マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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No.045

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 今時、手紙とは古風だ。
 レインツリーのユグド・アカウントが消滅した今、連絡を取る手段は手紙の他にはない。だが、それも相手の住所が分からなければ、想いは伝えられない。
 レインツリーは俺が訪ねに来るだろうと予想していたのだろうか。お互いの住んでいる地域も知らないのに。伝えられるか分からないが、書き留めておいてくれたレインツリーの気持ちを考えると、じわっと目尻が熱くなった。

「強制ログアウト後、怜がすぐ俺の家に来て、この手紙を置いて行った。もう、日本にはいないだろう」

 手紙に手を伸ばそうとしたが、ギャシュリーの言葉に、ハッと視線が上がった。

「日本にもいないって、海外に渡ったのか」
「あいつは大学生だからな、留学だ。留学予定先も決まっていた。でも、あいつは、マイニングを続けたくて、親と交換条件の元、留学をすると決めていた。俺がそれを知らされたのも、つい最近だけどな」

 アバター越しなので声だけでは中身の年齢なんて想像もできないが、雰囲気からして年は同じぐらいか年上かと思っていたが、大学生だったとは思わなかった。年下だったのか。
 ギャシュリーの台詞を聞いた後にレインツリーを思い出すと、子供と大人の境を行ったり来たりしていたように思える。どちらにも属さないが、属さない現状が逆にレインツリーに不安を煽り、中途半端な自由に不満を溜め込んでいたのかもしれない。
 茶封筒に三つ折りに入っていた手紙には、五行程度の文章が打ち出されていた。

『ヴェインと出会えて、初めて息が吸えたような気がした。最後は逃げるような形で姿を消して悪かった。この手紙を読むことはないのかもしれないが、もし読んでいたら、俺たちはやっぱりパーティなのかもしれない。またいつかどこかで。乙原玲』

 息が吸えたと感じたのは秦矢も同じだった。
 生活していくだけで精一杯だった秦矢は、レインツリーと出会うまで、窒息しそうになっていた状況に気付いていなかった。
 手紙を再度読み返すと、視界が熱く滲んだ。
 恋人とケンカ別れした経験はないが、ケンカ別れした後に相手から本当の気持ちを伝えられると、鉄の水を飲んだように、口の中にいつまでも鉄の味がするのかもしれない。
 秦矢から気持ちを伝える手段がないので、苦々しさはさらに増した。

「付き合いは5年ぐらいだが、他人の俺から見ても、怜は父親の操り人形だった。英才教育ってやつか。知り合ったのはマイニングをやり始めた頃で、俺と組んでからは、少しは人らしくなった。俺以外とパーティ組むようになったのも、その後だったな」

 懐かしむようにギャシュリーは目尻に細い皺を寄せた。

「喜怒哀楽が顔にも出るようになったし、勉強はできた奴だから、俺が教えなくても、ストレートでT大に合格した。父親の指示通りにな」

 やっぱり頭の出来は違うんだなぁと思い知らされ、尚更、何故レインツリーがヴェインの師になったのか、ますます分からなくなった。
 マイニング以外に何の興味はなかったんだろう。父親の言いなりに生きていれば、進路に悩まずに済むし、余計な人間関係も煩わしかっただけなんだろう。
 そんなレインツリーが秦矢と出会ったことで何かが変わった。
 本当にそうだったとして、良い影響を何か与えることはできたんだろうか。

「あいつがヴェインとしばらく行動すると言い出した時は、正直びっくりした。だけど、他人にも興味を持てるようになって、いい傾向だと思った。だが、あいつに限っては例外だった。お前も、それに気づいて、パーティを解消したんだろ」

 的を射ていたので、否定する言葉が見つからなかった。その通りだったから。

「でも、俺はレインツリーが教えてくれたから、底辺で押し潰されて消えずに済んだ。裏があったかもしれないけど、俺は嬉しかった」

 レインツリーの眼鏡に適っていなかったら、ギャシュリーが目を付けるほどの相手にもなっていなかっただろう。
 共に行動していた時のレインツリーの顔を思い出して、目頭が熱くなった。
 下唇を噛み締め、手紙をグッと握った。
 陳腐な言葉しか浮かばなかったが、ただただ遊びに夢中の子供の頃に戻ったみたいで、懐かしくて楽しかった。
 レインツリーに時々怒られながら、呆れられながら、仮想空間で一緒に過ごす時間がずっと続けばいいとさえ思った。二人で協力してエイリアンをマイニングしていくだけで良かった。
 場所も場所なので、秦矢は顔が上げられなくなった。

「ヴェインに頼られることで、怜の精神は安定を見つけ、安らぎを見つけた。あいつにとって麻薬みたいなもんだよ。満たされたいから、摂取量も多くなるのと同じだ、お前に対する束縛も執着も傲慢さも増していったはずだ」

 ギャシュリーの解説は、ご尤もだ。見事に的を射ている、ような気がした。
 心を閉ざしていた歳月の分、爆発するようにヴェインに依存し、可愛がったに違いない。
 次第に、レインツリーの存在が窮屈だと感じていたのは、確かだ。思春期の子供が、親に反抗するように。
 今更だが、どうしてもっとレインツリーの気持ちを汲み取ってやらなかったんだろう、どうしてもっと話し合わなかったんだろうと、後味の悪い後悔ばかりが頭をよぎる。

「俺からパーティを解消したが、それはレインツリーと意見が合わなくなったからだ。あいつを嫌いになったとか、そんなガキくせえ理由じゃない」

 口から出た言葉は、秦矢自身でも意表を突いた。レインツリーが悪く言われれば言われるほど、奥歯に力が入った。

「君は、そうだろうね。でも、怜は君と別れた後、今度は計画に執着し始めた。ギルドを作った理由は、真犯人や世間に対抗したかったとか、そんな理由だろう。アピール意識もあっただろうが、目立とうとはしていなかった。寂しさの矛先が計画に向かったのかもしれない」

 ギャシュリーは手に取るように、レインツリーの心情をよく分かっているんだろうなと思う。対して秦矢は、現実世界のレインツリーがどう過ごしているかでさえ、知らない。
 レインツリーが孤独を感じていたとか、露程にも考えなかった。

「そんなことで他のマイナーたちも巻き込んでまで――」
「あいつにとって、そんなこと、じゃなかった。そこで俺は気付かれないように計画が破綻するように仕掛けた」

 いつのまにかパンを食べ終えたギャシュリーは、アイスコーヒーを静かに吸い上げた。
 グラスを持ってまたテーブルに置く一連の仕草には、慣れが伺えた。
 日頃からカフェを利用するギャシュリーは、誰が見ても、仕事ができそうなクールを決め込む大人に見える。

「それって、つまり、初めから計画は成功しないと知っていたのか」

 平然と告白したギャシュリーだったが、確かに本心から話していた。

「エイリアンを『耐エイリアン・キラー』で自爆させても、【取引データ】が宙に浮いたままになるわけじゃない。再びエイリアン化されると、予想はついた。工藤直也が作ったウィルスを元にしたが、マイナーに感染して強制ログアウトになろうと、こっちで脳障害は起こらないと断言はできた」
 大観した物言いは、相変わらず上から目線だった。だが、その自信なしでは、レインツリーを止めることなんてできなかっただろう。
 口で言ってもダメならと採った策は、ギャシュリーにしかできない方法だ。

「じゃあ、初めから全部を知った上での、あの悪役っぷりだったのか」
「ま、それは君の想像にお任せする」

 こいつは誇大妄にどっぷり浸かったヤバイ奴かと思ったが、ギャシュリーの芝居にまんまと騙された。
 全てはレインツリーを止めるための芝居で、秦矢もギャシュリーの計画の一部になっていたのかと思うと、頭も上がらない。
 工藤直也を味方につけた時点で、それ以降の作戦は秦矢の中には何もなかった。
 自分に呆れて、軽く笑えた。

「怜を一旦、【マイニング・ワールド】から離脱させるには、強制ログアウトしかなかった。頭に上った血を冷まさせるには、計画の失敗が手っ取り早い」
「確かに、俺もまんまとギャシュリーのシナリオの役者になっていたわけか」

 ギャシュリーの独断でレインツリーを救った結果となった。だが、当の本人はギャシュリーに裏切られたと思い込んでいる。
 信頼していただろう二人に裏切られたとなれば、誰だって引きこもりになるだろう。

「レインツリーには今のこと話さないのか? 真実を話したからって、そこで腹を立てるほど、レインツリーは大人気ない奴じゃないだろ」

 すると何故か、フッと鼻で笑われた。何かおかしな科白を言っただろうかと、自分の発言が心底、心配になった。

「これでいい。怜はここから離れて、新たに人間関係を築いたほうがあいつのためだ。――さてと、そろそろ行くよ。君は【マイニング・ワールド】を続けるのか?」

 アイスコーヒーを飲み干して、ギャシュリーは立ち上がった。

「パーティを解散させないでくれって、泣きつく奴がいるから。もうしばらく続ける」

 レインツリーと関わった数カ月が、まるでお伽話みたいだと思った。
 手紙内容を締める最後の文字が、水に濡れて霞んだ痕があった。
 確実にレインツリーはここにいたと秦矢が胸を張って言える証拠は、この手紙しかないが、ヴェインとレインツリーが共に戦った記憶は絶対に忘れないし、まだ終わってもいない。
 沖縄に帰ったら店も再開するので、これからは、夜に数時間だけしかマイニングできなくなるだろう。それでも今は続けることに意味がある。

「まだバイクの飛行スキルを試してないからな、せっかくカスタマイズして、出現したスキルなのに、宝の持ち腐れだろ」
「確かに。君ならレベルA、Bのエイリアンも、マイニングできるようになるだろうね。だが気をつけろよ、バイクから変形させた戦闘機はかなり操縦が難しいらしいからな」
「え! ウソ! マジで!」

 軽く笑んだギャシュリーは、あまりにも自然に伝票を掴んだまま行ってしまったので、「ちょっと」とも言えずに、言葉が引っ込んだ。
 このまま奢ってもらうと借りを作ってしまうような気がしたが、それも良いかと開き直った。
 最後に振り返りもせず、店内を出て行った。

 一人でカフェを満喫できるタイプでもないので、秦矢もカフェを出た。
 さて、帰って開店準備でもするか。



 数日後、康と笹部が入院している福岡の私立病院に訪れた。
 笹部は幸いにも意識が戻り、経過も良好だった。
 ベッドで横になっている笹部は、電子書籍だけでは退屈だと嘆いていた。
 他にも植物状態になっていたマイナーたちも意識を取り戻したとニュースになっていた。
 
 諏訪と工藤の事情聴取はこれから行われるとのことだった。
 【マイニング・ワールド】は工藤が作ったワクチンにより正常化されたが、【マイニング・ワールド】自体は動き続けるシステムなので、メンテナンスを理由に数日間、マイニング・ワールドに入れなかったがすぐに再開された。
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