男しか存在しない世界に女として転生した私の幸福な毎日。

ココナツ信玄

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赤子転生12

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 私の口を拭いていたトールが、焚火の向こうを見ている赤ん坊の視線を追って顔を上げ、ハッと息を呑んだ。
 やはりトールと若者は何らかの関係があるのだろう。
 私とトールの視線から逃れるように、二の村の若者は体全体で一の村の白髭さんに向き直った。

「一の村には狩場のための待機所があるはず。三の村の村人の発情期が過ぎるまでそこに三家族を住まわせてはどうか」

 白髭さんは片方の眉をひょいと上げて首を傾げる。

「狩場に三家族、なあ……。そうなると一の村の人間はアルファの義務と権利を失うんだが?」

「それは……」

「二の村と三の村を守るためにも巡回は続けたいが、闘争本能が刺激されている戦士達のフェロモンは彼等には強過ぎるのだろう? 狩りと巡回のために待機所に寄れば家族の団らんを邪魔するし、寄らなければ戦士達の活動に弊害が出る。あまり良い考えではないように思うなあ」

 アルファのフェロモンはテストステロンのように闘争本能に関係するらしい。
 ムキムキフェロモンであるテストステロンがアルファをアルファたらしめるのだろうと思いきや、白髭さんが連れてきた人達の中にはひょろっとした人も、美少女のように可愛らしく華奢な体つきの男の人もいた。
 三の村の人々も、おそらく全員オメガだろうにマッチョな体形が多い。しかしタウカのように細マッチョもいるし、前世の薄い本でお見掛けしたオメガ然とした妖艶でしなやかな体つきの人もいる。
 この異世界では、外見ではアルファなのかオメガなのか分からないらしい。
 前世の私は、攻めは背が高くてガタイがよく、受けはそれより華奢な体つきで可愛らしい組み合わせを好んでいたが、生まれ変わったこの人生では体型的下剋上もたしなんでおくべきなのだと察した。

「いや、狩りはしばらくせずに襲撃に備えてもらいたい」

 うちの村長の重々しい言葉に、白髭さんも若者も訝し気いぶかしげに顔をしかめた。

「今回、魔獣討伐のために各村は戦える者全員の手を借り出した。黒熊相手だ、通常の対応だ。しかしその状況で得体のしれない余所者が三の村周辺をうろついていた」

 村長の後ろで扇状に並んでいた人達が真ん中から割れ、後ろ手に縛られた二人の男が火の近くへ引き摺りだされた。
 二人は昨日と同じく、下着で下半身を隠しただけのほぼ裸のままだった。
 あらわになった肌は小麦色で、日焼けの跡がないので普段からほぼ裸なのかそういう肌の色なのだと窺えた。
 小麦色の肌の人はうちの村にもいるので珍しい肌色ではないだろうが、青い髪をしている男は青い目を持ち、黄色い髪の男は黄色い目をしていて、髪と目が同じ色の組み合わせなのは三の村には少なかった。
 しかし私を抱っこバスケットに収納したまま焚火の方を眺めているタウカは赤と青のオッドアイだ。むしろタウカの瞳の方が希少なのではと思うのだけれど。

「そいつらは?!」

「どこの村の人間だ? 二の村にはこんな人間はいないぞ」

 一の村の人も、二の村の若者も、うちの村の人も、誰も顔に模様を描いていない。
 おそらく根本的に風習が違うのだと思う。

「昨晩の討伐時に発見し、武器を持っていたので捕獲した」

 気が利くアシュターは、村長の話に合わせて白髭と若者に一本ずつ武器を手渡した。
 赤い柄の小振りな槍だ。
 トールが持っていた槍よりも短く、刃も細い気がした。
 トールがどう思っているか気になって頭を上向けてみると、私の口に布を当てたまま動きを止めている三つ編み緑髪は二の村の緑髪を凝視していて、正体不明の人間が持っていた武器など気にもしていなかった。

「うちの部族の形ではないな。君達はどこから来たんだ?」

 赤い柄の所を掴んでぶんぶん振り回しながら尋ねた白髭に、正体不明な二人は顔を俯ける。

「……」
「……」

 二人とも答える気はないようだ。

「捕まえてからずっとこの調子だ。口が聞けないのか、言葉が分からないのか、話したくないのか分らんが」

 ふう、と溜息を吐いた村長は眉尻を下げて二人を見下ろした。
 二人はひょろっとしている。
 筋肉の線がうっすら肌に浮き上がっているので、ひょろひょろしていても女性のように華奢だという訳ではない。だが取り囲む男達の体と見比べてしまうと、二人はあまりにも薄く見えた。
 細マッチョなタウカよりも薄い体だ。
 もしかしたら二人は肉体労働に従事しておらず、体を鍛えることにも興味がない人達なのかもしれない。

「話が聞けないならば、儂らが出来るのは身を守ることだけだ。三の村には昨晩産まれたばかりの赤ん坊がいる。出産直後の人間を動かすことも出来んので、この二人はここから離したい」

 マレルとダシュトの子供のことだ。
 確かにあの子は産まれたばかりで、あまりに赤くてあまりに小さい。
 狩場の待機所とやらに移動するまでの間に何が起きるかわからないので、あの子はしばらく集会所の藁ベッドでみんなに守られていた方がいいと思う。

「二の村は引き受けないぞ。まだ自分の身を守る術のない子供がいるんだ、敵かもしれない人間を近くに置きたくない」

 若者も首を横に振った。

「なんだ、では一の村で引き受けるしかないのか。待機所に三家族が来るのなら、そこから十分離れていて村人の目が多い所がいいな」

 白髭さんは槍をアシュターに返し、腕を組んで二人をやけに冷たい目で見下ろす。

「お前たちが何を求めて来たのか分からない以上、我々は警戒を緩めることはしない。――子供を攫いに来たのか、オメガを奪いに来たのか。それとも襲撃の偵察に来たのか。何にせよ、お前たちが口を開くまでは敵として扱うことにする。発情期が来ても隔離はされないし、フェロモンにあてられても医療師には見せない」

「!!」
「!!」

「一人ずつ隔離して拘束する。嫌ならばはやく喋ることだな」

 白髭さんの声が先ほどとは打って変わって低くトゲトゲしている。
 敵。
 白髭さんは確かにそう言った。
 私はこの三の村には二つの仲良しな村があるのだと思っていた。ということは、逆説的に仲良しではない集団も存在するということではないか。
 子供を攫う。
 オメガを奪う。
 村を襲撃する。
 そんな考えを持っている人間がこの世界に存在するのかもしれないと考えて、不意に不安を覚えてタウカのシャツを掴んだ。

 前世の私は両親を物心つかない頃に失った。
 交通事故だったと聞いている。母と父の顔は写真でしか見たことがないし、声は祖母の家の留守番電話に吹き込まれていた母のものしか聞いたことがない。
 今世では血縁関係はないが、タウカという優しい父親の顔をこの目で見ることが出来た。
 声も直に聴けた。抱きしめてもらって体温を感じることも出来た。
 でもまだ足りないのだ。
 私はタウカと喋りたいし、寒いときにはハグをしてほしいし、熊肉シチューを一緒に食べたいし、いつか思春期になったら「うるせえ糞じじい!」とか言ってタウカに叱られたい。ずっとずっと一緒にいたい。
 親孝行をする前に離れ離れになるなんて嫌だ。死に別れるのはもっと嫌だ。
 もう一人にしないでください。
 そうタウカに縋りたかったけれど、やはり私は赤ん坊で言葉が喋れなかったので、

「ふぇぇえ」

 涎と鼻水を垂らしながら泣き出すという行動しか取れなかった。
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