虚飾城物語

ココナツ信玄

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第八章

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「王子。トルトファリアの軍勢は港に停泊していたもの、岩陰に隠れていたもの、双方合わせて二十八艘、全て大型軍船。夜明けと共に動き出しました」

 偵察の報告を受け、水平線から顔を覗かせた太陽の最初の光を背に、ルークは砂浜を走った。

「来ました、兄上!」

 ルークの言葉に、皇太子となった兄が頷いた。
 彼の背後に控える護衛兵も心得顔だ。

「皆のもの! 相手の攻撃と同時に海底へ力を放て!」

 海岸に集まった国民達にも困惑はない。
 初めからルークは、バーディスル第一王子などでは無かった。真の第一王子である兄を守るため、そう詐称していたのだ。
 それはバーディスル国の中で、周知の秘密。
 理由はトルトファリア元国王の暴挙から守るため。

(けれども、我々はカリムの影に怯える必要は無くなった)

 カリムはルークの目の前で確かに滅びた。それこそ欠片も残さず消滅したのだ。
 しかし大国は軍船を率いてやってきた。

(……私を必要ないと言ったのに、お前は心を変えたのか? それとも人質でない私の存在が許せなかったのか? リディア)

 ルークが見つめる東の水平線上には、黒い点の群とでも言うべき物が見て取れる。しかし魔人族の血を引いているルークには、それがトルトファリア水軍の船だと分かった。
 掲げる旗には、翼を広げた白鷹。

(あの船のどれかに、お前は居るのか?)

 何故、という思いと、ならば、という思いがルークの心に去来する。

「……陛下と妃殿下は非戦闘員を城の中へ保護し終えてからこちらに来られるようです」

「そうか。ならば待とう」

「先制はなさらないのですか?」

「うむ。トルトファリアがああして押し寄せているのだから間違いないのだろうが……本当に戦を仕掛けに来たのか確証はない」

「そんな! だって皇太子殿下!」

「馬鹿げたことだが、もしかしたら軍船で挨拶に来ただけかもしれない。まだあちらの本意は分からないのだ。そうだな、ルーク?」

 黒髪の少女を信じたい思いから、ルークはそう兄に進言していたのだ。
 海に浮かぶ艦隊の姿と、泣き虫な幼馴染みと。
 どちらを信じるべきか悩み、ルークは兄の言葉に返答せずに俯いた。

(リディア……一体、どうしたというのだ?)

「ルーク、どうした……」

 皇太子の言葉を遮って、東の遥か水平線から地響きのような音が聞こえて来た。そして暫しの静寂の後、突然目の前の湾に大きな水柱が上がる。

(大砲――この国を踏み躙るつもりか、リディア?)

 降り注ぐ海水の飛沫を浴び、ルークはトルトファリア女王の心に愕然とした。

「皆のもの! 放てーっ!」

 怒りに狩られた兄の叫びにルークは反射的に従い、魔力を纏った手を水平線へと翳した。


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