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第一章
006:白衣の女医に会いたかった
しおりを挟む【Side:主人公】
ボクは目をゴシゴシと擦る。幻覚でも見ているのかもしれない。
もう一度、ドアの方へ視線を向ける。
『プシュ~、スゥー、プシュ~、スゥー、プシュ~』
「………………」
幻覚じゃないみたいだ。なんで病院で宇宙服を着ているのッ!?
もしかして、感染予防用の防護服のつもりだったりするのかな。
呼吸音から察するに背中に積んでいるのは酸素ボンベかな。
取りあえず、ボクの方から挨拶してみよう。まるで宇宙人と初コンタクトを取るような気分だ。勿論、そんな経験ないけどね。
「は、初めまして、三井遥です………」
「うん、こうして話すのは初めましてよね、ハルカ君。君が三日前にこの病院に来てから専属ドクターとして担当する事になった『三宮 和紗』です。短い間だと思うけど、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします………」
頭に被っている半球状の強化プラスチックがマジックミラーみたいになってて、ボクの方からは相手の顔が一切見えない。
声から女性だと思うけど、一体どんな人なんだろう。
「先ず確認だけど、現在の体調はどうかな?」
「問題ありません。健康状態は良いように感じます」
「初対面で男の子にこんなことを言ってはあれなんだけど、少し診察しても良いかな?」
「構いません」
「ではベッドに横になって」
「はい…………」
何のコントなのか、ボクは宇宙服を着た女医らしき人物に診察された。
こちらから診察しやすいように服を少し捲り上げようとすると「男の子は無暗に脱いではダメだよ」と注意を受けちゃった。
何か服の上から胸に機械を乗せられたので何をしているのかと聞けば「心音を記録しているのよ」と言われた。
「ちょっと今からハルカ君の心音を聞くから静かにしててね」
「わかりました………?」
どういう事だろうと見ていると今し方ボクの胸に置いていた機械を操作し始め、先生が被っているヘルメットの中から微かに心音だろう音が聞こえて来た。Bluetoothか何かで記録情報を飛ばして宇宙服内で聞いてるらしい………。
なんか、前世の医者が行っていた診察と違う。普通にヘルメット外して聴診器を使った方が早くないかな。でも、そうすると男の胸に触れるからセクハラという問題があるのか。
宇宙服を着た先生の頭が時よりピコピコ相槌を打っている姿が何だか可愛く見える。
「ふむふむ、問題なし。ありがとう」
「いえ」
「それじゃ、この後の事について説明させてもらうわね。ハルカ君も男性だから知っていると思うけど、男性が病院に来た場合、全身隈なく異常がないか調べることが決まってます。既に寝ている間に出来る事は済んでいるけど、それでも検査する数はまだ残っているのよね。此方としてはハルカ君の体力を考えて数日に分けて行うつもりなんだけど、それで問題ないかしら?」
「大丈夫です」
「ありがとう、協力的で助かるわ」
ボクの明るい返答に先生は何処かホッとした様子を見せた。
男が病院に行かない理由には、このことも関係しているんだよね。
男性保健センターを通して来てもらうホームドクターと比べて、病院では『男』というだけで全身の健康状態を隈なく調べられる。それは法律で決まっている事なんだ。
現在の日本政府は全て女性で構成されているのだけど、男を大切に扱い、手厚い医療体制を敷いているつもりが超過保護過ぎて男は『病院』というだけで忌避感や恐怖感などを抱き、酷く嫌悪している。
例え病院に来たとしても、男は診察や検査中に精神的に耐えれなくなって暴れる人が多いとか。
だから、ボクが協力的な姿勢であることに先生はホッとしたんだと思う。
「そういえば、男性護衛官たちがハルカ君の家に行く前に、スマートウォッチから緊急警報のMアラートを受けたそうなんだけど、ハルカ君が意識を失う前って何かあったの?」
ふと今も腕に巻いているスマートウォッチに目が行く。
このスマートウォッチは防犯ブザーとかと同じく、国が男に転売禁止で無料にて提供している物になる。
ソーラー充電式で完全防水や防塵性能を備えている時計としての機能以外に、健康管理や外出先での電子決済等ができる。他にもデジタル化されたマイナンバーカードや資格の免許証・免状・証書などの情報も一括管理されていて、専用の機械に通せば様々な手続きが手間なく出来るようになっている。非常に便利で重要な個人情報の塊だ。
位置情報なんかは設定変更不可で常に男護組織に発信されてる。
前世の価値観に照らせば『モルモットみたいで人権が脅かされている』と思うかもしれないけれど、実際このスマートウォッチの緊急通知で助かった人は非常に多く、風呂であろうと何処であろうと必ず身に着ける事が男の中では当たり前なんだ。
まぁ、国が態々『男のみ』に対してこのスマートウォッチを『無料』で配っている状況から色々と邪推するかもしれないけれど、体の中にGPS発信機とかを埋め込まれないだけ十分人道的だとボクは思うんだよね。
「実はボク、大福を食べて喉に詰まらせてしまって、危うく窒息死しそうになったんです」
「そう、男性護衛官からはそれに対する応急処置をしたとは聞いていないわねぇ……。ハルカ君が自分で対処したの?」
「はい、掃除機で吸い取ったんです」
「随分思い切ったのね」
「男としてはどうかとも思いましたが、命には代えられませんから」
「そうね、その通りだわ。よく頑張った、偉いぞ~」
先生の右手が一度だけ上がったが何もなかったように下げられた。もしかすると頭を撫でようとしたのかもしれない。
家族でろう何であろうと、女性の男への接触は基本的に何処だろうとNGなんだ。まぁ、ボクは頭を撫でられたくらいで『セクハラ』なんて訴えるつもりなんてないんだけどね。
「そうだ、この容器を先に渡しておくわ」
「なんですか、この容器は?」
「これは『―――――』検査のものよ。時間が掛かると思うけど、できれば10日以内に提出してね」
「………………え?」
ボクの耳、急にバグッたのだろうか。服装があれだけど真面な先生かと思っていたら、非常に可笑しな検査をすると言われたんだ………。
そんな『検査』が本当に必要なのかな。これが多くの男たちが病院を嫌う最大の理由ではないだろうか。セクハラとは一体なんぞや。検査の為なら全てが合法化するの………?
ボクはだんだん先生が女王様か、宇宙人にしか見えなくなってきた。
13歳の多感な思春期の男の子になんて物を渡してくれるんだろう。
「牛乳とか入れちゃ駄目よ。ちゃんと『精子』を入れておいてね」
やっぱり、聞き間違いじゃないんだ………。
てか、牛乳って。過去にそれで誤魔化そうとした人がいたのかな、いたんだろうな………。
ボクが唖然としてその容器を凝視していると、気付けば女王様から直々にその容器を手渡されていた。
先生は「頑張ってね!」とボクを応援して、病室を颯爽と出て行った。
ボクの性癖にはSMは含まれてないよ………。
検査の為とはいえ、この病室で夜な夜な1人で寂しくマスをかけとは何たる羞恥プレイ。
ボクは検査で呼び出しを受けるまでベッドに横になり不貞寝するのだった
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