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第59話

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 迷路のように何個もドアを抜けて向かった先は沢山の患者さんがベットに寝ており緊迫感が漂っていた。

 私は看護師さんの後に着いて行く。

 しばらくベットの間を進んでいくと、ある場所で看護師さんが私の顔を見て立ち止まり、椅子を出してくれた。


「冬馬‥‥さん?」

 そこにはベットに横たわる冬馬さんの姿があった。

「落ち着いたらお話しがありますので声をかけて下さい」

 看護師さんはそう言い残すと、どこかへ消えていった。

 私は椅子に腰かけ、その変わり果てた冬馬さんの姿を呆然と見つめるしか出来なかった。

「冬馬さん‥‥?聞こえる?」

 冬馬さんは酸素マスクを付けて目を瞑っているが頭には包帯が巻いてあるし体中に管が付いている。よく見ないと冬馬さんだとは分からない程だ。

 私が話しかけても反応しない‥‥。

 返事もないし動きもしない。私は何も出来ない。状況を整理するのに頭を回転させたいのにそれすらも。

 どのくらい冬馬さんを見つめていたのだろう。ふと看護師さんの言葉を思い出した。

 私は近くにいた看護師さんに声をかけた。

「あの‥‥すみません、お話しがあると聞いたんですが」

「確認しますのでお待ち下さい」

「はい」

 しばらくすると、ここまで案内をしてくれた看護師さんがやってきた。


「林さんの現在の状態をご説明しますね」

「‥‥はい」

 看護師さんがそう言うと、説明を始めた。

「まず、林さんは横断歩道を渡っている時に車にはねられたようです」

「そんな‥‥」


「内臓や脳の損傷が激しく、大変危険な状態です。こちらで出来る事もなく、後は林さんの生命力にかけるだけです」

「え‥‥」

 私は言葉を失った。

 危険な状態って死ぬって事?

 どうして冬馬さんが?

「林さんが目を覚ませるように手を握ってあげたりしてもいいんですよ」

 看護師さんの言葉で私はハッとした。
 とにかく今は冬馬さんが目を覚ませるように出来る事をしようと。それ以外は考えない、そう決めた。

「そうですよね。わかりました」

「冬馬さん、お願い‥‥起きてよ‥‥」

 私はそう言いながら祈るように冬馬さんの手を握っていた。

 しかし、その手が握り返してくれる事はなかった。

 それから1時間もしないうちに冬馬さんの両親がやってきた。

「冬馬‥‥」

 お母さんは冬馬さんに駆け寄った。

 私はそっと手を離し黙って立ち上がると、冬馬さんの両親と目を合わすことなくその場を後にした。

 お母さんは私の事など見向きもしなかった、当たり前だ。目の前で息子が生死を彷徨っているのにそんな余裕はないだろう。

 本当はまだそばに居たかった。

 冬馬さんの姿が目に焼き付いて離れない。
 
 これからどうなるのだろう、このまま冬馬さんが目を覚さなかったら?私は悪い方にばかり考えてしまっていた。

 時刻は深夜を回ろうとしていた。

 病院の外に出ると歩いている人は殆どいない。タクシーを捕まえて帰るだけなのにそれさえする気が起きなかった私はひたすら歩いた。

 何気なくスマホを見ると柊生から着信が残っていた。しかし、掛け直す気力も、この状況を説明するのも精神的にしんどい。

 私はメールを送った。

「色々あって忙しいからしばらくこのまま実家にいることにする」

「どうしたの?何があったの?」

「会った時に話すからそれまであまり連絡取れない、ごめん」

「大丈夫?心配だよ、電話出来ないの?」

 はぁ‥‥、会った時に話すと言ってるのにと私は苛立っていた。

「ごめん」

 あまり柊生とやりとりを続ける気にもなれなくその後はスマホの電源を切った。

 今はとにかく冬馬さんの事が心配だった。

 明日の朝また来よう、そう思い私は冬馬さんの家に戻ることにした。

 何故なら実家に帰ると、また説明をしなければならない。今の私にとってそれだけ煩わしい事なのだ。
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