男しか存在しない世界に女として転生した私の幸福な毎日。

転生幼児は友達100人は作れない22

　背後から突然話しかけられて、タウカは大きく肩を跳ね上がらせた。
　ビクついた拍子に膝に乗っていたテスの体も跳ね上がり、友人は薄い黄緑色の目を大きく見開いた。

「何の話って……その、何故人を噛んではいけないのかをな、分かりやすく教えようと……」

　救世主が目の前に現れたとでも言わんばかりにタウカの顔が輝いたが、トールは眉を顰めた。

「こんな子供に？　早すぎだろう」

「そうだけど！　でもティカにはちゃんと理由を教えておかないと、絶対にクルトに齧りついちまう」

　トールの視線が私へと落ちる。
　明らかに利かん坊を見る目に、私は憤慨した。

「仇討ちだよ！　テスを傷付けられてるのに黙ってらんないよ！」

　テスが、タウカの膝の上からピョン飛び降りて私の横に立ってくれた。半べそをかいていたが、テスは強い眼差しで大人達を睨み付けている。
　側に居るよ、と篤い友情を示すため隣の小さな紅葉お手々を握ると、私を見て力強く頷いてくれた。

「この様子じゃあ、うん……齧るかもなぁ……」

　トールはしょっぱい顔になる。
　三の村の産爺であるトールすらも、傷付けられた子のために復讐をしようとは考えないらしい。やり返そうとしている私をまるでおかしな存在かのように言う。
　私からしたらタウカやトールの方がおかしいのに。　　
　何故加害者を守るのか。
　さっぱり分からない。

「ガブッてやったんだから噛み返されても文句はないはずでしょ!」

　ふんすふんすと鼻息荒く訴えると、トールは大きなため息を吐いた。

「……人を噛んだら死んでしまうんだぞ」

「？」

　どう言うことだろう。
　人に噛みついたら死ぬとは、この世界は呪いとか魔法とかスーパーナチュラルな力が存在する不思議な世界だったのだろうか。もしや私も不思議なマジカルパワーが使えるのでは、とじっと小さな手のひらを見つめる。
　試しに私が「ファイアーボール」の「ファ」まで呟いた時、結構な強さで肩を掴まれた。

「いいか、ティカ。村の掟で人を噛んだら死刑になるんだ」

「？　じゃあテスを噛んだおじさんは死刑になるんだね」

　なんだ。
　法が子供に暴力を振るった悪人を罰してくれるなら、私が命を賭して仕返しに行く必要もない。
　ホッとして体から力を抜いた私の前で、トールは口をへの字に曲げた。

「いや、あいつは……罰労働だ……」

　とんだ理不尽に私は拳を突き上げる。

「そんなのおかしい!　私が噛んだら死刑で、おじさんは噛んだのに働くだけでいいなんて！　おかしいおかしいおかしいよ！」

　もしや子どもに優しい村と見せかけて滅茶苦茶大人との格差が大きい子供差別的な村だったのだろうか、と疑いの眼差しをタウカに投げる。　

「ちょっ!!　待てっ！　そうじゃない！　違う!　ティカ、あいつが罰労働だけなのは、項を噛んでいないからだからな!　もしもあいつがテスの腕じゃなく首の後ろを噛んでいたら、あいつも死刑になっていたんだからな！」

　別に特別なんじゃない、と焦ったように付け加える父の姿に、私は首を傾げた。

　首の後ろを噛む行為は、前世のオメガバース設定BL本で何度もお見掛けしたことがある。
　オメガは番に項を噛まれることで発情期が抑制されて番限定になり、番であるアルファは至福の人生を送れるようになる、というのが大体共通していた設定だった。
　しかし今世ではオメガバース世界ではあるものの、番設定はないらしい。いや、結婚した相手を番と呼んでいたのを聞いたことがあるし、そもそも子作りの場所は番場という名前だ。番という名前自体だけが存在する世界なのかもしれない。
　
　首を傾げたまま考え込んだ私の横から、テスが声を上げた。

「なんでうなじを噛んじゃいけないんだ？」

　きょとんとしているテスの言葉に、しょっぱい顔をしていたトールがフッと穏やかな微笑みを湛えた。

「……むかしむかし、世界には一匹の狼がいました」

　唐突に始まった昔話に、私達子供を煙に巻こうという大人の汚い意思を感じた。