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転生幼児は友達100人は作れない20
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「っ!! 何だこれは?!」
私達を抱き上げていたタウカの目にも、テスの小麦色の腕に着いた歯型が映ったのだろう。いつもは温厚なタウカの声音が重低音になった。
途端、私にしがみついていたテスの腕の力が強くなる。
「ふ……ふええぇえん!!」
怒りを孕んだ大人の声が怖かったようだ。
「ああっ! な、泣くな! 怒ってないぞ! ティカのおじちゃんはテスに怒ったんじゃないからな!」
途端にタウカの声がおかしな裏声に変わった。
しかし一度泣き出した子供は急には泣き止めないのだ。
「えええん!」
「あっ! ごめっ! 怖かったよな! おじちゃん大きな声出してごめんなあ! もう大きな声出さないからな! ごめんな!」
タウカは大変焦りながら猫撫で声でテスに話しかけている。私としても友人を大泣きさせていると、いつ子供ネットワークに絡め取られるかわかったものじゃないので、小さな背中をポンポン叩いてあげることにする。
「大丈夫だよ、テス。誰も怒ってないし、私もお父さんもテスを守るよ。安全だよ! 怖くないよ!」
「そうだぞ! 俺とティカがどんなやつもギタギタのゴリゴリのこてんぱんにしてやるからな! 安心だぞ!」
ん? ゴリゴリ?
頭の何処かで疑問を抱いたが、嗚咽を漏らしながらもテスが顔を上げてくれたので目の前のことに集中することにした。
紺色の柔らかな子供の髪の毛が汗と涙でまろい額に張り付いている。赤く泣き腫らした目は今も尚涙を溢れさせていて、お腹の柔らかなところをギュッと抓られたような気がした。
「よーしよーし、テスはいい子だなあ! いい子だからおじちゃん、ちょっと座るからな、驚かなくていいからな!」
タウカの脈絡のない言葉にちょっと面食らったが、おそらく両腕に幼児を抱え続けて疲れたので座りたくなったのだろうと推察する。
私は小さな友人を右腕で抱き締め、左腕で父親の首っ玉にしがみついて人間シートベルトとしての仕事に着いた。
小さな子を守りながら父親の足を引っ張らないようにしようと言う、ちょっとした気遣いからの行動だったのだが、タウカはそうは受け取らなかったようだった。
「……ティカも、大丈夫だからな。お父さんがお前を守るからな!」
真剣な声で言われ、ギュッと抱き締められる。
嬉しかった。
ようやく今世で手に入れた父親に気に掛けてもらえて胸の奥が温かくなった。
けれどそれと同時に罪悪感を覚えた。
頭の片隅で『前世の両親が生きていたらこんな風にしてくれたのかな』と考えてしまったから。
タウカは私だけを自分の子供として扱ってくれているのに、私はまだ写真で顔を見て留守番電話で声を聞いただけの前世の両親を忘れられないでいる。
浮気者のような自分に不快感を抱くが、両親を忘れないままタウカが与えてくれる愛情を受け取っていたかった。
なんだか申し訳なくなって、タウカに顔を見られないよう肩に顔を押し付ける。
「よしよし、テスもティカもそのまま大人しくしてような。はい、おじちゃん座ったぞーもう動いていいぞー」
家の玄関前の段差に腰を下ろしたタウカは、右左の太腿それぞれに幼児を座らせた。
子供を落下から守る大切な仕事を終えた私はテスから腕を離したが、友人のモチモチお手々が私のモチモチ紅葉を捕まえる。
「ひっく……ティカぁ……ひっく」
薄い黄緑色の瞳は心細げ潤んでいる。
不安そうなテスを安心させるため、私はウンと頷いて掴まれた手を繋ぎなおした。
「……」
少しだけテスの表情が緩んだ気がして、私も少しだけ安心した。
「それで、だな、そのな、無理しないでいいんだけどな、テスに教えてもらいたいんだ」
猫撫で声のタウカをテスが振り仰ぐ。
「おじちゃんに、その、出来たらでいいんだけどな、誰がテスの腕をかん……ガブッ! てしたのか、教えてくれないか?」
「っ!」
ハッとしたように目を見開いたテスが次の瞬間には唇を噛み締めたのを見て、口を噤んでしまう兆しを感じた私は繋いだ手をギュッとする。
「テス! 誰が相手でも怖くないよ! お父さんと私がテスを守るよ! ちゃんとテスの仕返ししてあげるから! 教えて!」
テスはしばし迷っていたようだったが、再び私がぷよぷよした手に力を込めると心を決めてくれたようだった。
小さな口が開き、テスは一つ息を吸った。
「あのね! オレがおとうさんとおとうさんとお外で一緒にいたら、なんかおじちゃんが来て、ドンってされて、おとうさんとバンバンって喧嘩して、駄目だから、オレはね! ドンってしたんだ! そしたらおじちゃんがわあってなって、おとうさんはおとうさんとギュッとしてたから、オレがゴロンってなってガブッてされたんだ!」
その時を思い出して気持ちが高ぶりすぎてしまったようだった。
テスの説明は擬音語が満載で、お父さんが多数出現していてよくわからない。しかしおじちゃんであるスルトの兄が関係しているのは確かなようだ。
見上げると、タウカは心底困り果てたように眉尻を下げている。
「えっと、教えてくれてありがとうな、テス。その、確認! 確認のために聞くからな! テス、お前の腕をガブッてしたのは、お父さんじゃあ無いんだよな!?」
テスは重々しく小さな頭をこっくりさせる。
「うん! おじちゃんがオレをガブッてした!」
「……!!」
タウカの綺麗なオッドアイが目に見えて据わった。
もちろん私の腸もマグマのように煮え滾っている。
「テスを噛むなんて! 絶対許さない! 私が噛みつき返してやる!」
友人の仇討ちに気が逸り、私が乳歯をカチカチ鳴らすと、
「駄目だ!!!」
さっきまで怒っていたタウカが、まるでオバケでも見たような顔で私を見下ろした。
私達を抱き上げていたタウカの目にも、テスの小麦色の腕に着いた歯型が映ったのだろう。いつもは温厚なタウカの声音が重低音になった。
途端、私にしがみついていたテスの腕の力が強くなる。
「ふ……ふええぇえん!!」
怒りを孕んだ大人の声が怖かったようだ。
「ああっ! な、泣くな! 怒ってないぞ! ティカのおじちゃんはテスに怒ったんじゃないからな!」
途端にタウカの声がおかしな裏声に変わった。
しかし一度泣き出した子供は急には泣き止めないのだ。
「えええん!」
「あっ! ごめっ! 怖かったよな! おじちゃん大きな声出してごめんなあ! もう大きな声出さないからな! ごめんな!」
タウカは大変焦りながら猫撫で声でテスに話しかけている。私としても友人を大泣きさせていると、いつ子供ネットワークに絡め取られるかわかったものじゃないので、小さな背中をポンポン叩いてあげることにする。
「大丈夫だよ、テス。誰も怒ってないし、私もお父さんもテスを守るよ。安全だよ! 怖くないよ!」
「そうだぞ! 俺とティカがどんなやつもギタギタのゴリゴリのこてんぱんにしてやるからな! 安心だぞ!」
ん? ゴリゴリ?
頭の何処かで疑問を抱いたが、嗚咽を漏らしながらもテスが顔を上げてくれたので目の前のことに集中することにした。
紺色の柔らかな子供の髪の毛が汗と涙でまろい額に張り付いている。赤く泣き腫らした目は今も尚涙を溢れさせていて、お腹の柔らかなところをギュッと抓られたような気がした。
「よーしよーし、テスはいい子だなあ! いい子だからおじちゃん、ちょっと座るからな、驚かなくていいからな!」
タウカの脈絡のない言葉にちょっと面食らったが、おそらく両腕に幼児を抱え続けて疲れたので座りたくなったのだろうと推察する。
私は小さな友人を右腕で抱き締め、左腕で父親の首っ玉にしがみついて人間シートベルトとしての仕事に着いた。
小さな子を守りながら父親の足を引っ張らないようにしようと言う、ちょっとした気遣いからの行動だったのだが、タウカはそうは受け取らなかったようだった。
「……ティカも、大丈夫だからな。お父さんがお前を守るからな!」
真剣な声で言われ、ギュッと抱き締められる。
嬉しかった。
ようやく今世で手に入れた父親に気に掛けてもらえて胸の奥が温かくなった。
けれどそれと同時に罪悪感を覚えた。
頭の片隅で『前世の両親が生きていたらこんな風にしてくれたのかな』と考えてしまったから。
タウカは私だけを自分の子供として扱ってくれているのに、私はまだ写真で顔を見て留守番電話で声を聞いただけの前世の両親を忘れられないでいる。
浮気者のような自分に不快感を抱くが、両親を忘れないままタウカが与えてくれる愛情を受け取っていたかった。
なんだか申し訳なくなって、タウカに顔を見られないよう肩に顔を押し付ける。
「よしよし、テスもティカもそのまま大人しくしてような。はい、おじちゃん座ったぞーもう動いていいぞー」
家の玄関前の段差に腰を下ろしたタウカは、右左の太腿それぞれに幼児を座らせた。
子供を落下から守る大切な仕事を終えた私はテスから腕を離したが、友人のモチモチお手々が私のモチモチ紅葉を捕まえる。
「ひっく……ティカぁ……ひっく」
薄い黄緑色の瞳は心細げ潤んでいる。
不安そうなテスを安心させるため、私はウンと頷いて掴まれた手を繋ぎなおした。
「……」
少しだけテスの表情が緩んだ気がして、私も少しだけ安心した。
「それで、だな、そのな、無理しないでいいんだけどな、テスに教えてもらいたいんだ」
猫撫で声のタウカをテスが振り仰ぐ。
「おじちゃんに、その、出来たらでいいんだけどな、誰がテスの腕をかん……ガブッ! てしたのか、教えてくれないか?」
「っ!」
ハッとしたように目を見開いたテスが次の瞬間には唇を噛み締めたのを見て、口を噤んでしまう兆しを感じた私は繋いだ手をギュッとする。
「テス! 誰が相手でも怖くないよ! お父さんと私がテスを守るよ! ちゃんとテスの仕返ししてあげるから! 教えて!」
テスはしばし迷っていたようだったが、再び私がぷよぷよした手に力を込めると心を決めてくれたようだった。
小さな口が開き、テスは一つ息を吸った。
「あのね! オレがおとうさんとおとうさんとお外で一緒にいたら、なんかおじちゃんが来て、ドンってされて、おとうさんとバンバンって喧嘩して、駄目だから、オレはね! ドンってしたんだ! そしたらおじちゃんがわあってなって、おとうさんはおとうさんとギュッとしてたから、オレがゴロンってなってガブッてされたんだ!」
その時を思い出して気持ちが高ぶりすぎてしまったようだった。
テスの説明は擬音語が満載で、お父さんが多数出現していてよくわからない。しかしおじちゃんであるスルトの兄が関係しているのは確かなようだ。
見上げると、タウカは心底困り果てたように眉尻を下げている。
「えっと、教えてくれてありがとうな、テス。その、確認! 確認のために聞くからな! テス、お前の腕をガブッてしたのは、お父さんじゃあ無いんだよな!?」
テスは重々しく小さな頭をこっくりさせる。
「うん! おじちゃんがオレをガブッてした!」
「……!!」
タウカの綺麗なオッドアイが目に見えて据わった。
もちろん私の腸もマグマのように煮え滾っている。
「テスを噛むなんて! 絶対許さない! 私が噛みつき返してやる!」
友人の仇討ちに気が逸り、私が乳歯をカチカチ鳴らすと、
「駄目だ!!!」
さっきまで怒っていたタウカが、まるでオバケでも見たような顔で私を見下ろした。
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