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第四章~フレイヤ国、北東領地、ヴァジ村、再び~
第五話
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ソラは差し出された石を突いたり、匂いを嗅いだり、独自の方法で観察をしていた。
「『魔獣の卵』って何なんだ、俺の上司みたいな奴は『妖源力』を物質化させた、要は膨大なエネルギーが圧縮されてるとかなんとか」
オッサンが外交官の仕事を横取りした時に言っていた言葉を、ほぼそのまま言った。
「まぁ、大体はそういうことなんだけど、『魔獣の卵』については文献もあまり残っていないのよ、ただ、地域によって伝えられ方も違うけど、『魔獣の卵』は何かを羽化させるための装置だとか」
「羽化させるとは、何をじゃ」
険しく眉根を寄せたルピナは、自分が持っている物に気味悪さを感じたのか、ひどく表情が歪んだ。
「まだ憶測ですが、魔獣族が滅んだ切っ掛けとされる戦争に、巨大な魔獣が出現したと記述した文献があり、今は世界のどこかで眠っているとか。巨大な魔獣も『魔獣の卵』も伝承だけで、本当に出土するなんて、考古学会では大騒ぎになりました」
不安げに言葉を止めたソラは律儀にルピナに対してだけ敬語で答えていた。自然に使い分けているので、器用だなと感心する。
大昔に実存した話だとしても、まるで作り話のように現実味のない話だった。
研究に携わってなければ、一般人の受け取り方なんてそんなものかもしれない。でもソラが世界史の講師なら、暗記も好きになれるかもしれないと思った。
「確か『魔獣の卵』を発掘したベフェナ国はロマノ帝国に調査を依頼していました。それが移籍手続きを行っている最中、紛失したと聞きました。そのままジルニクス帝国と交戦になり、その後、行方は知れずと」
自分の国のせいで紛失したと思うと、申し訳なくなり、ヴレイの肩身は狭くなった。
「ジルニクスと交戦が始まったから紛失したんじゃないのか? 避難中になくなったとか」
恐る恐るヴレイは訊ねた。
参戦もしていないのに、罪悪感を持ってしまう自分に腹立たしい。
「ヴレイの言い方じゃと、避難する時には所有者が分かっていたことになり、ソラが聞いた内容と異なるであろう。ならジェイド王女が所持していたとは、誰も知らなかったゆえに、手続き中に紛失し、騒ぎになったと考えるのが自然ではないか?」
「あーなるほどね、でもどうして、誰も知らなかったんだ」
視界に掛かった霧が晴れたかと思ったが、また曇った。
「分からぬか? 誰も知らなかった理由。考えられるは、おそらく――」
最も気になる部分で言葉が止められてしまい、「おい、気になるだろ!」もう身分関係なしに、ヴレイはルピナに文句を飛ばした。
文句を付けられたルピナがキッと目尻を細め、ヴレイもさすがに口が滑ったと自覚した。
「少しは己の頭で考えようとは思わぬのか! こっちが全部答を言わねば気が済まぬか」
「そこまで言わなくても。俺が考える間もなく、ルピナが解明しちまうからだろ」
語尾はやや声を落として反撃したが、ルピナはしっかり聞き取っていた。
恐ろしくて目も合わせられなかったが、険を含んだルピナの睨みが、痛いぐらいに突き刺さってくる。
「『魔獣の卵』が紛失した、理由はジェイド王女が奪い、隠し持っていたのじゃ。おそらくロマノ帝国のザイド皇子に渡すため。ロマノに移籍されたとしても、ザイド皇子の手に渡るわけではない。確実にザイド皇子に渡すため、ジェイド王女は奪ったのじゃ」
「だからベフェナ内では紛失したと騒ぎになったのか」
ザイドに渡すため、命を懸けた女性がいる。皇子であり、心が通じ合える相手がいる。ヴレイの知るザイド像とはとても重ねることができない。
「ルピナ様のお考えなら自然ですね。ロマノとベフェナは同盟国、二人が深い仲だったとしてもおかしくはない。気になるのは、ザイド皇子は崩御した前国王の弟の養子、つまり王族の血統者ではない」
さすが物知りのソラだ。ザイド皇子が養子の事実はこれで間違いない。
どう思う? と言葉に出さなくともソラの視線はヴレイの答を待っていた。いくら見つめられても、出せる答は決まっていた。
「本人に会ってみないことには分からない。でも可能性としては、否定できない。もしザイド皇子も『妖源力』者なら、皇子とザイドは同一人物かもしれない」
「やはり、そうなのか」と早々にルピナが納得の色を見せた。
「お風呂湧いてますからね、お部屋もいつでも使って頂いて結構ですよ」
と女将さんが声を掛けてくれた。
「はーい。まだ断定はできないないな。ルピナは『魔獣の卵』をザイド皇子に渡すのか」
ルピナは手の中で握っていた石を腰のバッグにしまった。
「渡そうと思っておった。だが、迷っておる。ジェイド王女のためにも、ザイド皇子に渡そうと思っておったが――」
どの実を食そうか迷った挙句、地上に降り立って彷徨う小鳥のようだ。
ヴレイも心の底から「ザイドに渡せよ」とは言えなかった。理由は分かっていた。
ザイドがザイドではないかもしれない、『那托』の話を聞いた以上、安易に渡せない気持ちはあるだろう。それともルピナなりにもっと重要な理由があるのだろうか。
「ただ――」とソラが不安げに声を漏らした。
「ザイド皇子が『魔獣の卵』を使おうと思っているのなら、――考え過ぎね。私は寺院に戻るわ。お二人に会えて光栄だったわ。また寺院にも寄ってちょうだい」
「明日にでも行くよ、ルピナを送るにも先ずはエルム総督府に連絡を入れないと」
今頃、ルピナの大捜索が行われているのだろうか、連れ回したとは口が裂けても言えない。
「分かったわ。明日ならいつでも寺院にいるから、おやすみなさい」
ソラは長い髪を揺らしながら、部屋から出て行った。
「『魔獣の卵』って何なんだ、俺の上司みたいな奴は『妖源力』を物質化させた、要は膨大なエネルギーが圧縮されてるとかなんとか」
オッサンが外交官の仕事を横取りした時に言っていた言葉を、ほぼそのまま言った。
「まぁ、大体はそういうことなんだけど、『魔獣の卵』については文献もあまり残っていないのよ、ただ、地域によって伝えられ方も違うけど、『魔獣の卵』は何かを羽化させるための装置だとか」
「羽化させるとは、何をじゃ」
険しく眉根を寄せたルピナは、自分が持っている物に気味悪さを感じたのか、ひどく表情が歪んだ。
「まだ憶測ですが、魔獣族が滅んだ切っ掛けとされる戦争に、巨大な魔獣が出現したと記述した文献があり、今は世界のどこかで眠っているとか。巨大な魔獣も『魔獣の卵』も伝承だけで、本当に出土するなんて、考古学会では大騒ぎになりました」
不安げに言葉を止めたソラは律儀にルピナに対してだけ敬語で答えていた。自然に使い分けているので、器用だなと感心する。
大昔に実存した話だとしても、まるで作り話のように現実味のない話だった。
研究に携わってなければ、一般人の受け取り方なんてそんなものかもしれない。でもソラが世界史の講師なら、暗記も好きになれるかもしれないと思った。
「確か『魔獣の卵』を発掘したベフェナ国はロマノ帝国に調査を依頼していました。それが移籍手続きを行っている最中、紛失したと聞きました。そのままジルニクス帝国と交戦になり、その後、行方は知れずと」
自分の国のせいで紛失したと思うと、申し訳なくなり、ヴレイの肩身は狭くなった。
「ジルニクスと交戦が始まったから紛失したんじゃないのか? 避難中になくなったとか」
恐る恐るヴレイは訊ねた。
参戦もしていないのに、罪悪感を持ってしまう自分に腹立たしい。
「ヴレイの言い方じゃと、避難する時には所有者が分かっていたことになり、ソラが聞いた内容と異なるであろう。ならジェイド王女が所持していたとは、誰も知らなかったゆえに、手続き中に紛失し、騒ぎになったと考えるのが自然ではないか?」
「あーなるほどね、でもどうして、誰も知らなかったんだ」
視界に掛かった霧が晴れたかと思ったが、また曇った。
「分からぬか? 誰も知らなかった理由。考えられるは、おそらく――」
最も気になる部分で言葉が止められてしまい、「おい、気になるだろ!」もう身分関係なしに、ヴレイはルピナに文句を飛ばした。
文句を付けられたルピナがキッと目尻を細め、ヴレイもさすがに口が滑ったと自覚した。
「少しは己の頭で考えようとは思わぬのか! こっちが全部答を言わねば気が済まぬか」
「そこまで言わなくても。俺が考える間もなく、ルピナが解明しちまうからだろ」
語尾はやや声を落として反撃したが、ルピナはしっかり聞き取っていた。
恐ろしくて目も合わせられなかったが、険を含んだルピナの睨みが、痛いぐらいに突き刺さってくる。
「『魔獣の卵』が紛失した、理由はジェイド王女が奪い、隠し持っていたのじゃ。おそらくロマノ帝国のザイド皇子に渡すため。ロマノに移籍されたとしても、ザイド皇子の手に渡るわけではない。確実にザイド皇子に渡すため、ジェイド王女は奪ったのじゃ」
「だからベフェナ内では紛失したと騒ぎになったのか」
ザイドに渡すため、命を懸けた女性がいる。皇子であり、心が通じ合える相手がいる。ヴレイの知るザイド像とはとても重ねることができない。
「ルピナ様のお考えなら自然ですね。ロマノとベフェナは同盟国、二人が深い仲だったとしてもおかしくはない。気になるのは、ザイド皇子は崩御した前国王の弟の養子、つまり王族の血統者ではない」
さすが物知りのソラだ。ザイド皇子が養子の事実はこれで間違いない。
どう思う? と言葉に出さなくともソラの視線はヴレイの答を待っていた。いくら見つめられても、出せる答は決まっていた。
「本人に会ってみないことには分からない。でも可能性としては、否定できない。もしザイド皇子も『妖源力』者なら、皇子とザイドは同一人物かもしれない」
「やはり、そうなのか」と早々にルピナが納得の色を見せた。
「お風呂湧いてますからね、お部屋もいつでも使って頂いて結構ですよ」
と女将さんが声を掛けてくれた。
「はーい。まだ断定はできないないな。ルピナは『魔獣の卵』をザイド皇子に渡すのか」
ルピナは手の中で握っていた石を腰のバッグにしまった。
「渡そうと思っておった。だが、迷っておる。ジェイド王女のためにも、ザイド皇子に渡そうと思っておったが――」
どの実を食そうか迷った挙句、地上に降り立って彷徨う小鳥のようだ。
ヴレイも心の底から「ザイドに渡せよ」とは言えなかった。理由は分かっていた。
ザイドがザイドではないかもしれない、『那托』の話を聞いた以上、安易に渡せない気持ちはあるだろう。それともルピナなりにもっと重要な理由があるのだろうか。
「ただ――」とソラが不安げに声を漏らした。
「ザイド皇子が『魔獣の卵』を使おうと思っているのなら、――考え過ぎね。私は寺院に戻るわ。お二人に会えて光栄だったわ。また寺院にも寄ってちょうだい」
「明日にでも行くよ、ルピナを送るにも先ずはエルム総督府に連絡を入れないと」
今頃、ルピナの大捜索が行われているのだろうか、連れ回したとは口が裂けても言えない。
「分かったわ。明日ならいつでも寺院にいるから、おやすみなさい」
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