーグーと音を出し、目の前の食事をよこせと主張して来る。

この料理の数々を前に、ボクも食べないなんて選択肢は存在しない。是非、堪能させてもらいますとも。



「いただきます♪」


ボクはそう言って、いつもの様に手を合わせ、ナイフとフォークを手にした。

さて先ずは牛タンから食べみるか。



「グスッ………グスッ…………ぅぅ」

「えっと、三宮先生どうかしたんですか?」


ボクがいざ食べようとすると三宮先生からすすり泣く音が聞こえる。

精神的動揺を抑えて、彼女の方を見た。

頭に被っているヘルメットで顔は分からないけど、多分泣いているんだと思う。



「男性から、“ありがとう”なんて今まで初めて言われたわ」

「そうだったのですか………。目の前の料理の数々、本当に美味しそうです。ありがとうございます」

「グスッ………なんか、ごめんなさいね。さぁさぁ、気にせず食べて」



ボクは「はい」と返事して食事に手を付けた。



「どうどう、美味しい?」

「はい、凄く美味しいです!」


ボクの感想を聞いた先生の顔が一瞬強烈な閃光を発して輝いたような気がした。

まるでヘルメットがミラーボールの様に今なおカラフルに光っている気がするのだけど………これって幻覚なのかな。



「この牛タン、何処のですか?」

「仙台のものよ。“日本一美味しい牛タン”で有名な某店の物なの」

「そうですか……」


朝から日本一美味しい牛タンを食べられるなんて思わなかった。

前世では仕事の休日にワインと一緒に通販で買っていたのでボクは牛タンの味にはそれなりに分かる自信がある。

この牛タン、これまでに自分が口にしてきた物とは格が違う。

少なくとも数枚で8000円クラスの牛タンではない筈だ。



「この料理の費用は……」

「私の実費よ」

「なんか………ごめんなさい」

「気にしないで。さぁ、ハルカ君もっと食べて」


そういう三宮先生は本当に気にしていないようで、寧ろとても幸せそうな雰囲気を出していた。

なんか申し訳ない気分を抱きつつ、ボクは先生に促されて目の前の料理を食べていく。



このような豪華な料理を食べさせて貰っている分際に過ぎないボクだけど、ただ1つだけ言っておきたい事がある………。



「あの、そんなに見られていると食べづらいのですが!?」


三宮先生は先程とは打って変わって『はぁはぁ………』と言ってボクの食事中の顔をガン見しているのだ。

ヘルメットを被っていなければ、その表情は性的な興奮を隠せずに蕩けているんじゃないかな。


なんか全然落ち着いて食べられる状況じゃない。でも、これはボクが食費として支払うべき対価なのかな。


その後も三宮先生はボクの食事するところを興奮して見ていたのだった。




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