プレパレーション

9minute

文字の大きさ
上 下
70 / 75

第70話

しおりを挟む

 それから柊生とは連絡を取らないまま私は退院した。もちろん冬馬さんのアパートに戻った。

 冬馬さんのお母さんは気が済むまで居て良いと言っていたが、それでもいつかは出ていかないといけない。私は手術の日を境にこのアパートを出て行く事にした。

 それまでの間冬馬さんを思い出しながらお別れをしようと思う。

 葬式の日から数日経ってもまだ、ふとした時に自分の意志とは別に涙が溢れてくる。

 そろそろ涙も枯れそうだ。

 それに冬馬さんはきっとこんな姿見て笑っているはず。前に進まないと。

 ハロウィンも過ぎ、次はクリスマスが迫っていた。私が泣いている間も時間は過ぎていくし世間は勝手に浮かれている。

 柊生の気持ちか‥‥。

 言われてみると考えた事もなかった。
 当たり前にいて、当たり前に私の事が好きで、当たり前に離れていかないと思っていた。でも、今ではそんな柊生からも呆れられ始めている、愚かな女だ。

 柊生は私の事が嫌いになってしまったのかな。そう思うと急に寂しくなり気付けば電話をかけていた。

 しかし、出てはくれない。

 結局柊生がかけ直してくる事もなく数日が経過した。

 手術日前日になり、不安と心細さからダメ元で柊生にメールを送ってみる事にした。

「明日お腹の子とお別れするの。もし柊生がまだ私の事想ってくれてるなら一緒にいて欲しい」

 すると、返信がきた。

「俺がそこに行ってもいいの」

「うん」

「わかった」

 柊生に住所を送り、待っているとインターフォンが鳴った。

 ゆっくり玄関に向い、ドアを開ける。
 そこには心なしか痩せた柊生の姿が。

「柊生‥‥」

「寒い。入るよ」

 柊生が来た頃には日もすっかり暮れていて冷え込んでいた。

「うん‥‥」

 柊生が冬馬さんの家にいる。なんか変な感じだ。

「適当に座って」

 私がそう言うと柊生はソファに腰掛けた。

 柊生はずっと真顔のままで気まずい空気が流れていた。

 私は柊生の隣に座った。

「この前はごめんね。私柊生の気持ち考えてなかった」

「うん」

「柊生に言われて考えてみたの。柊生はいつだって私の事一番に考えてくれてたのに、私は自分の事しか考えてなかった」

「‥‥うん」

「明日手術が終わったら柊生の家に帰るよ」

「本当?」

 虚だった柊生の目が少し見開いた。

「うん。だから明日を境に前に進むよ。柊生の事を真剣に考える」

「ももちゃん‥‥。ありがとう」

 柊生はそう言って私を抱き寄せた。

「ありがとうはこっちのセリフだよ。本当はここにくるのも勇気いったでしょ?」

「俺はももちゃんが俺だけを見てくれるならなんでも構わないよ」

「柊生、好きだよ」

「俺もだよ」

 私たちは久しぶりにキスをした。

 その時私のお腹が大きな音を立てて鳴った。

「ももちゃんお腹空いてるの?」

「絶食だから夜ご飯食べてないんだ」

「それは辛いね。明日何か美味しい物食べよう」

 柊生にいつもの笑顔が戻った。
 そう、私はこの屈託のない笑顔が好きなんだ。

 その夜私たちは手を繋いで寝た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のどこがダメですか?

9minute
恋愛
私の人生どこで間違えたのか。 過去を振り返れば後悔ばかりの毎日。 その度に死にたくなり、自分を呪いたくなる。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...