渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

文字の大きさ
上 下
8 / 20

8

しおりを挟む
 ソレは気付いていた。

 川下の先の方から、木が燃える匂いがしてきていた。
 山火事ならば規模を確認しようと脚を進める。
 トムが起きてしまわないようなるべく静かに歩いたが、ソレの体は大きかったので、歩く度にメキメキと茂みを踏み潰し若木を折り倒してしまった。
 ばきり、と一際太い木をへし折ってしまって、視界がひらけた。
 川の辺で火を囲む、三人の大きなニンゲンがポカンと口を開けてソレを見詰めていた。
 ニンゲン達が帰ってきたのか、と嬉しく思った途端、

「わあああ! 化け物だ!」
「渓谷の魔獣だ!」
「逃げろ!」

 ニンゲンたちは走って逃げていってしまった。
 ソレはトムが自分に懐いている日常に慣れていたので、ニンゲンにとって己の巨体が畏怖の対象であることを失念していたのだった。
 残念に思いながら、ニンゲンたちが居た所に近寄ってみた。
 積み重ねた木の枝に火を点け、魚や獣の肉を木の棒に突き刺して火の回りに置いていた。
 ニンゲンはこうやって肉や魚を食べるのか、と感心し、試しに日に炙られて皮がぱりっとした魚を食べてみた。

「うまい」

 噛んだ途端にパリパリの皮が音を立てて裂け、淡白な白い身から旨味の汁が溢れ出てきた。
 肉も何の花の匂いなのか良い香りがして、舌にぴりりと刺激を感じた。ソレはこの世に生まれて初めて食べたその味に驚き、魅せられた。
 出来るならトムにも食べさせてやりたいが、歯が少ししか生えていない今は食べられないだろう、と無念に思った。

「大きくなったらお父さんが食べさせてやるからな、トム」

 ソレはニンゲンは肉や魚を生では食べないのだと学んだ。


 三人の大きなニンゲン達は、荷物を置いていっていた。
 パンパンに物を詰め込まれた大きな袋が3つ、焚き火から少し離れた所に置かれていた。
 鉤爪で破かないよう気を付けつつ袋を開けてみると、一つの袋には布が。もう一つには先程食べた肉と同じ良い香りのする粉が、最後の一つには草花の匂いがする四角いものがギュウギュウに詰められていた。
 ソレは喜んだ。
 トムを包んでいた布はボロボロになっていて、辛うじて体を覆っている状態になっていたのだ。
 渡りに船だった。
 ソレは大喜びで全てを寝床に運び込んだ。
 トムの成長に合わせて布の大きさを決めて爪で布を裁ち切り、真ん中に穴を開けてトムの頭を通して蔓を縒った紐で腹の上で縛れば、大きいニンゲン達が身に纏っていたものと似たように出来た。
 トムが二足歩行を始め、歯も咀嚼に十分なほど生え、大きいニンゲン達の言葉を教えて程なくした頃、いい香りのする粉をまぶした焼き魚をトムに与えてみた。
 ぱぁ、とトムの顔が輝いた。
 トムも好きになったようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

処理中です...