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「うああああああぁああん!」
真っ赤になって大声で鳴き声を上げながら、目から鼻から口から水を流している。
ソレは小さなニンゲンの鳴き声を煩いと思った。お腹がソワソワして仕方がないので、うるさく鳴くのはやめてほしいと思った。
黙らせようと手を伸ばして、止まる。
かつてうっかり手の中で潰してしまった地を走る生き物のことを思い出したのだ。
ソレは困った。
小さなニンゲンはあの時の生き物よりも更に更に小さく、毛皮も頭の上にちょっと生えているくらいで身を守る機能は何一つ持っていないように見えた。
「うびぇえぇえええん!」
「や、やめろ、鳴くのをやめろ!」
困り果てたソレは、森の中で見つけた獣が自分が生んだそれにするように、腹ばいになって寄り添ってみた。
「うああああああん!」
硬い腹の鱗が嫌なのか、小さなニンゲンはそっぽを向いて更に煩く鳴いた。
「まっまて! 分かった! 鱗が嫌なんだろ?」
恐る恐る長い毛に覆われた尾で小さいニンゲンを包んでみた。
「ふぁ……んぶぅ」
鳴き止んだ。
安堵し、鳴き止んだニンゲンの顔の横に顎を置いてみた。
「ぷああ?」
地面に置かれた大きな顎の振動を感じたのか、小さなニンゲンは目を開けてソレの方を見た。
緑色の潤んだ小さな二つの目がソレの姿を捉えた。
「!!!!!」
ソレはニンゲンが激しく鳴き出すと思った。
石を投げてきた小さなニンゲンのように、この小さな小さなニンゲンも自分を畏れ嫌い、化け物と拒絶するのだと。
「……ぱあ!」
何を言っているのか分からない。
小さな小さなニンゲンの言葉は独特なのか未熟なのか。
ソレにはさっぱりわからなかったが、拒絶はされていないと感じた。
「……」
そっと。
本当にそっと鉤爪を伸ばしてーーやはり無力で無防備なニンゲンを傷つけてしまいそうで怖くて……考えた末にソレは自分の腕のうちの一本の鉤爪を牙で食い千切り、硬い甲殻を剥いて指の先のピンクの肉を曝け出した。
痛かったが、
「たっぱ!」
柔らかい肉を曝け出した指に、小さな小さな指が触れて、きゅっと掴まれたら痛みなど吹き飛んだ気がした。
「ぶあ! ぶう、んぶう!」
緑色の目を見開いて、ソレに語りかけてくるが、さっぱり分からない。
意思の疎通は現在困難なようだった。
「はやく、話せるようになれ」
「たっぱ!」
「何を言っているのか分からん」
「んぶー」
小さな小さなニンゲンは、ソレの指を掴んだまま自分を包む尾に頬を擦り寄せた。
言葉も通じず、自分と同じ存在でもなく、弱くて小さくて頭にちょっとしか毛皮がない緑色の目をした生き物を見ていたら、ソレは初めて渓谷を這い出て太陽の光を浴びた日のことを思い出した。
そして、戯れに。
本当に戯れに口に出してみた。
「おお、よしよしなかないで。なにもこわくないぞ。おとうさんがまもってやるからな」
「ぶああ」
相変わらず何を言っているのか分からなかったが、緑の目を輝かせ口から涎を垂らしながら微笑んだ小さなニンゲンを見たら、ソレは目の前の生き物がまた水を出して鳴いたら嫌だな、と思った。
「……何も怖くないぞ。お父さんが守ってやるからな」
改めて口に出したら、自分の中から諦めや絶望、虚しさが消え失せたような気がした。
「たっぱ!」
「……何を言っているのか、わからん」
戯れに、ソレは長い孤独な自分の生を慰めるため、小さな小さなニンゲンをそばに置いてみることにした。
ソレは小さな小さなニンゲンをトムと名付けた。
真っ赤になって大声で鳴き声を上げながら、目から鼻から口から水を流している。
ソレは小さなニンゲンの鳴き声を煩いと思った。お腹がソワソワして仕方がないので、うるさく鳴くのはやめてほしいと思った。
黙らせようと手を伸ばして、止まる。
かつてうっかり手の中で潰してしまった地を走る生き物のことを思い出したのだ。
ソレは困った。
小さなニンゲンはあの時の生き物よりも更に更に小さく、毛皮も頭の上にちょっと生えているくらいで身を守る機能は何一つ持っていないように見えた。
「うびぇえぇえええん!」
「や、やめろ、鳴くのをやめろ!」
困り果てたソレは、森の中で見つけた獣が自分が生んだそれにするように、腹ばいになって寄り添ってみた。
「うああああああん!」
硬い腹の鱗が嫌なのか、小さなニンゲンはそっぽを向いて更に煩く鳴いた。
「まっまて! 分かった! 鱗が嫌なんだろ?」
恐る恐る長い毛に覆われた尾で小さいニンゲンを包んでみた。
「ふぁ……んぶぅ」
鳴き止んだ。
安堵し、鳴き止んだニンゲンの顔の横に顎を置いてみた。
「ぷああ?」
地面に置かれた大きな顎の振動を感じたのか、小さなニンゲンは目を開けてソレの方を見た。
緑色の潤んだ小さな二つの目がソレの姿を捉えた。
「!!!!!」
ソレはニンゲンが激しく鳴き出すと思った。
石を投げてきた小さなニンゲンのように、この小さな小さなニンゲンも自分を畏れ嫌い、化け物と拒絶するのだと。
「……ぱあ!」
何を言っているのか分からない。
小さな小さなニンゲンの言葉は独特なのか未熟なのか。
ソレにはさっぱりわからなかったが、拒絶はされていないと感じた。
「……」
そっと。
本当にそっと鉤爪を伸ばしてーーやはり無力で無防備なニンゲンを傷つけてしまいそうで怖くて……考えた末にソレは自分の腕のうちの一本の鉤爪を牙で食い千切り、硬い甲殻を剥いて指の先のピンクの肉を曝け出した。
痛かったが、
「たっぱ!」
柔らかい肉を曝け出した指に、小さな小さな指が触れて、きゅっと掴まれたら痛みなど吹き飛んだ気がした。
「ぶあ! ぶう、んぶう!」
緑色の目を見開いて、ソレに語りかけてくるが、さっぱり分からない。
意思の疎通は現在困難なようだった。
「はやく、話せるようになれ」
「たっぱ!」
「何を言っているのか分からん」
「んぶー」
小さな小さなニンゲンは、ソレの指を掴んだまま自分を包む尾に頬を擦り寄せた。
言葉も通じず、自分と同じ存在でもなく、弱くて小さくて頭にちょっとしか毛皮がない緑色の目をした生き物を見ていたら、ソレは初めて渓谷を這い出て太陽の光を浴びた日のことを思い出した。
そして、戯れに。
本当に戯れに口に出してみた。
「おお、よしよしなかないで。なにもこわくないぞ。おとうさんがまもってやるからな」
「ぶああ」
相変わらず何を言っているのか分からなかったが、緑の目を輝かせ口から涎を垂らしながら微笑んだ小さなニンゲンを見たら、ソレは目の前の生き物がまた水を出して鳴いたら嫌だな、と思った。
「……何も怖くないぞ。お父さんが守ってやるからな」
改めて口に出したら、自分の中から諦めや絶望、虚しさが消え失せたような気がした。
「たっぱ!」
「……何を言っているのか、わからん」
戯れに、ソレは長い孤独な自分の生を慰めるため、小さな小さなニンゲンをそばに置いてみることにした。
ソレは小さな小さなニンゲンをトムと名付けた。
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