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ソレは、目が熱いような急所が痛いような、走り出したいような、このままトムを力の限り抱き締めたいような、大きな衝動を感じた。しかしそれを堪え、ただ肉が剥き出しになった指でトムの頬を撫でるだけに留めた。
「……渓谷と森の王よ、どうぞ御自ら御子様に粥を差し上げてください。御子様はそう望んでいらっしゃるようですし」
「分かった」
ニンゲンに渡された手鍋と木の匙を触手で持ち、トムの口に持っていく。
弱っているからか、トムは最近にしては珍しく大人しく粥を食べた。
鍋の中身を全て平らげてくれたトムに安堵し、ニンゲンに鍋と匙を返そうとして、ソレは気付いた。
「……何をしている?」
いつの間にか、ニンゲンが荷物を抱えて離れた所に背中を向けて立っていたのだ。
「……王よ、御子様は無事に峠を越えられたようです。これよりは自己回復に頼るしかないため、消化の良いものを食べ、徐々に普段食べているものに戻して体力が戻るのを待つしかありません。これ以上、私がお助けすることは何もなく………」
ソレはニンゲンの言葉に鼻白んだ。
「何故そう言い切れる?! トムがまた弱るかもしれないじゃないか! そうなったらお前に責任が取れるのか?!」
「え?!」
「お前はこのまま連れて行く」
「おっ! お許し下さい! 私には待っている妻が!」
ソレはトムを抱えていない触手でニンゲンの胴を絡め取ると、荷物ごと自分の背中の角に巻き付けた。
「舌を噛まないようしっかり口を閉じていろよ」
ソレは焚火を鋼鉄のように硬くて黒い脚で踏みしめ、火を消すと、静かに歩き出した。
太陽は高く昇っていて、空は雲一つなく青く澄んでいる。そしてトムも食べ物を食べられるくらいには治った。
ソレは安堵して、疲れとともに嬉しさを感じた。
悪くはない気分だった。
「……渓谷と森の王よ、どうぞ御自ら御子様に粥を差し上げてください。御子様はそう望んでいらっしゃるようですし」
「分かった」
ニンゲンに渡された手鍋と木の匙を触手で持ち、トムの口に持っていく。
弱っているからか、トムは最近にしては珍しく大人しく粥を食べた。
鍋の中身を全て平らげてくれたトムに安堵し、ニンゲンに鍋と匙を返そうとして、ソレは気付いた。
「……何をしている?」
いつの間にか、ニンゲンが荷物を抱えて離れた所に背中を向けて立っていたのだ。
「……王よ、御子様は無事に峠を越えられたようです。これよりは自己回復に頼るしかないため、消化の良いものを食べ、徐々に普段食べているものに戻して体力が戻るのを待つしかありません。これ以上、私がお助けすることは何もなく………」
ソレはニンゲンの言葉に鼻白んだ。
「何故そう言い切れる?! トムがまた弱るかもしれないじゃないか! そうなったらお前に責任が取れるのか?!」
「え?!」
「お前はこのまま連れて行く」
「おっ! お許し下さい! 私には待っている妻が!」
ソレはトムを抱えていない触手でニンゲンの胴を絡め取ると、荷物ごと自分の背中の角に巻き付けた。
「舌を噛まないようしっかり口を閉じていろよ」
ソレは焚火を鋼鉄のように硬くて黒い脚で踏みしめ、火を消すと、静かに歩き出した。
太陽は高く昇っていて、空は雲一つなく青く澄んでいる。そしてトムも食べ物を食べられるくらいには治った。
ソレは安堵して、疲れとともに嬉しさを感じた。
悪くはない気分だった。
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