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序
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街灯の光を受けて輝く銀色の指輪を手のひらに乗せた、髪の長いパンツスーツの女が夜の歩道橋の上に立っていた。
飲み会帰りと思しきスーツ姿の中年男性がほろ酔い加減なふわふわとした足取りで歩道橋の階段を上ってきたが、歩道橋の真ん中に立ち尽くす女を見て全身をビクつかせて驚いた。
鬼気迫る女の様子にオカルト的要素を感じたらしい。
俯き女の方を見ないようにしながら、男性は足早に通り過ぎていく。
「……そ……」
女の呟きが聞こえ、男性の歩みが小走り変わる。それが気にくわなかったのか、女は叫んだ。
「くそやろおおおおおおおおおっ‼」
叫びと共に、女は手に持っていた銀色の指輪を振りかぶって投げ捨てた。
土砂を積んだ大型トラックが丁度歩道橋の下を通り過ぎ、女の結婚指輪だったものを乗せて走り去っていく。
「わあああああっ‼」
悲鳴を上げながら中年男性も駆け去っていく。
「なんで私ばっかり……」
小さくなっていく男性の悲鳴を聞きながら、女は膝からその場に崩れ落ちた。
(何もかも、誰もかれもが私の手からこぼれ落ちていく。きっとそんな運命なんだ)
女、薗田 貴美子は自身の結婚を二週間後に控えた今日、仲が良かった実の妹と自分の婚約者が手に手を取って駆け落ちしたことを知ったのだった。
「ははっ……しかも通帳まで持ってかれて……」
同棲していた婚約者が盗ったのか、実家に置いてある合鍵で入った妹が持って行ったのかはもう問題では無かった。どちらも大事な人で、どちらも自分を裏切ったのには変わらないのだから。
「びっくりするほど味方はいないし……」
妹の置手紙を読んだ父母は一緒に怒ってくれるどころか「血の繋がった妹のしたことなんだからいつかは許してやれ」「お金がないなら実家に帰ってきなさいよ」「何があってもあんたたちは私たちの子供であることは変わらないんだからね」と的外れ極まりない言葉をぶつけてきた。
親はそんな有様で頼れるわけもなく、かといって頼れる友人もなく、職場にプライベートを持ち込みたくもない。
「私が何をしたっていうの……?」
とぼとぼと歩き出した貴美子は、階段を降りようとして不意に自分が手ぶらであることに気付いて立ち止まった。
(あれ? 鞄は? あれ? もぬけの殻になってた私の家から出て、実家に帰った時は……タクシーに乗ったんだから財布は持ってたはず。その後……馬鹿なこと言ってる親に絶縁叩きつけて飛び出してきて……あ! その時か!)
二度と戻らないと言った舌の根も乾かないうちに実家に戻るはめになってしまったことに、貴美子はいたたまれない気持ちになる。
「仕方ない……鍵も鞄の中だしね……」
格好悪いがどうしようもない。ついでに合鍵も取り返そう、丁度いい、と自分を鼓舞し彼女は踵を返した。その時、このどうしようもなく悲惨で大変な一日を一緒に過ごした彼女のパンプスのヒールが折れた。
「あっ」
足首をグッキリやった貴美子は、バランスを崩して大きく体を傾がせた。
階段の上で。
「わああああっ!」
当然のように貴美子の体は階段から落ちていく。
(あ、これ死ぬかも。死ぬ。死……んじゃってもいいか、もう……)
自分の境遇を思い出し、貴美子は不意に転落することへの恐怖を無くした。
むしろ安らかな望みを得るような気持ちで目を閉じる。
(こんな裏切られてばっかりの人生、もういいよ……)
痛いのは一瞬でありますように。
そう自暴自棄に願った瞬間。
――ダメだ!
男とも女とも知れない声が貴美子の頭の中に響いた。
飲み会帰りと思しきスーツ姿の中年男性がほろ酔い加減なふわふわとした足取りで歩道橋の階段を上ってきたが、歩道橋の真ん中に立ち尽くす女を見て全身をビクつかせて驚いた。
鬼気迫る女の様子にオカルト的要素を感じたらしい。
俯き女の方を見ないようにしながら、男性は足早に通り過ぎていく。
「……そ……」
女の呟きが聞こえ、男性の歩みが小走り変わる。それが気にくわなかったのか、女は叫んだ。
「くそやろおおおおおおおおおっ‼」
叫びと共に、女は手に持っていた銀色の指輪を振りかぶって投げ捨てた。
土砂を積んだ大型トラックが丁度歩道橋の下を通り過ぎ、女の結婚指輪だったものを乗せて走り去っていく。
「わあああああっ‼」
悲鳴を上げながら中年男性も駆け去っていく。
「なんで私ばっかり……」
小さくなっていく男性の悲鳴を聞きながら、女は膝からその場に崩れ落ちた。
(何もかも、誰もかれもが私の手からこぼれ落ちていく。きっとそんな運命なんだ)
女、薗田 貴美子は自身の結婚を二週間後に控えた今日、仲が良かった実の妹と自分の婚約者が手に手を取って駆け落ちしたことを知ったのだった。
「ははっ……しかも通帳まで持ってかれて……」
同棲していた婚約者が盗ったのか、実家に置いてある合鍵で入った妹が持って行ったのかはもう問題では無かった。どちらも大事な人で、どちらも自分を裏切ったのには変わらないのだから。
「びっくりするほど味方はいないし……」
妹の置手紙を読んだ父母は一緒に怒ってくれるどころか「血の繋がった妹のしたことなんだからいつかは許してやれ」「お金がないなら実家に帰ってきなさいよ」「何があってもあんたたちは私たちの子供であることは変わらないんだからね」と的外れ極まりない言葉をぶつけてきた。
親はそんな有様で頼れるわけもなく、かといって頼れる友人もなく、職場にプライベートを持ち込みたくもない。
「私が何をしたっていうの……?」
とぼとぼと歩き出した貴美子は、階段を降りようとして不意に自分が手ぶらであることに気付いて立ち止まった。
(あれ? 鞄は? あれ? もぬけの殻になってた私の家から出て、実家に帰った時は……タクシーに乗ったんだから財布は持ってたはず。その後……馬鹿なこと言ってる親に絶縁叩きつけて飛び出してきて……あ! その時か!)
二度と戻らないと言った舌の根も乾かないうちに実家に戻るはめになってしまったことに、貴美子はいたたまれない気持ちになる。
「仕方ない……鍵も鞄の中だしね……」
格好悪いがどうしようもない。ついでに合鍵も取り返そう、丁度いい、と自分を鼓舞し彼女は踵を返した。その時、このどうしようもなく悲惨で大変な一日を一緒に過ごした彼女のパンプスのヒールが折れた。
「あっ」
足首をグッキリやった貴美子は、バランスを崩して大きく体を傾がせた。
階段の上で。
「わああああっ!」
当然のように貴美子の体は階段から落ちていく。
(あ、これ死ぬかも。死ぬ。死……んじゃってもいいか、もう……)
自分の境遇を思い出し、貴美子は不意に転落することへの恐怖を無くした。
むしろ安らかな望みを得るような気持ちで目を閉じる。
(こんな裏切られてばっかりの人生、もういいよ……)
痛いのは一瞬でありますように。
そう自暴自棄に願った瞬間。
――ダメだ!
男とも女とも知れない声が貴美子の頭の中に響いた。
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